そのままでいいんだよ。

 高校に入学して初めてできた友達、山崎優花(やまざきゆうか)は、見た目の華やかさと明るい言葉や振る舞いで周囲の視線を自然と集めてしまう子だった。私も彼女の魅力に流されるように惹かれ、気が付けば全部が優花の真似ばかり。優花の言うことが全て正しく思えて、私の考えはいつも自信がなくて不安定。高校三年生になった今も、進路は優花が目指す大学と一緒と自分の意志は曖昧で、自信の持てない私にとってそれは、最善で最高の選択だと本気で思っていた。

「ねえ、みのりのリップ、めっちゃ可愛い!」

 放課後、教室で帰る支度をしていると優花が近づいてくる。私の前で首を傾げると、アイロンでしっかり伸ばされたストレートロングの艶髪がさらりと流れて、フローラルな香水の匂いがした。

「あ、えっとね、この……」

 のろのろとポーチからリップを取り出すと、優花が飛びつく。

「待って! パッケージも可愛いっ」

 桜が描かれた透明の箱に入っていて、キラキラした宝石みたいな桜色のストーンがキャップ部分に付いている。プチプラで学生にも手に取りやすく人気のあるコスメブランド「ジョリー」の新作。店頭で見て一目惚れをした。17歳になったお祝いを口実に、母も可愛いと気前よく買ってくれたのだ。

「あたしも買うーっ!」
「優花なら絶対似合う」
「みのりもその色めっちゃ可愛いよっ!」
「ありがとう」

 学年一可愛いと言われている優花に「可愛い」と言われるのは素直に嬉しい。だけど、間に受けちゃいけない。私は決して優花みたいに可愛くないし、メイクも下手だ。

『みのりも私の真似したら絶対可愛くなれるよ!』

 自信のなかった私にそう言ってくれたのは、高校二年のクラス替えで同じクラスになった優花からだった。口下手な私には特定の友達はいなくて、愛想も良くないから話しかけられることもほぼなかった。そんな私に近づいて声をかけてくれたのは、優花が初めてだった。せっかく優花と仲良くなれたのに、垢抜けないままの私では、そばにいるだけで申し訳ない。そんな風に思って、今は少しでも優花に近づけるように頑張っている。

「あ、ねえ。今日さ、俊太(しゅんた)が友達連れてくるんだけど、みのり会ってよ」
「……え」
「ほら、みのり好きな人いないって言ってたじゃん? 俊太の友達、紡(つむぎ)くんっていうんだけどさぁ」

 ポーチにリップをしまう手を止める。隣街の高校に通う同い年の俊太くんが、優花の彼氏だというのはもちろん知っている。優花が俊太くんと付き合う前に、一度『一緒に俊太くんに会いに行ってほしい』と誘われたことがあった。けれど、私みたいな冴えない子と一緒では申し訳なくて、誘いを断ったのだ。私が行かなくても優花は俊太くんと付き合うことになったし、安心していたのだけど、その時のことが記憶によみがえってくる。だから、私は興味があるそぶりで聞き返す。

「その人……って、同い年?」

 私が優花の誘いを断った時、『みのりがさぁ、友達なのに一緒に行ってくれなかった』と、優花がクラスメイトに私の見えないところで愚痴っていたのだ。まさかそんな些細なことで陰口を言われるとは思わなくて、私はその後知らないふりをしていたけど、しばらく優花の機嫌は良くなかった。だから、次何かあった時は絶対に断らないようにしようと決めていた。だけど……今回は彼氏の友達と会ってときた。心の中では「無理」と叫ぶが、会話は進んでいく。

「うん! 同い年だよー。俊太がみんなでカラオケとか遊び行けたら楽しいじゃんって。会ってくれる?」

 上目遣いの優花は私から見ても可愛い。ただ、圧を感じる。またここで断ってしまったら、前みたいに……いや、もしかしたら前よりももっと気まずい思いをするかもしれない。そう思うと、私は頷くしかない。

「わーい! やった。すぐ俊太に連絡する! いこいこーっ」
「ちょっと待って。まだ帰る準備してな……」

 優花はスマホに夢中で私の声など聞こえていない。すでに教室を出て行ってしまうから、ため息を吐く。少しでも遅れるとまた機嫌を悪くするから、私は急いでスクバを手にして追いかけた。

 学校を出て、歩いて駅に向かう。優花は終始楽しそうにおしゃべりしている。隣街は家に帰る通過駅でもあるから、途中下車した。駅前にはショッピングモールがあって、普段から優花と買い物に来ることもあった。さっき褒めてもらえたリップも、モール内のショップで買ったものだ。
 優花と一緒にいるのは楽しい時もあるし、疲れる時もある。元々が根暗な私は面倒くさがりでもあり、中学ではそのことが原因でいじめられたこともあった。それではいけないと、高校に入学した時から周りに嫌われないように、会話も趣味もなるべく合わせて興味を持つように心がけた。やってみてハマることもあれば、ハマらないこともある。それでも、優花が勧めてきたり、褒めてくれたりするのは嬉しいし、私の好みじゃなくても多少なら我慢できている。

「みのり、髪の毛くるくるに巻いてもいい?」
「……え」
「俊太に会うからヘアアイロン持ってきたの」

 モールに入るなり、優花はレストルームに直行する。今日のスクバがいつもより膨らんで見えたのは、勉強道具のせいではなかったみたい。空いていた鏡の前で、次々と出てくるヘアメイクの道具。

「座って、座ってー」

 ウキウキで優花にされるがままの私は、なるべく不安な顔をしないように笑顔を保つ。

「うーん、やっぱりやってあげるのは難しいな」

 元々ふわふわした髪質で背中まで長さのある優花の髪は、アイロンで巻くとちょうど胸元に収まってバランスがいい。普段から自分でも巻いていて慣れているのもある。けど、私の髪は多くて直毛だ。今は優花みたいになりたくて伸ばしている途中で、長さもまだ肩に付くくらい。巻いてくれたのはいいけれど、どうみても中途半端。そして、左右の巻き終わりが完全に外はねしている。
 これはない。内心思うけど、口には出さない。鏡の中の自分が嫌な顔をしていないか確認してから、巻かれた髪を少しでも元に戻そうと手櫛で引っ張ってみる。

「うわー、ごめん、みのり。巻いたら絶対かわいいのに、あたしが下手だからー!」
「大丈夫」

 とは言いつつも、熱で癖がついた髪の毛はなかなか元には戻らない。毎朝、寝癖を直すのも一苦労なのだからこれは無理だ。毛先がとっ散らかって収拾がつかなくなって諦める。

「うわーん、下手過ぎて泣きそう」
「大丈夫だって……」

 涙目になる優花をなだめる私の方が泣きたい。なんとか毛先が収まるようにはしたけど、なんか、変。鏡を見て小さくため息を吐いた。
 こんな時はお気に入りのリップで気分を上げるしかない。そう思ってスクバからメイクポーチを取り出そうとするけど、ない。教室を出る時に急いでいたのを思い出す。たぶん、ポーチは机の上に置きっぱなしだ。また出そうになったため息を飲み込んだ。

「ごめん、優花。ポーチ学校に置いてきちゃった」
「え! やばいじゃんっ。あたしの貸してあげるからちゃんと可愛くしてね」
「ありがと」

 パンパンに膨れた優花のポーチの中身はピンクや淡い色合いの可愛らしいメイクグッズで溢れている。色白で女の子らしい優花だから似合うのであって、私には似合うわけがない。でも、けっきょくいつも私が買うのは優花とおそろい。ポーチの中身は同じようなものだ。だから余計に優花とは選ばなかったあのリップが恋しくなる。でも、今は何も持っていないのだから仕方ない。優花の彼氏とその友達とも会うのに、スッピンに近い顔のままでなんて会えるわけがないし、なにより優花が許してくれない。
 借りた道具で最低限出来るメイクをする。けど、やっぱり同じものを使っていても差は歴然だ。どうしたって優花は可愛い。

「みのり可愛いーっ!」

 優花はいつも褒めてくれる。だけど、自分と同じコスメを使っていることが可愛いだけで、私のことではないと思う。
 ふんわりナチュラルに巻かれた髪の毛。ぱっちりした二重瞼に長いまつ毛。透明感あふれる瑞々しい肌に映える、ピンクのリップとチーク。お人形みたいな涙袋。優花はその全部を自分のものにして、可愛いを表現できている。
 私はと言えば、アンバランスな巻き髪は手櫛のしすぎですでにパサパサしているし、メイクは全部が優花と同じもの。重い一重瞼では、マスカラの重さも相待ってまつ毛は下を向くし、涙袋も描いたけどしっくりこない。終わった。優花の引き立て役にならなれるけど、もう彼氏がいる優花を引き立てても仕方ない。そもそも、私は必要なのだろうか。

「おーう、優花今日もかーわいいっ」

 遠目から優花のことを見つけた彼氏の俊太くんが駆け寄ってくる。その後ろから、もう一人。やる気のなさそうな足取りでこちらに向かっているのは、きっとお友達の紡くんだろう。背が高くて染めた長めの髪の毛に怠そうな歩き方。ビジュアルはいいけれど、見るからに遊んでいそうな風貌。人を見た目で判断してはいけないけれど、優花の彼氏が茶髪にピアスと校則違反しまくりの人だから、その友達だと思えば不思議でもない。

「ちわ」

 挨拶だろうか。小さく頭を下げるから、驚いてから私も「こんにちわ」と頭を下げる。そんな私たちをにやにやと見ている優花と俊太くんカップルに、違和感をもつ。もしかしてこの二人、なにか考えている? と、要らぬ詮索をしてしまう。

「じゃあ、行こっか」
「腹へったよなー」

 別に今日は初めましての友達同士で会うだけ。目の前でカップルのイチャイチャを見せられたらそれで終わりなはずだ。でも、なにか嫌な予感がする。
 フードコートの空いている席に座って、距離の近い優花と俊太くんはずっと話している。何故か紡くんの隣に座らせられた私はどうしたらいいのか。気を遣って話しかけた方が良いのか、それとも話しかけられるのを待っていればいいのか。よく分からない状況に、もはや帰りたくなってくる。とっくになくなったジュースのストローを口にしたままぼんやりと目の前の二人を眺めていた。そっちが連れてきたくせにこっちには話を振りもせずに、自分たちだけが分かっている話題で盛り上がっている。私のことはお忘れでしょうか? と、聞きたくなる。

「なぁ、これさぁ。俺ら要る?」

 隣から挨拶以来はっきり聞こえてきた紡くんの声は、低くて重い。私も今、まったく同じことを思っていました。と同感する。

「あ、わりぃ。優花しか見えんくなってた」

 あははと頭を掻く俊太くんに悪気はなさそうだけど、返事があまりにも素直すぎる。隣の優花は嬉しそうに顔を赤くしているけれど。

「えっと、優花の友達は何ちゃんだっけ?」
「え……あ、みのり、です」
「おお。そうそう、いつも優花から聞いてる!」

 俊太くんが思い出すみたいに言うから、普段から私のことを優花が話してくれていると知って少し嬉しい。そして、俊太くんは私から視線を隣の彼に向けた。

「で、こっちは佐野(さの)紡。彼女募集中」
「なんだよ、その適当な紹介」
「いいじゃん、シンプルで。ってことでさ、みのりちゃん、ツムと付き合わん?」

 ……は?
 あっぶない。ストローを咥えていてよかった。私、今思いっきり露骨に嫌な顔をするところだった。嫌な声まで出るところだった。あまりにも勝手かつ唐突すぎて理解が追いつかない。故に、固まったまま言葉が出てこない。
 初めて会って、よく分からないまま隣に座って、自己紹介の流れで本人ではなく、優花の彼氏の俊太くんから友達と付き合わないか? と提案されている。いや、これってどう言う状況?

「みのりが紡くんと付き合ったら、あたしたちみたいに絶対仲良くなれると思う! しかも、こうやってみんなで遊べるし」
「まじ、それ最高だよな」

 いやいや、それはちょっと。そもそも、紡くんみたいなイケてる男子が、私みたいなのとは付き合わないでしょ。優花だったら即決だろうけど、私なんかを提案されても絶対に困るだけでしょ。
 どうしたらいいのかわからずに、隣の彼の様子を伺うためにチラリと視線を向ければ、真顔のままこちらを向いていた。

「別に俺はいいけど。そっちは?」
「へ!?」
「きゃーっ、みのり、紡くんと付き合っちゃいなよ」

 優花の悲鳴が上がり、状況もうまく飲み込めない。気がつけば、流されるように「じゃあ」と頷いていた。
 だって、断る理由がない。断る自分がありえないし、優花に後押しされたらいくしかない。よく分からないまま、私は紡くんと連絡先を交換して、その後も何を話したのかよく分からないまま家に帰った。
 その日、私に初めての彼氏ができた。