終焉選択ゲームAGARIの噂

 一瞬、何を言われたのか理解できなかった。反応しようにも、何をどう言えばいいのか、全く思いつかなかった。
 男はそれだけ言うと口を閉じ、じっと黙って陰鬱な視線を下に向けていた。
 ほどなく、マスターがコーヒーを運んでくる。俺の前に置かれたアイスコーヒーのグラスの表面にはほんのり結露していて、店内のクーラーが効きすぎているせいかやけにひんやりしているように感じた。
「あの、あなたが桂木望さんで、合ってますか?」
 男は答えず、二杯目のコーヒーに無言で口をつけ、新しい煙草に火をつける。
「……終焉を選ぶって、AGARIのゲーム、のことですか?」
 そう言うと、男は大きく煙草の煙を吐き出し、ようやく視線を俺の方に向ける。こちらの気持ちを見透かしてくるような、そんな信用が出来ないような印象の視線だった。
「ゲーム、という言い方でいいと思う」
 それだけ言うと、男はまた黙ってしまう。
 いったい、なぜ俺――ではないか、タイケンガタドットコムの人間を呼び出したんだろう。話があるなら話せばいいのに。そう考えると、相手のペースに合わせるのも何だか変なように思えてきた。
「自己紹介が遅れました。俺は尾崎晶人。半年前からタイケンガタドットコムで働いています。桂木さん、あなたの作った企画書を見ました。『終焉をえらべ、アガリ』っていうやつです。あれは、俺たちが作った『終焉選択ゲーム AGARI』と関係があるんですか? なぜ、あんなメールを送ってきたんですか?」
 桂木はしばらく俺の顔を見ていた。こちらを見たまままだ半分ほどしか吸っていない煙草を口から外し、灰皿に押し付ける。
「野苅さんは、元気?」
「え? ああ、はい。元気すぎる程です。野苅さんを呼び出したかったんですか?」
 桂木はこちらを見たまま口を開きもしない。やはり俺の質問には答えてくれないつもりのようだ。いったい何のつもりなんだ。
 今からでも、野苅か樋渡に連絡して来てもらう方がいいのかもしれない。もう退勤してしまっているだろうが、事情が事情なので来てくれるかもしれない。ポケットに入れていたスマホに手を伸ばそうとしたとき、ようやく桂木が口を開いた。
「君たちはこれから、終焉を選ぶことになる。尾崎くんは直接関係ないことだけれど、もう終焉が訪れる未来を変えることは出来ないんだ。ごめんね」
 桂木の声は、やけに耳障りがいい。しかし、言っている内容は支離滅裂だ。
「だから、それはAGARIのゲームのことなんですよね?」
「ああ。そう思ってくれていい。AGARIはゲームだ」
 先ほどから桂木は、やけにゲームという言葉に引っかかっているようだ。
「桂木さんが考えていたアガリは、ゲームではないんですか?」
「今日君を呼び出したのはね、伝えておこうと思ったからなんだ」
 やはり俺の質問には答えず、桂木は一方的に自分が話したいことだけを話し続ける。
「何を、ですか?」
「タイケンガタドットコムが作った『終焉選択ゲーム AGARI』は偽りだと、告発する」
「え……」
 終焉選択ゲーム AGARIは、ARGのためにイベントページが存在する架空のイベントだ。つまり桂木は、AGARIはARGのための「仕込み」であると、ネタバラシをする、と言っているのだろう。業務妨害も甚だしい。
 余里すぐりのブログやそれ以降に展開させるサイトを消去したのもこの男なのだろうか。
 タイケンガタドットコムに何かしらの恨みのようなものがあって、AGARIの妨害をしようとしているのかもしれない。
「あの、今日のことは野苅さんにも伝えますし、AGARIの妨害をしていたのが本当に桂木さんなら、警察とかにも捕まっちゃうと思うんですけど……大丈夫ですか?」
 我ながら、なんと間抜けな物言いだろう。大丈夫なわけはない。なぜ桂木はわざわざタイケンガタドットコムの関係者を呼び出し、犯行予告のようなことをするのか、全く意味が分からなかった。
「心配してくれてありがとう。でも大丈夫なんだ。これは、終焉のはじまりだから。
 黙ってただ終焉を待つこともできた。でも、それも何だか寂しいんじゃないかと思いなおしたんだ。それで、タイケンガタドットコムの誰かに僕のことを知ってほしかった。僕に気付いてほしかった。これから起きる終焉のゲームマスターは僕だということを、誰か1人くらい知っておいて欲しかった」
 落ち着いて語る桂木の言葉が、じんわりと俺の頭の中に入り込んできた。
「タイケンガタドットコムで働いている時に、なにかあったんですか? だからこんなこと……」
 その時、マスターがすっかり減っていたグラスの水を注いでくれた。「あ、ありがとうございます」とマスターの顔を見上げて、それから視線を戻すと、いつの間にか桂木の姿は消えていた。
「え……」
 彼が飲んでいたはずのコーヒーも、吸い殻がいくつも入っていた灰皿も、桂木がいた痕跡は何ひとつ残っていなかった。

 その夜、正体不明のアカウントによるSNSへのこんな投稿が体験型イベントファンの間で拡散された。
 拡散されたと言ってもささやかなもので、炎上しているとまでは言えないものだった。

T.com関係者 @t_dotcom99
【告発】現在話題になっているタイケンガタドットコムに掲載されている「終焉選択ゲーム AGARI」のレビューは全て偽物です。
「終焉選択ゲーム AGARI」というイベントは実在しません。
タイケンガタドットコムの関係者により作成された架空のイベントです。

T.com関係者 @t_dotcom99
架空の書評を集めた著名なSF書籍のように、架空のイベントへの架空のレビューです。
これらは、タイケンガタドットコムのPRのために考えられた、いわゆるARG的な施策としてつくられたものです。

T.com関係者 @t_dotcom99
しかし、偽りだったはずの終焉選択ゲームは、今や架空のイベントではありません。

T.com関係者 @t_dotcom99
終焉選択ゲームは、すでにはじまっています。