昼休み、コンビニで購入したおにぎりを齧りながらSNSを眺めていた。
会社から支給されたデスクトップパソコンに繋がっているモニターは3つ。ひとつはウェブブラウザ、ひとつはメールソフト、そしてもうひとつはSNSの画面が開きっぱなしにしてある。ひとつめのブラウザでは、業務中はタイケンガタドットコムの管理画面を開きっぱなしだが、今はYoutubeで毒にも薬にもならない、名前も知らないYoutuberの旅行vlogが垂れ流されている。イヤホンから動画の音声は流れているが、脳までは達しない。知らない誰かのくだらない話を聞き流しながら、3つ目のモニターに流れていくSNSのタイムラインをぼんやりと追いかける。
業務用のアカウントでログインしているので、おすすめに流れてくる投稿は自分の趣味と合わない内容ばかりだ。SNSの世界はひとつのようだが、パーソナライズされるアルゴリズムのせいで全くそんなことはない。世界は分断され、それぞれの趣味や嗜好、意見に寄り添った内容だけがタイムラインに流れてくる。現代のインターネットは生ぬるく穏やかな泥川のようだ。
とはいえ、会社で見るタイムラインはそんなにひどくない。
フォロワーは体験型イベントに興味があるユーザーばかりで、業務用のアカウントで「いいね」するのは、タイケンガタドットコムを使って投稿したレビューのSNSへの共有投稿だけだ。必然的におすすめタイムラインは、体験型イベントの情報やエンタメの情報ばかりになる。
タイケンガタドットコムは、その名の通り体験型イベントのレビューサイトだ。謎解き、マーダーミステリー、イマーシブシアター、最近では○○展みたいな、「広義の体験型イベント」に参加したユーザーが、感想や評価を自由に投稿できる。
俺の業務内容はタイケンガタドットコムへ提供されるイベント情報の掲載や、投稿されたレビューのチェック、ユーザーからの問い合わせ対応など、サービスの運営にまつわること諸々だ。知り合いから紹介されて、半年くらい前からアルバイトとして働いている。
昼休みまで仕事のタイムラインを見る必要はないのだが、今日は他にやりたいことも思いつかず、自分のデスクでダラダラと過ごしていた。
ふと、ある投稿が目についた。
参堂満月 @tamago_sandu
「終焉選択ゲーム AGARI」、参加してきました!
「世界の終焉を選ぶ」って聞いてたからホラーのような内容を想像していましたが、独特な唯一無二の体験でした
私は何を選んでしまったんでしょうか
一見、なんてことないイベントの参加報告の投稿だ。――しかし、この投稿はあり得ない。
なぜなら、「終焉選択ゲーム AGARI」は存在しないイベントなのだ。
もっと正確に言えば、「終焉選択ゲーム AGARI」はタイケンガタドットコムのPRのために、俺たちが作った架空のイベントなのだ。
「架空のイベントのレビューっていうの、どう?」
体験型イベントレビューサイト「タイケンガタドットコム」の運営のアルバイトを始めて二週間ほど経過したある日、代表である野苅しおりは、重役出勤も重役出勤なおやつの時間に出社してくるなり、デスクで黙々と作業にいそしんでいるスタッフたちに向かってそんなことを言い出した。
「どう、っていうのは、どういうことで?」
先輩スタッフの樋渡が、作業の手を止めずに野苅の言葉に反応する。野苅は自分の椅子を樋渡の隣に持ってきて、「よくぞ聞いてくれました」とでも言いたげな表情で樋渡の顔を覗き込む。
「先週のMTGで、タイケンガタドットコム自体のPRをどうしようかっていう話をしてたじゃない」
「ああ。いろんな企業や団体に定期的に営業をかける効率的な方法とか、収集した情報をAIに読み込ませて適切な提案内容を出力させるとか、みたいな話になりましたね」
「それ! それもやるけど。やっぱり我々の本業は『体験型イベント』なわけよ」
「はあ」
これは作業をしながらのながら聞きでいい話題ではなさそうだ、と樋渡はモニターから顔をあげ、野苅の方を見る。
そのとき俺はと言えば、まだこの仕事を始めたばかりで、ほかのスタッフともまだ打ち解けておらず、二人の話をちらちらと聞きながら渡されたイベント情報の入力作業を進めていた。
「だから、タイケンガタドットコムを使ってARGみたいなことをしたいと思って」
「あー、なるほどですね……」
野苅の言葉を聞いて、樋渡はあからさまに嫌そうな表情になった。
はたで聞いていた俺はそろそろ二人の話す内容についていけなくなりそうだった。えーあーるじーみたいなこと、とは何だろう。
俺が難しい顔をしていることに気が付いたのか、隣で作業をしていた見附が俺の腕をちょいちょいとつついてきた。
「ARGっていうのは、本当にあるウェブサイトとかに謎が仕掛けられているゲームのこと。最近は本当のウェブサイトじゃなくて、いかにも本物っぽい架空のサイトを検索で進んでいくゲームなんかも増えてきてるの」
「そうなんですね」
見附は俺よりも一週間ほど早くタイケンガタドットコムで働きだした、ほとんど同期という感覚の女性だ。正確な年は知らないが、なんとなく年齢も近そうだ。俺と違って、もともと体験型イベントが好きだったそうで、わからないことがあったときは、こうして教えてくれる。
「見附さんも尾崎くんも一緒に聞いて。
タイケンガタドットコムに、本当は存在しない架空のイベントを登録するの。怪しげで意味ありげなレビューもいくつか並べておく。それをみつけたユーザーは『あ、面白そうなイベント!』と思って、イベントの詳細を調べようとする。でも、調べてもイベントの公式サイトも公式SNSも存在しない」
「で、どうなるんですか?」
樋渡の突込みに、野苅は口をもごもごさせる。
「それは、色々よ、色々」
どうやら、野苅のただの思い付きらしい。樋渡は見せつけるように大きくため息をつく。きっと、代表である野苅の無責任なアイディアに振り回されることが多いのだろう。そんな二人の関係は、まだ新人である自分でさえ想像がついていた。
ふたりの話を聞いていた見附が、大きく手をあげ、ぱっと笑顔を見せる。
「はい! 運営団体の公式サイトは残っていて、なぜか最新のイベント情報だけは存在しない、みたいなのはどうでしょう。そこから、公式サイトや団体のSNSを調査していくと不穏なことになっている……。例えば、以前は普通の謎解き団体だったのに、いつのまにかカルト宗教に乗っ取られているみたいな」
「うんうん、王道だけどそんな感じ! 団体の代表が宗教にハマってしまったことが代表の日記からわかるとか」
「謎解きとかギミックを入れたいなら、代表のブログの大事な記事にパスワード仕込んだり!」
「そうそう!」
いつの間にか、野苅と見附のタイケンガタドットコム女性組が、架空のイベントレビューから始まるARGのアイディアを楽しそうに語り合っている。次から次へとアイディアが溢れ、あっという間にゲームの素案が出来上がっていく。俺と樋渡の男組は二人の熱心なブレストをそのわきで黙って聞いていた。
「そのARGをやることで、本当にタイケンガタドットコムのPRになるんですか?」
すっかり夢中になっている二人に、樋渡が冷静に突っ込む。樋渡も立場としては社員ではなく、アルバイトだったはず。これではどちらが経営者かわからない。話の腰を折られた野苅は、それでも樋渡の言うことも当然と頭を掻く。
「やったことない企画だから、数字的なものは今の段階で伸びるとか言いきれないけど……。この間は企業とか団体側へのアプローチ案ばかりだったでしょう? 参加者側ユーザーへのPRになることも同時に走らせなきゃな、ってのは真面目に思ってる」
ただ面白そうだからやりたいわけではないのか。案外、野苅も色々考えていたようだ。
「確かに、それは一理ありますね」
「でしょ。で、あんまり予算かけない感じで、まずミニマムに……」
野苅は樋渡のキーボードを奪い、彼のパソコンで表計算ソフトに色々と必要事項を書き出していく。
ものすごい速度で決まっていく企画に、俺は圧倒されていた。
そこから数日して野苅が企画書をつくり、主に野苅と見附で内容をブラッシュアップしていった。樋渡と俺も必要なサイトづくりや運用側のこまごまとした作業を手伝い、そうして一週間ほど前に大きな告知もせずに静かに公開したのが、「終焉選択ゲーム AGARI」なのだ。
会社から支給されたデスクトップパソコンに繋がっているモニターは3つ。ひとつはウェブブラウザ、ひとつはメールソフト、そしてもうひとつはSNSの画面が開きっぱなしにしてある。ひとつめのブラウザでは、業務中はタイケンガタドットコムの管理画面を開きっぱなしだが、今はYoutubeで毒にも薬にもならない、名前も知らないYoutuberの旅行vlogが垂れ流されている。イヤホンから動画の音声は流れているが、脳までは達しない。知らない誰かのくだらない話を聞き流しながら、3つ目のモニターに流れていくSNSのタイムラインをぼんやりと追いかける。
業務用のアカウントでログインしているので、おすすめに流れてくる投稿は自分の趣味と合わない内容ばかりだ。SNSの世界はひとつのようだが、パーソナライズされるアルゴリズムのせいで全くそんなことはない。世界は分断され、それぞれの趣味や嗜好、意見に寄り添った内容だけがタイムラインに流れてくる。現代のインターネットは生ぬるく穏やかな泥川のようだ。
とはいえ、会社で見るタイムラインはそんなにひどくない。
フォロワーは体験型イベントに興味があるユーザーばかりで、業務用のアカウントで「いいね」するのは、タイケンガタドットコムを使って投稿したレビューのSNSへの共有投稿だけだ。必然的におすすめタイムラインは、体験型イベントの情報やエンタメの情報ばかりになる。
タイケンガタドットコムは、その名の通り体験型イベントのレビューサイトだ。謎解き、マーダーミステリー、イマーシブシアター、最近では○○展みたいな、「広義の体験型イベント」に参加したユーザーが、感想や評価を自由に投稿できる。
俺の業務内容はタイケンガタドットコムへ提供されるイベント情報の掲載や、投稿されたレビューのチェック、ユーザーからの問い合わせ対応など、サービスの運営にまつわること諸々だ。知り合いから紹介されて、半年くらい前からアルバイトとして働いている。
昼休みまで仕事のタイムラインを見る必要はないのだが、今日は他にやりたいことも思いつかず、自分のデスクでダラダラと過ごしていた。
ふと、ある投稿が目についた。
参堂満月 @tamago_sandu
「終焉選択ゲーム AGARI」、参加してきました!
「世界の終焉を選ぶ」って聞いてたからホラーのような内容を想像していましたが、独特な唯一無二の体験でした
私は何を選んでしまったんでしょうか
一見、なんてことないイベントの参加報告の投稿だ。――しかし、この投稿はあり得ない。
なぜなら、「終焉選択ゲーム AGARI」は存在しないイベントなのだ。
もっと正確に言えば、「終焉選択ゲーム AGARI」はタイケンガタドットコムのPRのために、俺たちが作った架空のイベントなのだ。
「架空のイベントのレビューっていうの、どう?」
体験型イベントレビューサイト「タイケンガタドットコム」の運営のアルバイトを始めて二週間ほど経過したある日、代表である野苅しおりは、重役出勤も重役出勤なおやつの時間に出社してくるなり、デスクで黙々と作業にいそしんでいるスタッフたちに向かってそんなことを言い出した。
「どう、っていうのは、どういうことで?」
先輩スタッフの樋渡が、作業の手を止めずに野苅の言葉に反応する。野苅は自分の椅子を樋渡の隣に持ってきて、「よくぞ聞いてくれました」とでも言いたげな表情で樋渡の顔を覗き込む。
「先週のMTGで、タイケンガタドットコム自体のPRをどうしようかっていう話をしてたじゃない」
「ああ。いろんな企業や団体に定期的に営業をかける効率的な方法とか、収集した情報をAIに読み込ませて適切な提案内容を出力させるとか、みたいな話になりましたね」
「それ! それもやるけど。やっぱり我々の本業は『体験型イベント』なわけよ」
「はあ」
これは作業をしながらのながら聞きでいい話題ではなさそうだ、と樋渡はモニターから顔をあげ、野苅の方を見る。
そのとき俺はと言えば、まだこの仕事を始めたばかりで、ほかのスタッフともまだ打ち解けておらず、二人の話をちらちらと聞きながら渡されたイベント情報の入力作業を進めていた。
「だから、タイケンガタドットコムを使ってARGみたいなことをしたいと思って」
「あー、なるほどですね……」
野苅の言葉を聞いて、樋渡はあからさまに嫌そうな表情になった。
はたで聞いていた俺はそろそろ二人の話す内容についていけなくなりそうだった。えーあーるじーみたいなこと、とは何だろう。
俺が難しい顔をしていることに気が付いたのか、隣で作業をしていた見附が俺の腕をちょいちょいとつついてきた。
「ARGっていうのは、本当にあるウェブサイトとかに謎が仕掛けられているゲームのこと。最近は本当のウェブサイトじゃなくて、いかにも本物っぽい架空のサイトを検索で進んでいくゲームなんかも増えてきてるの」
「そうなんですね」
見附は俺よりも一週間ほど早くタイケンガタドットコムで働きだした、ほとんど同期という感覚の女性だ。正確な年は知らないが、なんとなく年齢も近そうだ。俺と違って、もともと体験型イベントが好きだったそうで、わからないことがあったときは、こうして教えてくれる。
「見附さんも尾崎くんも一緒に聞いて。
タイケンガタドットコムに、本当は存在しない架空のイベントを登録するの。怪しげで意味ありげなレビューもいくつか並べておく。それをみつけたユーザーは『あ、面白そうなイベント!』と思って、イベントの詳細を調べようとする。でも、調べてもイベントの公式サイトも公式SNSも存在しない」
「で、どうなるんですか?」
樋渡の突込みに、野苅は口をもごもごさせる。
「それは、色々よ、色々」
どうやら、野苅のただの思い付きらしい。樋渡は見せつけるように大きくため息をつく。きっと、代表である野苅の無責任なアイディアに振り回されることが多いのだろう。そんな二人の関係は、まだ新人である自分でさえ想像がついていた。
ふたりの話を聞いていた見附が、大きく手をあげ、ぱっと笑顔を見せる。
「はい! 運営団体の公式サイトは残っていて、なぜか最新のイベント情報だけは存在しない、みたいなのはどうでしょう。そこから、公式サイトや団体のSNSを調査していくと不穏なことになっている……。例えば、以前は普通の謎解き団体だったのに、いつのまにかカルト宗教に乗っ取られているみたいな」
「うんうん、王道だけどそんな感じ! 団体の代表が宗教にハマってしまったことが代表の日記からわかるとか」
「謎解きとかギミックを入れたいなら、代表のブログの大事な記事にパスワード仕込んだり!」
「そうそう!」
いつの間にか、野苅と見附のタイケンガタドットコム女性組が、架空のイベントレビューから始まるARGのアイディアを楽しそうに語り合っている。次から次へとアイディアが溢れ、あっという間にゲームの素案が出来上がっていく。俺と樋渡の男組は二人の熱心なブレストをそのわきで黙って聞いていた。
「そのARGをやることで、本当にタイケンガタドットコムのPRになるんですか?」
すっかり夢中になっている二人に、樋渡が冷静に突っ込む。樋渡も立場としては社員ではなく、アルバイトだったはず。これではどちらが経営者かわからない。話の腰を折られた野苅は、それでも樋渡の言うことも当然と頭を掻く。
「やったことない企画だから、数字的なものは今の段階で伸びるとか言いきれないけど……。この間は企業とか団体側へのアプローチ案ばかりだったでしょう? 参加者側ユーザーへのPRになることも同時に走らせなきゃな、ってのは真面目に思ってる」
ただ面白そうだからやりたいわけではないのか。案外、野苅も色々考えていたようだ。
「確かに、それは一理ありますね」
「でしょ。で、あんまり予算かけない感じで、まずミニマムに……」
野苅は樋渡のキーボードを奪い、彼のパソコンで表計算ソフトに色々と必要事項を書き出していく。
ものすごい速度で決まっていく企画に、俺は圧倒されていた。
そこから数日して野苅が企画書をつくり、主に野苅と見附で内容をブラッシュアップしていった。樋渡と俺も必要なサイトづくりや運用側のこまごまとした作業を手伝い、そうして一週間ほど前に大きな告知もせずに静かに公開したのが、「終焉選択ゲーム AGARI」なのだ。



