「尾崎くん、どうかした?」
あまりにも厳しい顔でパソコンモニターを睨みつけていたせいか、コンビニから帰ってきた樋渡が声をかけてきた。レジ袋をケチったのか、菓子パンとペットボトルを器用に積み重ね両手で抱えている。
「あの。ちょっとこれ見てくれませんか?」
SNSが表示されたモニターを指さすと、樋渡はそちらに視線を向ける。
「この参堂満月って人の書き込みのこと?」
「ですです。なんか、AGARIに参加したとか言っていて……」
樋渡は自分のデスクに買ってきたものを置くと、「ちょっと借りるよ」と俺のマウスを手に取る。「参堂満月」というアカウントの情報を調べるようだ。
「インターネットは嘘つきが多いからねえ。単に法螺を吹いて遊んでいるだけじゃない? ……ほら、アカウントの作成日が今月になってる。単にAGARIの噂を聞いて愉快犯的に『参加した』って投稿してるだけだと思うよ」
「そんなことして、何が楽しいんですか?」
「さあ……」
参堂満月 @tamago_sandu
うさぎを追いかけています。
2026年9月からXを利用しています
古ぼけた懐中時計のアイコン。短い紹介文。例のAGARIに参加してきたという投稿以外にも、当たり障りのない内容が投稿されていた。有名コンビニチェーンの抽選に参加する引用投稿、続く秋雨への愚痴めいた言葉、好きだった飲食店の閉店への嘆き。いたって普通のアカウントのように思われた。が、樋渡の意見は違うらしい。
「な? 中身のない投稿ばかりだろ。その中で突然AGARIのことを投稿してる。暇人の遊びだよ、気にしない気にしない」
「そんなもんですかね……」
買ってきた菓子パンの袋を開けながら、樋渡は「そんなもんだよ」と何も気にしていない様子だ。
「逆にさ、尾崎くんはそれ以外にどういう可能性があると思ってるの」
「え? あー、うーん。そう言われると、困りますけど」
菓子パンはチョコデニッシュらしい。チョコの甘い匂いと、齧ったときのサクッといういい音が聞こえてくる。
「でしょ。でも気になる気持ちもわからなくはないかな。昼休み終わったら、ユーザーがどこまでAGARIのこと進んでるか、見てみてくれる?」
「と、いいますと……?」
「パスワード仕込んでるページは、いつ、どんなパスワードが入力されたとかわかるでしょ。それを見ておいてほしいかな。そうすると変に1人だけ進行しているユーザーがいるとかわかるでしょ」
「なるほど。了解です」
樋渡にお礼を言うと、俺も自分の昼飯に戻ることにした。まだおにぎりがまるまる1つ残っている。これを食べて、喫煙所でタバコを1本吸って、それから言われたようにユーザーの行動ログを調べてみよう。
ユーザーの行動ログには、おかしなところはなかった。
というか、ユーザーの行動ログが存在しなかった。まだAGARIに関する謎を解き、ゲームの進行に必要なパスワードを入力したユーザーはいないようだ。
しかし、そんなことあり得るだろうか。
SNSではそれなりにAGARIについて言及されているし、ゲームの進行に重要な「ひねもすの民」というキーワードも出ている。ひねもすの民の公式サイトさえ見つければ、最初の謎解きは簡単だ。
「ひねもすの民」――旧「マタタビプロジェクト」のサイトには、代表の「余里すぐり」のブログや、団体SNS、その他複数のサイトへのリンクがあり、それらのサイトにはパスワードのかかったページが複数設置されている。その中でも、ゲームのチュートリアルも兼ねている、余里すぐりのブログに、いちばん単純なパスワードの記事が設置してある。
パスワードのヒントは「猫トイレ脱出できたのが演じた役は?」。答えはもちろん「三毛猫」。
「三毛猫」というキーワードを入力すれば、2019年10月25日に書かれた「マタタビの今後について」という日記が読める。そういう流れになっていた。
念のためブログの内容を確認しようと、余里すぐりのブログにアクセスして、俺は絶句した。
「マタタビの今後について」という日記は存在せず、その代わりに2019年10月25日「読まなくていいです」という日記が投稿されている。それだけでなく、その後の日付であと2回も日記が投稿されている。
こんな日記は予定になかった、はずだ。
俺が聞いていないだけで、いつの間にか変更になったのだろうか。
社内の共有フォルダへアクセスし、「AGARI」についての企画書や進行表を確認していく。――しかし、変更された形跡はない。
本来は「マタタビの今後について」という日記のなかで、余里すぐりが最近ハマっているという新興宗教に関する情報がほのめかされる予定だった。
それなのに、実際公開されているのは、「読まなくていいです」というタイトルの、ネタ被り?に関する苦言の日記だ。
誰かが勝手に日記の内容を変更したのだろうか。いったい何の目的で……?
とにかく、誰かに報告して何とかしなければいけない。
「樋渡さん、すみません。AGARIの件なんですけど、やっぱりおかしいです」
そう声をかけると、余里すぐりのブログのURLを樋渡にチャットで送る。
「なんか変な行動しているユーザーでもいた?」
「じゃなくて、送ったページ見てください」
数秒。樋渡がページを確認している間に流れる無言の時間が、やけに長く感じられた。俺が言いたいことに気付いたのか、樋渡は「あれ、なんでこんなことになってるんだ?」と独り言を言いながら画面を睨んでいるようだ。
「やっぱり、変ですよね」
「うーん。俺は聞いてないけど、野苅さんがやったのかもしれない。俺から連絡入れておくわ。気付いてくれてありがとうな」
今日、野苅は一日外出の予定だったはずだ。樋渡に連絡を任せたら、これ以上自分が出来ることはないだろう。
「すみません。よろしくお願いします」
自分のパソコンに向き直り、通常業務へ戻ることにした。
結論から言うと、余里すぐりの日記を書き換えたのは野苅ではなかった。
18時。業務終了時間になり、荷物をまとめて帰ろうとしている時に、慌てて野苅がオフィスに走り込んできた。
「え~~~、本当に樋渡くんがやったんじゃないの!?」
挨拶をする間もなく、自分のデスクに座るとパソコンを立ち上げる。
「やるわけないじゃないですか」
AGARIの件らしい。まだ残って業務をするつもりだったらしい樋渡が、モニターから顔を上げずに野苅に答える。
「尾崎くんも知らないんだよね?」
「え、はい」
「見附さんにも聞いてみた?」
「メールしましたが、見附さんも知らないそうです」
パソコンが立ち上がったのか、野苅はせわしなくマウスを動かしキーボードを叩きだす。
「うーん、ハッキングってこと? いやハッキングするにしても、なんでここを?
いや、今は犯人探しとかよりもここからどうリカバーするかの方が大事よね。樋渡くん、今日残って一緒に対応検討してくれない?」
「そう言われると思ってました」
樋渡の淡々とした態度が、逆に頼もしい。
何となく帰るタイミングを失ってしまい、荷物を持ったまま居心地悪そうに立ったままでいた。――何か手伝えることはあるだろうか。二人の張りつめた空気に、声をかけるのもためらわれてしまう。
「あ、ごめん。尾崎くんは帰っていいからね」
「でも……」
野苅が明るく声をかけてくれるが、それでも帰りづらい。
「今日中に俺と野苅さんとで、状況の確認と対応の方向決めるから、明日その対応手伝ってね」
樋渡にそう言われると、さすがにどうしようもない。「わかりました。明日、残業もできるのでなんかあったら言ってください。お疲れ様でした」と声をかけ、オフィスを立ち去った。
その夜、家でSNSを確認してみると、「AGARIに参加した」と主張するアカウントが、参堂満月以外にも複数現れていた。
あまりにも厳しい顔でパソコンモニターを睨みつけていたせいか、コンビニから帰ってきた樋渡が声をかけてきた。レジ袋をケチったのか、菓子パンとペットボトルを器用に積み重ね両手で抱えている。
「あの。ちょっとこれ見てくれませんか?」
SNSが表示されたモニターを指さすと、樋渡はそちらに視線を向ける。
「この参堂満月って人の書き込みのこと?」
「ですです。なんか、AGARIに参加したとか言っていて……」
樋渡は自分のデスクに買ってきたものを置くと、「ちょっと借りるよ」と俺のマウスを手に取る。「参堂満月」というアカウントの情報を調べるようだ。
「インターネットは嘘つきが多いからねえ。単に法螺を吹いて遊んでいるだけじゃない? ……ほら、アカウントの作成日が今月になってる。単にAGARIの噂を聞いて愉快犯的に『参加した』って投稿してるだけだと思うよ」
「そんなことして、何が楽しいんですか?」
「さあ……」
参堂満月 @tamago_sandu
うさぎを追いかけています。
2026年9月からXを利用しています
古ぼけた懐中時計のアイコン。短い紹介文。例のAGARIに参加してきたという投稿以外にも、当たり障りのない内容が投稿されていた。有名コンビニチェーンの抽選に参加する引用投稿、続く秋雨への愚痴めいた言葉、好きだった飲食店の閉店への嘆き。いたって普通のアカウントのように思われた。が、樋渡の意見は違うらしい。
「な? 中身のない投稿ばかりだろ。その中で突然AGARIのことを投稿してる。暇人の遊びだよ、気にしない気にしない」
「そんなもんですかね……」
買ってきた菓子パンの袋を開けながら、樋渡は「そんなもんだよ」と何も気にしていない様子だ。
「逆にさ、尾崎くんはそれ以外にどういう可能性があると思ってるの」
「え? あー、うーん。そう言われると、困りますけど」
菓子パンはチョコデニッシュらしい。チョコの甘い匂いと、齧ったときのサクッといういい音が聞こえてくる。
「でしょ。でも気になる気持ちもわからなくはないかな。昼休み終わったら、ユーザーがどこまでAGARIのこと進んでるか、見てみてくれる?」
「と、いいますと……?」
「パスワード仕込んでるページは、いつ、どんなパスワードが入力されたとかわかるでしょ。それを見ておいてほしいかな。そうすると変に1人だけ進行しているユーザーがいるとかわかるでしょ」
「なるほど。了解です」
樋渡にお礼を言うと、俺も自分の昼飯に戻ることにした。まだおにぎりがまるまる1つ残っている。これを食べて、喫煙所でタバコを1本吸って、それから言われたようにユーザーの行動ログを調べてみよう。
ユーザーの行動ログには、おかしなところはなかった。
というか、ユーザーの行動ログが存在しなかった。まだAGARIに関する謎を解き、ゲームの進行に必要なパスワードを入力したユーザーはいないようだ。
しかし、そんなことあり得るだろうか。
SNSではそれなりにAGARIについて言及されているし、ゲームの進行に重要な「ひねもすの民」というキーワードも出ている。ひねもすの民の公式サイトさえ見つければ、最初の謎解きは簡単だ。
「ひねもすの民」――旧「マタタビプロジェクト」のサイトには、代表の「余里すぐり」のブログや、団体SNS、その他複数のサイトへのリンクがあり、それらのサイトにはパスワードのかかったページが複数設置されている。その中でも、ゲームのチュートリアルも兼ねている、余里すぐりのブログに、いちばん単純なパスワードの記事が設置してある。
パスワードのヒントは「猫トイレ脱出できたのが演じた役は?」。答えはもちろん「三毛猫」。
「三毛猫」というキーワードを入力すれば、2019年10月25日に書かれた「マタタビの今後について」という日記が読める。そういう流れになっていた。
念のためブログの内容を確認しようと、余里すぐりのブログにアクセスして、俺は絶句した。
「マタタビの今後について」という日記は存在せず、その代わりに2019年10月25日「読まなくていいです」という日記が投稿されている。それだけでなく、その後の日付であと2回も日記が投稿されている。
こんな日記は予定になかった、はずだ。
俺が聞いていないだけで、いつの間にか変更になったのだろうか。
社内の共有フォルダへアクセスし、「AGARI」についての企画書や進行表を確認していく。――しかし、変更された形跡はない。
本来は「マタタビの今後について」という日記のなかで、余里すぐりが最近ハマっているという新興宗教に関する情報がほのめかされる予定だった。
それなのに、実際公開されているのは、「読まなくていいです」というタイトルの、ネタ被り?に関する苦言の日記だ。
誰かが勝手に日記の内容を変更したのだろうか。いったい何の目的で……?
とにかく、誰かに報告して何とかしなければいけない。
「樋渡さん、すみません。AGARIの件なんですけど、やっぱりおかしいです」
そう声をかけると、余里すぐりのブログのURLを樋渡にチャットで送る。
「なんか変な行動しているユーザーでもいた?」
「じゃなくて、送ったページ見てください」
数秒。樋渡がページを確認している間に流れる無言の時間が、やけに長く感じられた。俺が言いたいことに気付いたのか、樋渡は「あれ、なんでこんなことになってるんだ?」と独り言を言いながら画面を睨んでいるようだ。
「やっぱり、変ですよね」
「うーん。俺は聞いてないけど、野苅さんがやったのかもしれない。俺から連絡入れておくわ。気付いてくれてありがとうな」
今日、野苅は一日外出の予定だったはずだ。樋渡に連絡を任せたら、これ以上自分が出来ることはないだろう。
「すみません。よろしくお願いします」
自分のパソコンに向き直り、通常業務へ戻ることにした。
結論から言うと、余里すぐりの日記を書き換えたのは野苅ではなかった。
18時。業務終了時間になり、荷物をまとめて帰ろうとしている時に、慌てて野苅がオフィスに走り込んできた。
「え~~~、本当に樋渡くんがやったんじゃないの!?」
挨拶をする間もなく、自分のデスクに座るとパソコンを立ち上げる。
「やるわけないじゃないですか」
AGARIの件らしい。まだ残って業務をするつもりだったらしい樋渡が、モニターから顔を上げずに野苅に答える。
「尾崎くんも知らないんだよね?」
「え、はい」
「見附さんにも聞いてみた?」
「メールしましたが、見附さんも知らないそうです」
パソコンが立ち上がったのか、野苅はせわしなくマウスを動かしキーボードを叩きだす。
「うーん、ハッキングってこと? いやハッキングするにしても、なんでここを?
いや、今は犯人探しとかよりもここからどうリカバーするかの方が大事よね。樋渡くん、今日残って一緒に対応検討してくれない?」
「そう言われると思ってました」
樋渡の淡々とした態度が、逆に頼もしい。
何となく帰るタイミングを失ってしまい、荷物を持ったまま居心地悪そうに立ったままでいた。――何か手伝えることはあるだろうか。二人の張りつめた空気に、声をかけるのもためらわれてしまう。
「あ、ごめん。尾崎くんは帰っていいからね」
「でも……」
野苅が明るく声をかけてくれるが、それでも帰りづらい。
「今日中に俺と野苅さんとで、状況の確認と対応の方向決めるから、明日その対応手伝ってね」
樋渡にそう言われると、さすがにどうしようもない。「わかりました。明日、残業もできるのでなんかあったら言ってください。お疲れ様でした」と声をかけ、オフィスを立ち去った。
その夜、家でSNSを確認してみると、「AGARIに参加した」と主張するアカウントが、参堂満月以外にも複数現れていた。



