終焉選択ゲームAGARIの噂

 野苅は少し考えるような間をおいてから答える。
「えっと、確か正社員の仕事が見つかったからとか、そんな事を言っていたと思う。詳しいことはあんまり聞いてないんだけど」
 言いながら、野苅自身もあまり自信がなさそうだった。
「本当にそうなのか、今考えるとわからないかも」
 見附が不安げに口を挟む。
「連絡先とか、まだ知ってたりします?」
「うん。働いてたときの連絡先もまだ残ってるし、LINEもまだ繋がってるはず」
 野苅はスマホを取り出しながら、画面をスクロールする手が途中で止まる。
「やっぱりあった。最後に連絡したのは……退職した時――やっぱり2年前だね。どうする? 連絡してみる? でも、なんて送ればいいんだろう」
「久しぶりですけど元気ですか、とかでいいんじゃないですか」
 見附の提案に、野苅は困ったような顔を浮かべる。
「うーん、まあ一回それで送ってみようか」
「あの」
 二人の話を遮るように、声を上げると、二人が一斉にこちらを見る。
「……実は俺、昨日桂木さんと会った、かもしれないんですよね」
 なるべく軽い調子で言ったつもりだったが、自分の声が思ったより硬く響いた。
 一瞬、オフィスが静まり返る。
「それは、どういう意味?」
 先に口を開いたのは野苅だった。
「怒らないでいただきたいんですけど……」
 そう前置きをして、昨日桂木からサポート宛てに届いていたメールのこと、初兎珈琲店で桂木らしい男と会ったことを話した。お願いした通り、野苅は怒らずに黙って聞いていた。
 一通り話し終え、「と言う感じなんですけど……」と野苅の様子をうかがう。彼女は眉間に皴を寄せ、考えているのか怒っているのかわからない表情を浮かべている。
「どうして昨日言ってくれなかったの」
「それは、あの。……すみません」
 なにを言っても言い訳になりそうだし、何より自分でも自分の気持ちがすべて理解できているかと言うと、自信がない。
 俺の言葉に、野苅は大きくため息をつく。
「終わったことだから、言っても仕方ないからそれはもういいか。でも、尾崎くんの話を信じるなら、桂木くんと会ったのかどうかも微妙なところよね」
「え、尾崎さんは幽霊と会った……ってことですか!?」
 話を聞いていた時から少し震えていた見附が大きな声をあげる。
「いや、桂木くんは生きてるから。いや、生きてる、と思う……。辞めたときは生きてたし」
「ほらー!」
「生きてるよ! 何かあったらさすがに伝わってくるだろうし。何にせよ、桂木くんにLINEしてみるよ。……そうだ、問い合わせに来てたっていうメール見せて」
 怖がる見附を宥めながら、野苅は俺の後ろに立ちパソコン画面を覗き込む。言われるままに、昨日「対応不要」フォルダの中に入れたメールを探す。しかし、「対応不要」フォルダの中で日付順に並んでいるはずのメールが見つからない。
「……あれ、昨日のお昼過ぎに届いたはずなんですけど」
 桂木の問い合わせメールは消えてしまっていた。
「対応済の方にいれたとか?」
 他のフォルダの中も探してみた。記憶に残っているメール本文の文字列「初兎珈琲店」で問い合わせメール全体を検索してもみた。しかし、桂木から届いたメールは、どこにもなかった。
「……尾崎くんの見間違いだったんじゃない?」
「いえ、確かに見た……と思うんですけど」
 自分でも、だんだん自信がなくなってきていた。メールを見たことも、初兎珈琲店で男と話したことも、全部夢だったのではないか。そんな考えが頭をよぎる。しかし、あの桂木の恐ろしい、しかし目が離せない姿――夢だとは思えない。
「あの、やっぱり本当なんです。もしかすると、昨日勢いあまってメールを削除しちゃったのかもしれないです。嘘はついてないんです」
 必死に訴える俺に、野苅は哀れみの視線を向ける。
「わかったから。とにかく、桂木くんに連絡入れてみる。尾崎くんの話はともかく、あのアガリの企画書が存在しているのは事実だし」
「あの……尾崎くんが私たちを怖がらせようとしてやったとかじゃないよね? その企画書も――もしかしたら、SNSの告発も」
「見附さん!」
 野苅に窘められると、見附は軽く頭を下げるとわざとらしく大きな音を立ててキーボードを入力しだす。
「……とりあえず、尾崎くんも仕事をはじめてくれる? 対応が微妙なやつはおいておいてくれたらいいから」
 そう言うと、野苅はスマホを手にオフィスを出ていった。廊下か外か、とにかくオフィスの中では落ち着いてLINEもできないのだろう。
「はい……」
 会社を出ていく野苅の背中に声をかけ、自分のモニタに向き直る。開きっぱなしの問い合わせメールの中には、やっぱり昨日桂木から届いたはずのメールはない。
 俺は一旦考えることをやめ、眼の前の溜まっている業務を片付けていくことにした。

 相変わらず、AGARIへのレビューは投稿され続けている。
 そのすべてを対応保留し、AGARI以外の投稿レビューをチェックしていく。眼の前にある文字を黙々と読み、半ば無意識にレビューを承認し、時折却下していく。単純な作業を続けているうちに、朝の騒動のことが自分の頭の中心から離れていくのを感じる。
 このまま、何事もなく一日を終えられたら、それでいいような気がした。
 桂木にLINEをしに行っただけのはずの野苅は何分経っても帰ってこない。気がつけば、いつの間にか昼時になっていた。そのまま別の仕事で外出したのかもしれない。あの人はそういうことを良くする人だ。
「見附さん、お昼どうしますか? 樋渡さんも野苅さんもいないから、どちらかは会社に残っていないといけないので、時間ずらしましょうか?」
 黙々と作業をしていた見附に声をかけると、彼女はぱっと顔を上げた。
「もうお昼かあ。じゃあ、先にランチ行ってきてもいい? 早めに帰ってくるから」
「もちろん大丈夫ですよ。急がなくて大丈夫ですから」
 見附はカバンを肩にかけ「ありがとう、行ってきます」と慌ただしく会社を出ていった。
 もともと静かだったオフィスが、さらに静かに感じる。誰もいなくなったのをいいことに、思い切り「うう〜ん」と言いながら腕を組み、軽く体を伸ばす。体は少し軽くなるが、気持ちは軽くならない。自分しかいないし、しばらく音楽でもかけながら仕事をしようかとスマホに手を伸ばす。
 その時、パソコンの画面の隅にぽんっと通知が表示される。新しい問い合わせかレビューが届いた際に通知がポップアップするように設定しているのだ。普段は気にもとめない通知なのだが、そこに書かれていた文字列がちらりと目に入ってしまい、俺は固まってしまった。

新着レビューが届きました
イベント:終焉選択ゲーム AGARI
投稿者:樋渡智史

「え……」
 樋渡だ。同姓同名ではない、と思う。スタッフと同姓同名のユーザーがいたら、いくらなんでも話題になっているはずだ。タイケンガタドットコムの樋渡本人だろう。呆然としているうちにポップアップ通知は消えてしまう。慌てて姿勢を直し、審査待ちレビューの一覧ページを開く。
 そこには、やはり樋渡からのレビューが届いていた。
 見附が帰ってくるまで、中身を見ずに放置しておこうか。
 しかし、中身を見ないままで仕事に取り組める気は、まったくしない。
 樋渡はわざわざタイケンガタドットコムにレビューを投稿することで、俺達になにか伝えたいことがあるのではないだろうか。
 いくつもの言い訳を自分に言い聞かせて、恐る恐る樋渡から届いたレビューを開いた。


終焉選択ゲーム AGARI
★★★★★

私たちが見ていた終焉は偽物でした。
AGARIでは本当の終焉を選び取ることができました。
本当の終焉に出会わないまま終わることは不幸です。
このレビューを読んでいるあなたも、AGARIへ参加してください。
いっしょにあがりましょう。