違和感のある扉 ~死界文書短編通信

 憧れの看護師になってはや一年、業務も何とか慣れてきていた。最初は覚えることで大変だったが、いまはそつなくこなしている、と自分では思う――あの日まで、は…

「大塚さん!あなたカルテの順番、またまちがってるわよ!」
「うわすいません看護師長!気をつけます!」
「もう、何度同じミスすりゃいいのかしらね!そのうち患者さん取り違えて大変なことになるわよっ!」
「すいません…」

 とまあ、わたし大塚愛理は少々ドジ、ですが一生懸命やってます!まあほとんど先輩看護師たちに助けられてんですけどね。てへ。まあそれはそれとして、いまわたしの勤めているのはこの地方でも指折りの総合病院で、先進医療を取り入れたりして、そしてドクターヘリなんかも常駐してるすごい病院です。その小児病棟がわたしの職場っていうわけです。
 小児病棟は新生児から十五歳までの子供たちの病棟です。ですが成人しても小児病棟にいる人もいますけどね。まあそれはいろいろな事情からです。
 それともうひとつ…これはあまり言いたくないのですが、小児科にまつわる怪談話が多いのも小児科病棟の特徴ですね。まあわたしはいままでそんな体験したことないからへっちゃらですけど。とはいうものの、わたしが入ってすぐに、先輩看護師から聞かされた話は…さすがに超怖かったです。それは小児病棟に勤めてすぐのことでした。

「インフルエンザの患者さんが増えています。おそらく入院患者も増えるはずです。非常時の場合、地域病院として定員を超えることになるかもしれません。いざというとき困らないよう、各自準備を怠らないよう――」

 看護師長の厳とした言葉が響きます。朝の申し送りで感染症の患者の増加が危機水準を超えたと言われました。みな気を引き締めています。もちろんわたしもです。

「大塚さん、予備の簡易ベッドを外科から運んできてください。とりあえず十台、お願いね」
「わかりました。えとその、ベッドはどこに置いとけばいいですか?」
「それはまあ、あの病室でいいわ」
「あの病室って?」
「そんなの先輩に聞きなさい!」

 怒られました。なんで怒られたかわかりませんが、シュンとしてはいられません。がんばらなくちゃ。

「あんた知らないの?」
「へ?何がですか?」
「物置として使ってる513号室よ」
「…ああー、あの非常階段ところの。一番端ですよね」
「そこにぶっこんでおきなさい」

 普段は優しい先輩ですが、そのときはなにかよそよそしい感じがしました。まあ気のせいかもしれませんが。わたしは汗びっしょりになって隣の棟の外科病棟から簡易ベッドをたったひとりで運びました。そのあとは外来と、終わると病棟の患者さんたちのケアをします。もう恐ろしいほど忙しいのです。

「愛理おねえちゃん…」

 病室で弱々しい声でそう呼ばれました。五歳の松川雅子ちゃんです。極度のアレルギーを持っていて、病室もいつも透明なビニールで覆われています。

「どうしたの?ご飯ちゃんと食べた?」
「えとね、半分食べたよ」
「もうちょっと食べないと、元気でないよ」
「ん-、でもね、パピちゃんが食べなくってもいいって」
「そんなこと言ってるの?パピちゃんは。あとでメッて怒っておくわね」
「かわいそうだよー」

 パピちゃんは雅子ちゃんのお気に入りのピンクの象のぬいぐるみの名前です。最近、都合のいいことばかり雅子ちゃんに吹き込む悪い象です。って、まあ雅子ちゃんのイヤイヤから出たことなんですけどね。

「じゃあもうすぐお薬の時間だからね。はやく良くなるように、がんばって飲もうね」
「うーん、いやだなあ。パピちゃんはそれ飲まなくていいって言ってるよ」
「言ってません。飲まなきゃお注射だよ」
「愛理ちゃんは意地悪言って雅子を泣かせたいの?」
「そういう言い方やめて」

 まったく最近の子はませてます。親の教育悪しです。

「でも雅子ね、がんばる。だってたかしくんと約束したんだから」
「たかしくん?だあれ、それ」
「たかしくんだよ?ここに入院してるよ」
「ええ?どこの病室に?そんな子いないよ」
「いるわよ。だっていつも遊びに来るよ。お部屋は階段のところだって」
「階段?それ非常階段?」
「そうだよ」

 それを聞いたとき、わたしは先輩看護師から聞いた、あの話を思い出しました。