そのままでいいんだよ。

「ねぇ、みのり。俊太が今日みのりも一緒に遊ぼうって言うんだけど、どうする?」
「え、私も?」

 まさかの誘いに疑問しか浮かばない。でも、断ったらまた優花との仲が悪くなるかもしれない。優花の顔を見れば機嫌が悪そうで、早く答えなければと焦ってしまう。

「みのりは紡くんがいるからさぁ、そっちと会うよね?」
「……え」

 明らかに優花の表情が断れって言っているように見える。毎日一緒にいれば、そこはさすがに分かってくる。

「あ、う、うん」

 もうお別れしたとは言えずに頷くと、優花は分かりやすく笑顔になった。

「だよねー、俊太に言っとく」

 鼻歌まじりにスマホを見ている優花にホッとしていると、廊下から視線を感じた。振り向くとマリカが睨んでいる。だけど、わざとらしく視線を外して行ってしまった。

「なに、あれ。今こっち見てたよね?」

 スマホを見ていたはずの優花も廊下の方を向いて、マリカが行った先を見ている。
 優花はマリカと仲がいいと思っていたけど、棘のある言い方が引っかかった。

「なんかマリカってさぁ、あたし嫌い」
「……え」

 かわいい顔を歪めた優花。本心だと思った。

「私がみのりと仲良くしてるの気に入らないっぽいし」
「え、そうなの?」
「この前、なんかしんないけど圧かけてきたし」
「……圧?」

 嫌いになるなんて、いったい何をされたんだろう。気になりつつも聞けない。話してくれるのを待つけど、怒った顔を緩めて笑うと、優花はまたスマホに視線を落とした。
 この前マリカと会った時、私も圧と言うか、近づき難い感覚にはなったから、優花も同じなのかな。

「じゃーあ、行こっか。みのり」

 片手にスマホを持ったまま、いつものように優花は教室を出ていく。電車に乗ってからも、不機嫌にスマホをいじるだけの優花。今日はずっとこの調子だったから、私も隣に居ずらかった。

「あ、着いた。降りよう、みのり」
「え、あ、いや」

 ホームに出てしまった優花を見て、慌てて電車を降りる。私は紡くんとは約束していないから、そのまま帰るつもりだったのに。仕方ないとため息を吐くと、先を行く優花を追いかけて横に並んだ。

「ねぇ、優花。私は紡くんと会う約束してなくて。だから、今日は帰る……」
「あ、俊太! ほら、紡くんもいるじゃんっ」

 前方に彼氏を見つけた途端、さっきまで顰めっ面だった優花は晴れやかな笑顔で走っていく。見れば、本当に紡くんもいる。いや、私はどんな顔をして会えばいいのだろうか? 昨日だってものすごい剣幕で睨まれたのに。怖くて紡くんの顔が見れない。

「あー、良かった。みのりちゃん来てくれた」
「……え」

 優花に声をかける前に、何故か俊太くんが私を見ている。振り向いた優花の顔が「なんで?」と眉間に皺が寄っているように見えるのは、気のせいではない。

「あ、あの。なんで、私」

 俊太くんが私も一緒に遊ぼうって言っていたのは本当のようだ。私は帰ろうとしたのに、優花がいつものように先に行ってしまうから、私は追いかけるしかなかった。

「俊太がみのりのこと絶対連れてこいって言うんだもん。仕方ないじゃん」

 頬を膨らませて私を睨む優花の顔は、俊太くんからは見えていない。

「でさぁ、優花は今日もう帰ってくんない?」
「……はあ!?」

 いきなり帰れと通告された優花の反応に、みんなが驚く。

「え、あ、えっと、なんで?」

 一瞬の間に、何事もなかったように可愛らしく聞き返す優花の背中を、俊太くんが押す。

「まぁ、いいから、いいから」

 そのまま駅構内に優花を連れていく俊太くん。隣に紡くんが来て、こちらをジッと見つめるから、目を逸らした。睨んでいるというか、不思議なものを見るような目をしている。今日は真っ直ぐ帰る予定だったからほぼノーメイク。髪だって何もしていない。

「なぁ、こっちが本当?」
「え?」
「最初会った時と顔違くね?」

 さっきからやたらと見てくると思えば、きっとメイクをした最初の印象と今が、あまりに違いすぎるからなのかもしれない。紡くんの言葉に、一気に身体中の熱が湧き上がる。ものすごく、恥ずかしい。居ても立っても居られなくなって、私はその場から駆け出していた。
 駅にはまだ優花と俊太くんがいるから行けず、ショッピングモールのレストルームに駆け込む。鏡の前で両手を付き、息を整える。
 どうして私ばかり惨めな思いをしなければならないの。
 優花と一緒にいれば変われるって、頑張っていただけなのに。少しでも優花みたいになれるようにメイクをして、髪を伸ばして、喋り方も前よりは軽くなれたはずなのに。それでも、全然自信なんてつかない。むしろ、惨めになるだけだ。泣きそうになる気持ちを、必死に抑えて椅子に座った。しばらくぼうっとしていると、誰かが入ってくるのに気がついて、だらしない姿勢を正した。

「あれ? また会ったね、みのりー」

 この声は。顔を見なくても、すぐにマリカだとわかる。

「ねぇ、ツムがさぁ、女子トイレの前でずっと待ってんだけど、あれやめさせた方がいいよ? なんかあやしい」

 笑いながら言うマリカに、ハッとする。紡くんのことをツムと呼んでいる。まさか、マリカは紡くんと知り合いなの?

「……待ってるって、別に私のことを待ってるわけじゃないから」

 鏡越しにマリカの顔を見れば、なぜか驚いている。

「え、まじ? じゃあなんであそこにいんの? こわ。私、今ツムに中でみのりがどうなってるか見てきてって言われたんだけど。具合いでも悪くしたのかなって心配したけど、そうじゃない感じ?」

 心配してくれるマリカは、優しい言葉をくれるし、本当にそう思っていそうだ。

「具合いは、悪くない。ちょっと、気持ちが下がっただけで」
「ツムと付き合ってるんでしょ?」

 直球に聞かれて、私は目を見開く。

「ん? 違うの?」
「一瞬、流れで付き合うってなったけど、やっぱ違うよねって……だから、そう言うのではない」

 また、泣きそうになる。始まっていないのに終わった関係。よく分からない。友達でもなければ、もはや知り合いとも言えない気もする。

「あー……ツムって言葉足らずなとこあるからねぇ」

 知っている風に頷きながら、マリカは前髪を整え始めた。

「……紡くんと知り合いなの?」
「え? ああ、中学が一緒だったの」
「……そう、なんだ」

 だから、親しげに「ツム」って呼んでいるんだ。

「中学の時のツムのこと、みのり知らないでしょう?」
「え……う、うん」

 中学どころか、今の紡くんのことも私は何も知らない。

「ツムはねぇ、変わったなぁ。俊太はあのまんまだけど、よくついていけてるなって思う。まぁ、見た目変わっても中身はあまり変わってなさそうだけどね。ってかさ、ツムってみのりと似てるかも」
「……似てる?」
「うん。無理してるところが、似てるなぁって。なんかさぁ、疲れない? 誰かに合わせるって。私さぁ、この前優花に言っちゃったよ。みのりを自分の良いように扱わないでって」
「……え」
「みのりはちゃんと頑張ってるのにさ、優花は自分が可愛いと思われたいから自信なさげなみのりをそばに置いて、優越感に浸ってる感じするんだよね。教室にいてもそう。私はみんなに優しいのよって下心がバレバレ……って、優花の悪口言うために来たんじゃなかったわ」

 はぁとため息を吐いて、マリカが私の隣に来る。

「みのりはみのりでいいんじゃない? って話」

 私を見下ろすマリカの目は真っ直ぐだ。
 わたしはわたし。

「ツム、なにか話があるんじゃない? だからみのりが出てくるまでずっと待ってるんだと思うよ。気まずいなら、私が帰りなって伝えとこうか?」

 紡くんは、偽りの私にがっかりしたんだと思う。優花みたいにしっかりメイクをして、可愛くなれた顔で初めは会ったから、あの日付き合いをオッケーしてくれたんだ。でも、今は自信のない私に、きっと失望しているはず。

「私、このままでも大丈夫?」
「え?」
「今日、ほぼすっぴんだし」

 紡くんにさっき言われた。『最初会った時と顔違くね?』って。昨日睨んでいたのも、もしかしたらメイクを落とした私があまりにも違うことに驚いていたのかもしれない。

「大丈夫もなにも、それが本当のみのりじゃん? 私、こっちのみのりの方が好きだけど」
「え、で、でも。全然可愛くない……」

 目も小さいし、アイシャドウもチークも涙袋もなくて、唯一あるのはリップのみ。

「可愛いとか可愛くないの前に、みのりはみのりでしょ」

 じゃあねと行ってしまうマリカの後ろ姿に呆然としてしまう。そして、心があたたかくなる。さっきまで落ち込んでいたはずの気持ちが、スッとどこかへ行ってしまうような気がした。「可愛い」って言われるよりも、「みのりはみのりでしょ」って、認めてもらえたことが、嬉しい。
 うわ……今度は嬉しくて泣きそうだ。
 込み上がる感情の波。いろんなことを考えすぎて、心の中がぐちゃぐちゃだ。だけど、悲しいとか苦しいじゃない。前を向ける言葉をマリカがくれた気がして、鏡で目元が赤くなっていないか確認すると、スクバからメイクポーチを取り出し、お気に入りのリップを唇に当てた。やっぱり、私は私が選んだ色が一番だ。
 紡くんと向き合うことが少し怖いけど、このままだときっとまた同じ思いをしそうだと思うから、私は立ち上がってレストルームから出た。