夏の終わりの、しかしその容赦のない日差しを浴びながら、ぼくは黙々と山道を登っていた。
小学校三年生までぼくはこの村で暮らしていた。父の都合で東京に引っ越した。一緒に暮らしていた祖父母はこの村に残った。ぼくが大学に入り二年がたったとき、田舎の祖父が亡くなった。それまではぼくはほとんどここに来なかった。だから記憶にある祖父の顔と、白布の下にあった祖父の顔がどうにも一致しないのが悲しかった。
その葬式が終わり、ようやくすべてが一段落したころ、ぼくは村の裏手にある、むかしよく登ったこの山に登った。地元では『紗々釜山』と呼ばれる低山だが、営林署の人間以外登る人がいないこの山の道は荒れ果てていた。
「いやマジ歩きにくいな」
ほとんどけもの道化した、登りづらいその山道は、子供のころの記憶を頼りに足を上げつづけるぼくの気力と体力を削っていく。それでも、遠くの連なる山の峰からの冷たく吹く風が、汗だくのぼくを少しだけ心地よくさせ、さらに上に登る気力を奮い立たせた。ようやく頂上に出ると、そこは岩と笹に覆われた場所で、その真ん中になつかしい小さな祠があった。まあ半分朽ちてはいたが、おおむねむかし通りの姿に見えた。
「山の祠だと?なしてさそんなところへ」
祖母は半ば呆れたように、出かけようとするぼくに言った。
「いや、あそこはどうしたかなー、と思ってさ。むかしじいちゃんと一緒によく行ったからね」
「もう何十年も祠に行く奴なんておらん。いまはもう朽ちてっかもしらん」
「まあ行って確かめて来るさ」
父や母は親せきの相手で忙しいらしく、ぼくにはまったく気を留めていない。ただ祖父の顔をもう一度思い出したくて、という思いつきだけの想いだけだから、べつにわざわざそれを言うなんてことはしない。ただ祖母にはひと声かけただけだ。ちょうど昼を少し過ぎたころだ。大きな雲が一個だけ、ぽっかりと頭上にあった。それが日よけがわりになってくれていて、ぼくはすごく感謝したい気持ちになり、そして祠に手を合わせた。
「じいちゃん、帰って来たぞ」
自然、そう口に出た。それに応えるように、辺りの笹薮がざわざわと風に葉擦れて鳴った。そのとき少し違和感を感じた。手首にだった。手を合わせているその手首に、何か小さな白い粒のようなものがついていた。
「なんじゃこりゃ」
ふうん、とぼくは手首に目を凝らす。それは白い小さな粒で、先っちょに灰色の点のような色が見えた。
「飯粒かな?」
きっとそれは朝食のとき付いたやつだと思い、まあなんてことないとぼくは指でつまんで取った。そのとき、チクッと手首に小さな痛みが走った。まあ痛みというほどではなかったが、ぼくは妙にいやな気がした。つまんだそれはなにかおかしな感触だ。米粒とは違った感じで、硬くもなく柔らかくもない。なんか不思議だな、と思いながらそいつが付いていた手首を見ると、ほんの小さな赤い斑点がある。それは毛穴ひとつ分の傷のようだった。
「いやなんで?」
そう声を出して、またぼくは声を上げた。その米粒みたいなやつが動いたように見えたからだ。
「なんだこいつ、虫か?」
ぼくは気味悪くなって、その米粒のような虫のようなおかしなものを振り払うように捨てた。そいつは足元の笹の中に消えて行った。いつのまにか頭の上にあったあの雲がどこかに行ってしまって、また強い日差しにぼくは照らされていた。急いでぼくは山を下りようと、もと来た山道を引き返していた。それは充分に、ぼくに薄気味悪さを感じさせてだった。
小学校三年生までぼくはこの村で暮らしていた。父の都合で東京に引っ越した。一緒に暮らしていた祖父母はこの村に残った。ぼくが大学に入り二年がたったとき、田舎の祖父が亡くなった。それまではぼくはほとんどここに来なかった。だから記憶にある祖父の顔と、白布の下にあった祖父の顔がどうにも一致しないのが悲しかった。
その葬式が終わり、ようやくすべてが一段落したころ、ぼくは村の裏手にある、むかしよく登ったこの山に登った。地元では『紗々釜山』と呼ばれる低山だが、営林署の人間以外登る人がいないこの山の道は荒れ果てていた。
「いやマジ歩きにくいな」
ほとんどけもの道化した、登りづらいその山道は、子供のころの記憶を頼りに足を上げつづけるぼくの気力と体力を削っていく。それでも、遠くの連なる山の峰からの冷たく吹く風が、汗だくのぼくを少しだけ心地よくさせ、さらに上に登る気力を奮い立たせた。ようやく頂上に出ると、そこは岩と笹に覆われた場所で、その真ん中になつかしい小さな祠があった。まあ半分朽ちてはいたが、おおむねむかし通りの姿に見えた。
「山の祠だと?なしてさそんなところへ」
祖母は半ば呆れたように、出かけようとするぼくに言った。
「いや、あそこはどうしたかなー、と思ってさ。むかしじいちゃんと一緒によく行ったからね」
「もう何十年も祠に行く奴なんておらん。いまはもう朽ちてっかもしらん」
「まあ行って確かめて来るさ」
父や母は親せきの相手で忙しいらしく、ぼくにはまったく気を留めていない。ただ祖父の顔をもう一度思い出したくて、という思いつきだけの想いだけだから、べつにわざわざそれを言うなんてことはしない。ただ祖母にはひと声かけただけだ。ちょうど昼を少し過ぎたころだ。大きな雲が一個だけ、ぽっかりと頭上にあった。それが日よけがわりになってくれていて、ぼくはすごく感謝したい気持ちになり、そして祠に手を合わせた。
「じいちゃん、帰って来たぞ」
自然、そう口に出た。それに応えるように、辺りの笹薮がざわざわと風に葉擦れて鳴った。そのとき少し違和感を感じた。手首にだった。手を合わせているその手首に、何か小さな白い粒のようなものがついていた。
「なんじゃこりゃ」
ふうん、とぼくは手首に目を凝らす。それは白い小さな粒で、先っちょに灰色の点のような色が見えた。
「飯粒かな?」
きっとそれは朝食のとき付いたやつだと思い、まあなんてことないとぼくは指でつまんで取った。そのとき、チクッと手首に小さな痛みが走った。まあ痛みというほどではなかったが、ぼくは妙にいやな気がした。つまんだそれはなにかおかしな感触だ。米粒とは違った感じで、硬くもなく柔らかくもない。なんか不思議だな、と思いながらそいつが付いていた手首を見ると、ほんの小さな赤い斑点がある。それは毛穴ひとつ分の傷のようだった。
「いやなんで?」
そう声を出して、またぼくは声を上げた。その米粒みたいなやつが動いたように見えたからだ。
「なんだこいつ、虫か?」
ぼくは気味悪くなって、その米粒のような虫のようなおかしなものを振り払うように捨てた。そいつは足元の笹の中に消えて行った。いつのまにか頭の上にあったあの雲がどこかに行ってしまって、また強い日差しにぼくは照らされていた。急いでぼくは山を下りようと、もと来た山道を引き返していた。それは充分に、ぼくに薄気味悪さを感じさせてだった。
