そのままでいいんだよ。

「……あ、」

 本当に入り口のすぐそこで紡くんは待っていて、私と目が合うと手にしたスマホを急いでポケットにしまって近づいてきた。

「大丈夫……?」

 心配そうに眉を下げる紡くんに、どう答えればいいのか戸惑ってしまう。

「ちょっと話、出来ない?」
「……え」

 紡くんが近くにあるベンチを指差して移動するから、断れずに着いていく。
 店内放送の明るい声と軽快な音楽が流れているけれど、気まずさは変わらない。いったい何を言われるのだろうかと、不安しかない。

「俺さ、高校デビューなんだよね」

 小さなため息を吐きながら紡くんは話だす。

「俊太は元からあんな感じでなんでもやれちゃうやつなんだけど、それ見ていいなぁって単に真似してるのが本当の俺」

 初めて会った時に感じた、遊んでいそうで不真面目な印象は完全に見た目だった。私は今、もしかして紡くんの中身の話をされている?

「俊太の彼女みたいな子と付き合えば、もっと変われるのかなって思ってノリでいいよなんて言ったけど、やっぱ違うよなって思って。だから、ごめん」

 無表情でそっけない態度しか知らない紡くんが、隣で悩んだ顔をしている。

「ほんとごめん、ノリで付き合うとか言って。最低だろこんなやつ。がっかりさせていたら、マジでごめん」

 最後は私に向き合って頭を下げてくる。紡くんって、真面目な人なのかもしれない。だって、不真面目な人はこんな風に相手のことを深く考えてくれるだろうか。遊び感覚で適当にできる人なら、私のことなんて放っておけばいいのに。私だけが悩んで、傷ついて、そして、あとはなかったことにするだけでいい。関わらなければ終わりなのに。なのに、紡くんが私とちゃんと向き合ってくれている気がするのは、気のせいだろうか。

「私の方こそ、可愛くなくてごめん」
「……は?」
「優花みたいに可愛いくないし、自分に自信もないし、メイク下手だし、本当は暗くて面倒くさがりな性格だし」

 ちゃんと話を聞いてくれている気がするから、私は本当のことを伝える。きっと、紡くんが言ったことも本当のことだと信じたいから。

「それでも、俺に、合わせようとしてくれたよな」
「……え?」
「言ってたじゃん? 『ダメなとこあったら直すから』って。俺、あれ聞いてほんと何やってんだろうって思った。自分の自信のなさ棚に上げて、相手に変わってもらおうなんて最低じゃないかって。そんなん好きになるとか以前の問題で、人としてどうなんだって。だから、自分勝手だったけどノリで付き合うなんて、なかったことにしたかったんだ。みのりちゃんも、無理してるように見えたし」

 初めて名前を呼ばれて、ドキッとする。私のことを、ちゃんと見てくれていたんだと胸の奥がむず痒くなってきた。
 こうした方がいいとか。これがいいとか。私は今まで、与えられることばかりを受け止めてきた。そして、それが正解だと思っていた。だって、自分では自信を持って選ぶことができなかったから。
 でも、きっと心の中では無理をしていた。分かっていたのに答えが分からなくて、結局そこにあるものにすがるしかなかった。

「ごめん。私、紡くんの見た目しか見ていなかった。カッコいい彼氏が出来たらワンランク上に行けるとか。優花にまた一歩近づけるとか。でも、だからって偽った自分でい続けることは最初から無理だった。紡くんは、ちゃんとダメになる前に私の適当な気持ちを分かってくれていたんだね」

 すごく、格好悪い。だけど、仕方ない。だって、これが私、宮世みのりなのだから。

「まぁ、なんか似てるし俺と境遇が」
「え……」

 フッと隣で紡くんが笑ったように感じた。視線を上げれば、紡くんはまっすぐに前を見つめて話しだす。

「俊太に言われるままに髪染めて、ピアス開けて、制服着崩して。それがかっこいいって思っちゃってた。まぁ、俊太って中身もカッコいいんだよ。だから間に受けちゃったとこあるけど、でもさ、俺は俺だし。そんな簡単に中身までは変われないらしい。マリカにビシッと言われた」
「マリカ……」

 紡くんからも出てきたマリカの名前。二人が同じ中学の同級生だと言うのは本当だったんだと確信する。

「あいつかっこいいよな。自分をちゃんと持ってる。中学の時からそうだった。弱いものいじめは許さんって感じで。立ち向かっていっても負けねぇし、弱いものにはぶっきらぼうにも寄り添ってくれたし」

 目元が緩んで優しい顔をする紡くん。もしかして、紡くんってマリカのこと。

「あ、別にマリカのこと好きとかじゃないから」
「え!?」

 心読まれた!? と驚くと、照れたように紡くんが笑ってくれた。初めて見る笑顔に、紡くんって、こんなふうに笑う人なんだと胸が弾む。

「あ、やっぱり今俺がマリカを好きなんじゃ、とか思ったでしょ?」
「あ、いや……」

 思ったとしても「うん」とは言えない。

「みのりちゃんは?」
「え」
「マリカのこと、どう思う?」

 首を傾けて聞いてくる紡くんとの距離が、知っているマリカの話で一気に近くなった気がしてドキドキする。

「……カッコいいと、思う」

 それは本当だ。私は友達とは思っていなかったから、マリカと話すことも、ましてや話しかけることもなかったのに、私が悩んでいるところに唐突ではあれ、踏み込んできたかと思えば寄り添ってくれた。友達じゃないのに、そんなふうにできるマリカのことが、すごく、カッコいいと思った。

「それと一緒。俺もそう思ってる」

 さっきまでの表情とは違って、紡くんの心から笑っている顔を見れていると思った。優しくて、楽しそうで、私にも心を許してくれている気がして、胸がキュンとする。

「ってことでさ、友達になりましょうか。俺たち」
「う、うん! なりたい!」
「うわ、食い気味にきた」
「え!? だめ?」
「だめじゃないよ。嬉しい」

 紡くんの提案に即座に反応してしまったのは、私もそうなりたいと思ったから。胸の奥が、さっきからぽかぽかする。嬉しい気持ちが、悩んで不安だった気持ちを上回っていく。こんなにワクワクすることなんて今までなかった。全部優花任せで自分でなんて私は何にも出来ない。

「はぁ。私がもう少しメイクが上手くなればなぁ」

 つい、こぼしてしまう。

「あー、もしかして顔違うって言ったの気にしてる?」
「……してます」
「あー、あれはさぁ、マジでちょっとケバいって言うか、年齢詐称してる? って最初思っちゃったんだよね」
「え!? な、なにそれ」
「大人っぽすぎて、本当に高校生? 同い年? って思っちゃってさ。だから俺も早々に怖気付いたってのもあります……すみません」

 謝られて、せっかく上がってきた気分も下がってしまう。そんなに老けて見られていたのかと絶望する。メイクで大人っぽくなれる自分が嫌いではなかったけど、似合わないと思っていた感覚は、きっとまだ早いってことだったのかもしれない。

「あー、いたいた! あれ? なんかいい感じ? ツム仲直りできたの?」

 周囲を見回していた俊太くんが、一人でこちらに走ってくる。そして、私たちの雰囲気を見て安心するように笑った。

「出来た、かな。ありがとな、俊太」
「いやいや、ってか俺も優花帰すのに手間取って話一緒に聞けなくてごめんな」
「大丈夫だった? 彼女」
「まぁ、なんで私だけ帰らなきゃないの!? って怒ってたけど、まぁ、なんとかなるっしょ。あんな怒った優花初めて見たし、俺に素を見せてくれたってことじゃん? ラッキー」

 余裕そうにケラケラと笑う俊太くんに、私は唖然としてしまう。私だったらそんなことをしたら、明日優花と会うのが怖くてたまらないのだけど。そして、今日私が俊太くんに呼ばれた理由が紡くんと仲直りをするためだったのかと腑に落ちる。いや、喧嘩をしていたわけではないのだけど。
 それでも、紡くんが私を引き止めてまで真実を話してくれたことがすごく、嬉しい。

「……あ、あの、ありがとう」

 私のために。なんて思ったら自意識過剰だろう。それでも、嬉しくて、「ありがとう」が言いたくなった。

「優花ってさぁ、自己中じゃん? みのりちゃんマジいい子だよ。あいつにいっつも着いて回ってさぁ。優花から話聞いてると大丈夫かよそれって思うことめっちゃあってさぁ。でも、優花は優花でみのりちゃんがいないとダメだって言うし、みのりちゃんは可愛いんだって毎回話してる。だから、そんないい子にツムのこと悪く思って欲しくないなって俺が思ったからさ。今日は来てくれてツムと話してくれて、こちらこそありがとうだよ」

 俊太くんがニカッと笑う。
 言葉の全てが私に染み込んでくる。
 不安だった気持ちの答えが、全部そこに詰まっていた。私は、優花のことをちゃんと分かってあげられていたのかなって、今度は自分に疑問が残る。いざとなれば優花に頼って、かと言って上手くいかなきゃ優花の真似したからだと半分優花のせいにして。
 そんなの全然、いい子じゃない。
 いい子のふりして心の中では否定を並べ続けていた。言葉にしないだけで、もやもやを心の中で吐き出していた。ちゃんと言葉にして相手を敬える俊太くんって、紡くんの言う通りにカッコいい。
 私は、全然周りが見えていなかった。
 だって、私自身が私のことをちゃんと分かっていなかったから。
 優花といた時間は決してマイナスなんかじゃない。私は優花といたから一歩も二歩も前に進んできた。これからはもっと、自分の思ったことを言葉にして伝えてもいいのかな。

「俊太くん、紡くん、今日は私のこと呼んでくれてありがとう。私、二人のおかげで優花とちゃんと向き合えそうかも」

 それに、マリカとも。
 明日、学校に行ったらまずは優花に「ありがとう」って言う。そして、マリカに自分から話しかけて「ありがとう」って言う。決めた。私は私が思ったことを少しずつやっていけばいいんだ。それが必ずしも正解ではないかもしれないけど、でも、大丈夫。
 間違ったら謝ればいい。正しい方向へまた向き直せばいい。紡くんが教えてくれた。正しく生きることは難しい。間違いばかりでも、こうやって気づかせてくれる人がいる。素直に受け止めて、次に進む。後悔も不安も焦りも自信のなさも、全てが私だから。
 私は私らしくあればいい。そのままでいいんだ。
 だからきっと、明日は心から笑って話ができるはず。