終焉選択ゲームAGARIの噂

 樋渡から届いた短いレビューを、5回は読み直した。何度読んでも、他のユーザーから送られてきたAGARIへのレビューと変わらない、意味のわからない内容だった。現在、AGARIへ投稿されてくるレビューは承認も却下もせずに放置している。樋渡自身がそう指示したのに、承認されないと知っているはずの審査待ちへ投稿してきた。――つまり、これを読むのはスタッフだけだ。
 もしかすると、「このレビューを読んでいるあなたも、AGARIへ参加してください。」という文言は、俺たちへのメッセージなのではないだろうか。
 ぞく、っと背筋が震えた。
 レビューの投稿時間は、つい10分ほど前だ。
 居ても立ってもいられず、会社の緊急連絡先から樋渡の電話番号を探し出すと、震える手で番号を押す。スマートフォンは延々と呼び出し音を鳴らし続け、やがて相手が出ずに切れてしまう。それでも諦めきれず、二度、三度と電話をかけ続ける。
 どうして樋渡は帰ってこないんだ。
 AGARIとは、一体何なんだ。
 「終焉選択ゲームAGARI」は、タイケンガタドットコムのPRのために作られた架空のイベントのはずだ。架空のイベントページをサイト内に作り、架空のアカウントから架空のレビューをさせる。そこから情報を検索し、SNSやWEBサイトを横断していくことで真相がわかる、そんなゲームのはずだった。
 しかし、仕込んでいたWEBサイトは改変され、あるいは削除され、存在しないはずのイベントに本当に参加したと主張する人が現れだした。タイケンガタドットコムへもレビューが殺到している。
 おかしなことはそれだけでない。自分たちで考えたはずの「終焉選択ゲームAGARI」と酷似した、「終焉をえらべ、アガリ」というタイトルの企画書のデータが残っていた。その企画書の制作者――桂木望は、もう退職済みだったが、彼に呼び出されて会いに行ったのに、いつの間にか眼の前から煙のように消えてしまった。
 そしてついには、先輩スタッフである樋渡までがAGARIへ参加したというレビューを投稿してきた……。
 ここ数日に起きたことを頭の中で整理してみると、少し落ち着いてきた。相変わらず何が起きているのかは全くわからない。情報が足りてなさすぎる。仕事なんてしている場合ではない。今何が起きているかを、もっと正確に把握しなければいけない。

 まずは、今まで届いていたAGARIへのレビューを見てみる。ちらっと中身を見たことは見たが、どうせ審査もしないし、ということで真剣に見てはいなかった。届いているレビューは、樋渡からのものも含めて8つ。どれも「終焉を選べた」「あがれた」というようなことが書かれている。具体的なイベント内容について言及されているものはない。
 樋渡以外にレビューを投稿してきた人たちは、どんな人なのだろう。
 すべてのアカウントが、AGARIのために作られたものではなく、期間の差はあれどタイケンガタドットコムを使っていたいわゆる既存ユーザーのようだった。他のイベントのレビューを投稿している人もいれば、今回が初めてのレビュー投稿ユーザーもいた。レビューを投稿しているユーザーは、レビュー投稿用のハンドルネームが設定されているはずだ。SNSと同じ名前を使っている人もいるかもしれない。
 そんなことを考えて少し調べてみると、「たぶん会社員 @maybe_kaishain」と「さといも@satoimo_cha」という2つのアカウントを見つけた。たぶん会社員に関しては、最初にAGARIに参加したとSNSで言い出した「参堂満月 @tamago_sandu」へ絡んでいたアカウントでもある。
 SNSで二人の投稿を確認してみる。
 すると、それまでは日常的な投稿や謎解きイベント、体験型イベントファンとの交流などそれなりに頻繁に行っていたはずなのに、両者とも「AGARIに参加してきた」という投稿を最後に、更新が途絶えていた。

たぶん会社員 @maybe_kaishain
先程、「終焉選択ゲーム AGARI」に参加してきました
なるほど、こういう感じですか
これで上がるのも悪くないかもしれませんね

さといも@satoimo_cha
ついに参加できました。「終焉選択ゲーム AGARI」
2人で参加したんだけど、ぜんぜん違う終焉になって面白かった!
けっきょくのところ、みんな終焉を選びたかったんだね。
上がれなかった人っているのかな?

 これらが最後の投稿だ。といっても、1日や2日投稿がないだけなので、これだけでおかしいと言い切ることはできない。少し気になって確認してみると、タイケンガタドットコムへレビューを投稿したのは、SNSへ投稿をした少しあとのようだ。
 他にも、うちのレビューとの関連付けはできないが、SNSでAGARIに参加する、あるいは参加したという投稿をしてるアカウントは、いずれもそこから更新が途絶えている。失踪、あるいは行方不明。そんな言葉が頭をよぎる。まさか、偶然だ。そうにちがいない。
 いくら調べても、AGARIへ参加した人たちのその後の足取りを、ネット上で見つけることはできなかった。
 ――こちらを追うのは、一旦ここまでにしよう。
 次に、やっぱり気になるのは桂木望だ。あの企画書とAGARIの関係を知りたい。単純に、野苅が嘘をついているだけで、本当はあの企画書を参考にしたのかもしれない。それならそれでいい。一つ一つ事実を積み重ねていくしかない。
 野苅によると、桂木はD大学の火曜微酔部で謎解きイベントを作っていたという。「火曜微酔部」と検索してみるが、数年前に活動を停止しているようだ。公式SNSは残っているが、最終更新日は四年前だ。
 諦めずにもう少し調べてみると、SNSのプロフィールに「火曜微酔部」と記載していて、今もなおそのアカウントで活動をしている人が何人か見つかった。駄目で元々、その人達にメッセージを送ってみることにした。
「突然のメッセージ失礼いたします。タイケンガタドットコムというサイトでスタッフをしている尾崎といいます。かつて同じサイトで働いていた桂木望さんという方が、以前火曜微酔部に所属していたと聞き、桂木さんについてお話を伺えませんでしょうか。お返事お待ちしております」
 同じメッセージを彼らに送った。スパムメッセージと思われるかもしれないが、誰か1人だけに送るのもおかしいと思い、とりあえず一斉に送ってしまった。誰か1人くらい話を聞いてくれるといいのだが。
 夢中になってパソコンに向かっていると、突然頭が痛くなってきた。目と頭の使いすぎだろう。
 モニターから視線を離し、思いっきり伸びをする。いつの間にか14時過ぎになっている、2時間近く夢中で作業をしていたようだ。
 「あれ……?」
 見附がまだ帰ってきていない。12時に昼休みに出たのだから、13時には帰ってくるはずなのに。どうしたのだろう。疲れ目をこすりながら、社内のチャットツールで見附宛にメッセージを送る。
 「お疲れ様です、尾崎です。もう14時ですが、何か問題ありましたか?」
 それだけ送ると、再びデスクに体を預けて瞳を閉じる。瞼の裏の闇が、疲れた神経をじんわりと癒してくれる。うっかりすると、このまま眠ってしまいそうだ。見附も野苅もいないのだ、このまま少し昼寝したって、誰も何も言わない。
 そんな事を考えていると、ぴこんと通知音がなる。チャットツールでメッセージが届いた音だ。
 重たい瞳を無理やりこじり開け、画面を見る。

見附 14:22  
私もAGARIに参加することにしました。
野苅さんへも伝えておいてください。

「え……」
 パソコンの前で固まってしまい、今度こそどうしていいかわからなくなってしまった。