終焉選択ゲームAGARIの噂

 望は子どもの頃からクイズやパズルが好きだった。普段は大人しい性格だったが、クイズ番組を家族で見ている時に答えがわかると自慢げに声をあげ、誕生日に買ってもらったなぞなぞの本を、暗記するほど読み込んでいた。
 小学生のとき、母の日に望が自作の「宝の地図」を作って母にプレゼントしていたのを覚えている。暗号を解くと「花瓶の下」とか「郵便受け」のように、答えが家の中の場所になる。そしてその場所に行くと、次の暗号がある。それを何度か繰り返して、最後には母への手紙とプレゼントが見つかる、そんな単純な「イベント」だったが、両親はとても喜んでいた。
 そんな弟だったから、大学生になって謎解きサークルに入ったのは、当然だと思った。
 望とは1歳違いだったが、僕が1年浪人してしまったので、大学に入ったのは同じ年だった。もともと特別仲がいい方ではなかったが、大学生ともなると望と話す機会はさらに減っていった。僕はアルバイトで夜遅くまで家に帰らない日も多かったし、望も学業やサークル活動で忙しくしているようだった。アルバイトから帰宅すると、望の扉の下からパソコンの光が細く漏れていることが多かった。
 ある日、母に一枚のチラシを渡された。そのチラシには「火曜微酔部学園祭公演 不思議なウツボカズラからの脱出」と書かれていた。
「何これ」
「来週、望の大学の学園祭があるでしょう。そこで望のサークルがやるイベント? らしいの。せっかくだから行きたいんだけど、お父さんは仕事があるらしくて、一人で行くのもちょっとアレかと思って、一緒に行ってくれないかなと思って」
 めんどくさい、正直なところそう思った。しかし、他の誰でもない母の頼みとなれば、無下にできない。その日のアルバイトのシフトは夜からだったし、しぶしぶ母について望の大学の学園祭へと行くことにした。
 サークルの仲間の中にいる望の姿は、新鮮だった。本人は家族に見られるのが気恥ずかしいのか、僕たちの姿を見つけても軽く会釈をしてきたくらいで、イベントが始まる前も終わったあとも、特にそれ以上何か話しかけてくることはなかった。サークル仲間たちの間で望は真剣な表情で、時に笑顔を見せながらイベントを回していた。
 それが少し意外だったが、同時に安心もした。
 イベントの内容は、よく覚えていない。友人に連れられて何度か謎解きイベントに行ったことがあり、良くも悪くもそれらのイベントと記憶がこんがらがってしまっている。つまりは、あまり興味を持てなかったということだろう。
 母はとても嬉しそうだった。
 望のサークルのイベントを終え、せっかくだからと他の展示や模擬店を冷やかしながら歩いているとき、何度も「学生さんたちが作ったとは思えないわねえ」と話していた。
 それからも、望の所属しているサークルは定期的にイベントをしていたようだが、僕が参加することはなかった――いや、もう1回だけ参加したことがある。大学2年のときのハッカソン、とかいうやつだった。短期間でイベントを作る、というよくわからない企画だ。そんなもの全く興味がなかったが、当時いい感じだった女の子に「友達が参加しているから一緒に行こう」、と誘われたのだ。
 イベントの詳細を見ながら「これ、弟も参加してるみたい」と言うと、「えー、朔くんの弟くんとか会ってみたい!」とやけにはしゃいで言われ、困ってしまった。
 公演は日曜の夜、19時からだった。
 会場は、キャンパスの奥にある古い学生会館のホールだった。入口で投票用紙を渡され、3つのチームの公演を順に回る形式らしい。彼女は友人のチームの前で手を振り、友人も手を振り返した。それで、彼女の用事は半分終わったようだった。
「弟くんは?」
「さあ。どこかにはいると思うけど」
 探す必要はなかった。「落とし物センター」と手書きされた看板の下、受付の机の向こうに、望がいた。
 黒いパーカーの袖を肘までまくって、手元のタブレットを操作している。やけに顔色が悪かった。目の下に、はっきりと影がある。この二日間、ほとんど寝ていないのだろう。しかし、それだけではないような、なんだか暗さ、みたいなものを望の表情から感じた。
 望はこちらをちらりと見ると、少しだけ驚いた表情を浮かべ、すぐに自分の作業に戻った。
「挨拶したいよー、紹介してって」
「うーん、見当たらないし、奥でイベントの準備でもしてるんじゃないかな」
 彼女の言葉をはぐらかし、僕たちは指示されたチームの公演へと向かった。
 この時の望の「暗さ」について、僕はもっと真剣に考えるべきだった。

 望は自死を選ぶ際、遺書を残していなかった。
 部屋の中にそれらしいものは残っていなかったし、警察がパソコンの中身を調べたが、何も見つからなかった。
 現場の状況や、望が何年も引きこもっていたこと、様々な事実を総合的に判断し、警察は望の死を自殺だと認定した。僕も異論はなかった。
 しかし、望が何も残さずに死んだことには、違和感があった。
 親しい友人もなく、唯一の家族である僕ともほとんど話さない。そんな状況だったとはいえ、望は何も残さずに死ぬはずがない、と半ば確信のように思っていた。
 だから、望のパソコンに「終焉をえらべ、アガリ 企画書(草案)」というスライドを見たとき、「やっぱり」と思った。自分の違和感は正しかったのだ。
 キーボードの傍に置きっぱなしになっているマウスを握る。ゆっくりとマウスを操作し、望が残した企画書を読んでいく。

――■企画の目的
――参加者に「選択すること」を体験してもらう。
――人は日常的に無数の選択をしているが、そのほとんどについて深く考えることはない。
――本企画では、あえて選択そのものをイベント化する。

 企画書を読んでも、何が言いたいのかさっぱりわからなかった。もしかすると、謎解きイベントを好きな人が読めば面白そうだと思うのかもしれない。
 望の考えていたことが少しでもわかるかと期待したが、期待外れだったようだ。
 扉が開いていたのも、パソコンが点いていたのも、単なる偶然だろう。そう思い、スライドを閉じようとマウスをバツボタンへ動かそうとした。しかし、手は自分の思い通りに動かなかった。
「え、なに……」
 マウスポインタは、企画書のページをめくりだす。短い企画書だ、すぐに最後のページへ辿り着く。するとマウスポインタはそのページの左隅へ、僕の意志を無視して勝手に動き出す。そこには、背景と同じ白い四角い記号が設置されているようだった。隠された白い四角を押すと、WEBブラウザが立ち上がる。
 リンクが設定されていたようだ。
 隠されていたリンクの先は、望が書き続けていた日記のようだった。