画面に映っているのは、装飾も何もない、白い背景に文字だけが入力されている、シンプルなスライド。
――「終焉をえらべ、アガリ 企画書(草案)」。
どう考えても、「終焉選択ゲーム AGARI」と無関係ということはないだろう。
終焉選択ゲーム AGARI自体は、存在しない体験型イベントだ。このイベント自体の詳細はある程度しか決まっていない。「もし、このARGが話題になったら本当にAGARIを実施してもいいね」と、野苅が楽しそうに語っていたことが思い出される。
そういえば、「架空のイベントレビューから始まるARGをする」と言うのは野苅のアイディアだが、その「架空のイベント」であるAGARIの内容は、誰が決めたんだろう。俺が手伝う頃には、ほとんど詳細は決まっていたはずだ。全体の構成は野苅と見附の2人で作っていたような気がする。もしかして、この企画書がAGARIの元ネタなのだろうか。
この企画書は「退職者」のフォルダの中に存在していた。
AGARI関係の資料が入っているフォルダの中では、見たことがない。
いったい、この企画書を作ったのは誰なんだろう。ファイルのプロパティを確認してみると、このファイルの作成者は「桂木望」というらしい。体験型イベントの過去のスタッフについては、興味もなかったし、聞いたこともない。いつ頃働いていた人なんだろう。
「ん……?」
なんだか、何かがひっかかった。どこが気になるのだろう。プロパティに書かれている内容をよく見てみる。
終焉をえらべ、アガリ.pptx
ファイルの種類:Microsoft PowerPoint プレゼンテーション
プログラム:Microsoft PowerPoint
変更(C)...
場所:
C:\Users\share\タイケンガタドットコム\退職者\古いもの\使わない\旧体制\桂木望\確認不要\企画書
サイズ:32.8 KB (33,612 バイト)
ディスク上のサイズ:36.0 KB (36,864 バイト)
作成日時:2019年8月24日、18:42:16
更新日時:2023年6月30日、19:03:51
アクセス日時:2026年9月XX日、10:20:46
作成日がやけに古い。いまから7年も前だ。……そうか、作成日だ。タイケンガタドットコムが出来たのは、2020年だったはずだ。どうして退職者フォルダの中に、タイケンガタドットコムが出来る前の企画書が入っているのだろう。
作成者の「桂木望」という人について調べてみるか、と思い軽く退職者フォルダの中を探ってみるが、残っているのは引継ぎマニュアルの類のテキストデータしかない。念のためそれも開いてみるが、管理画面の使い方や取引先の情報など、本当に引継ぎデータしか残っていない。
アガリの企画書のことや、桂木と言う人物のパーソナルなことが分かればいいのだが、そうしたものは何もなさそうだ。
素直に樋渡か野苅に企画書のことか桂木のことを尋ねてみればいいのだが――モニターから顔を上げると、三人ともいつの間にか自分の作業を始めていた。誰も口を開かず、キーボードを叩く音だけが室内に響く。
普段から雑談が多い会社ではないが、それにしても三人とも話しかけづらいオーラを放っている。
この空気の中に「桂木さんって知ってます?」と割って入る勇気は、今の俺にはなかった。
仕方ない、いったんまじめに仕事をしよう。桂木については後で落ち着いたときに聞いてみよう。
ひとつ深呼吸をすると、タイケンガタドットコムの管理画面に視線を向けた。
普段は昼休みを取る時間になっても、会社の雰囲気はそのままだった。樋渡と野苅は黙ったままパソコンに向かっており、見附は12時になるや否や「お昼行ってきます」と宣言し会社を出ていった。見附の挨拶に「いってらっしゃーい」と返事をしたのは俺だけだった。
さすがに大人げないのではないだろうか。
しかし、下っ端の新人としてできることは多くない。とりあえず樋渡に「樋渡さん、お昼行かないんですか?」と声をかけてみるも、「キリがいいところまでやっちゃいたくて。尾崎くんは気にせずお昼に行ってきて」と軽くあしらわれてしまう。
そう言われて会社の中にいるのも気まずい。
「うっす……」
と曖昧な言葉を残し、オフィスを後にした。
いつもならコンビニか近所の安い弁当屋の弁当を買って会社で食べるのだが、今日の会社でおいしく食事ができるわけない。財布には痛いが、喫茶店にでも行って時間をつぶして、昼休みが終わるギリギリにオフィスに戻ろう。そう心に決め、タイケンガタドットコムの入っている雑居ビルを出た。
外に出ると、太陽の眩しい光に目を細めてしまう。もう九月だというのに、真夏のような晴天だ。
駅前まで行けば喫茶店くらいはいくつかあるだろう。そう思って歩き出したものの、昼休みの時間帯だからか、どこもそれなりに人が入っている。会社員の集団を避けるように路地へ入る。前から目を付けていた、少し歩いたところにある、何十年も前からやっていそうな古ぼけた喫茶店に入った。
店内は空いていた。この時代に店内で喫煙が出来るようで、タバコのにおいが染みついている。
窓際の席に座り、ハムサンドとアイスコーヒーを注文する。財布の中身を確認して、やっぱり弁当にすればよかったと思った。
先に運ばれてきたコーヒーを一口飲んでから、スマホを取り出す。
何となくSNSを開きかけて、やめた。昨日からずっとAGARIのことばかり考えているせいで、今さらSNSを見ても、また余計なことまで気にしてしまいそうだった。代わりにウェブブラウザを開いて、「桂木望」と検索する。
検索結果には、「桂木望」の情報がいくつも出てきた。大学の研究者の女性、高校の水泳部で優勝した男子高校生、どこかの会社の役員リストのなかのひとり、そんなページが並んでいる。すべて別人だ。――このなかの誰かが、あの企画書を作った桂木望本人なのだろうか?
何となく、どれも違うような気がした。
思い立って、「イベント」という検索ワードを追加してみる。
すると、いくつかのページがヒットした。桂木望の名前で謎解きイベントのスタッフをやっていたようで、過去の告知ページなどに名前が残っていた。タイケンガタドットコムで働いていたくらいだ、きっとこの人なのだろう。
桂木がスタッフをしていたイベントを見ていくと、2017年あるいは18年のイベントがほとんどで、それ以降の情報はネット上には残っていなさそうだった。
しかも、名前が掲載されているだけで、写真も何もない。SNSのアカウントもわからない。桂木望が女性か男性かすらわからなかった。
なんだか目が疲れてしまい、俺は一度スマホを伏せた。
ちょうどそのとき、店員が「お待たせしました」とハムサンドを運んできた。
「どうも」
と店員に返事をして、紙ナプキンを一枚取る。
とりあえず飯を食おう。
そもそも、桂木について調べる必要自体ない。午後は最低限やらなければいけない業務だけやって、のんびり過ごすのもいい。
ハムサンドはぺらぺらのうえ味も薄く、コンビニで買うサンドイッチの方がよかったな、と思った。
まずいハムサンドは、それでも十分俺の気分転換になった。会社を出たときよりも、かなり晴れ晴れした気持ちでオフィスに戻った。
このまま午後の業務をやり過ごそう、明日になればみんな冷静になっているだろう。なんて、心も軽くパソコンの前に座った。
心が軽くいられたのは、この瞬間までだった。
――「終焉をえらべ、アガリ 企画書(草案)」。
どう考えても、「終焉選択ゲーム AGARI」と無関係ということはないだろう。
終焉選択ゲーム AGARI自体は、存在しない体験型イベントだ。このイベント自体の詳細はある程度しか決まっていない。「もし、このARGが話題になったら本当にAGARIを実施してもいいね」と、野苅が楽しそうに語っていたことが思い出される。
そういえば、「架空のイベントレビューから始まるARGをする」と言うのは野苅のアイディアだが、その「架空のイベント」であるAGARIの内容は、誰が決めたんだろう。俺が手伝う頃には、ほとんど詳細は決まっていたはずだ。全体の構成は野苅と見附の2人で作っていたような気がする。もしかして、この企画書がAGARIの元ネタなのだろうか。
この企画書は「退職者」のフォルダの中に存在していた。
AGARI関係の資料が入っているフォルダの中では、見たことがない。
いったい、この企画書を作ったのは誰なんだろう。ファイルのプロパティを確認してみると、このファイルの作成者は「桂木望」というらしい。体験型イベントの過去のスタッフについては、興味もなかったし、聞いたこともない。いつ頃働いていた人なんだろう。
「ん……?」
なんだか、何かがひっかかった。どこが気になるのだろう。プロパティに書かれている内容をよく見てみる。
終焉をえらべ、アガリ.pptx
ファイルの種類:Microsoft PowerPoint プレゼンテーション
プログラム:Microsoft PowerPoint
変更(C)...
場所:
C:\Users\share\タイケンガタドットコム\退職者\古いもの\使わない\旧体制\桂木望\確認不要\企画書
サイズ:32.8 KB (33,612 バイト)
ディスク上のサイズ:36.0 KB (36,864 バイト)
作成日時:2019年8月24日、18:42:16
更新日時:2023年6月30日、19:03:51
アクセス日時:2026年9月XX日、10:20:46
作成日がやけに古い。いまから7年も前だ。……そうか、作成日だ。タイケンガタドットコムが出来たのは、2020年だったはずだ。どうして退職者フォルダの中に、タイケンガタドットコムが出来る前の企画書が入っているのだろう。
作成者の「桂木望」という人について調べてみるか、と思い軽く退職者フォルダの中を探ってみるが、残っているのは引継ぎマニュアルの類のテキストデータしかない。念のためそれも開いてみるが、管理画面の使い方や取引先の情報など、本当に引継ぎデータしか残っていない。
アガリの企画書のことや、桂木と言う人物のパーソナルなことが分かればいいのだが、そうしたものは何もなさそうだ。
素直に樋渡か野苅に企画書のことか桂木のことを尋ねてみればいいのだが――モニターから顔を上げると、三人ともいつの間にか自分の作業を始めていた。誰も口を開かず、キーボードを叩く音だけが室内に響く。
普段から雑談が多い会社ではないが、それにしても三人とも話しかけづらいオーラを放っている。
この空気の中に「桂木さんって知ってます?」と割って入る勇気は、今の俺にはなかった。
仕方ない、いったんまじめに仕事をしよう。桂木については後で落ち着いたときに聞いてみよう。
ひとつ深呼吸をすると、タイケンガタドットコムの管理画面に視線を向けた。
普段は昼休みを取る時間になっても、会社の雰囲気はそのままだった。樋渡と野苅は黙ったままパソコンに向かっており、見附は12時になるや否や「お昼行ってきます」と宣言し会社を出ていった。見附の挨拶に「いってらっしゃーい」と返事をしたのは俺だけだった。
さすがに大人げないのではないだろうか。
しかし、下っ端の新人としてできることは多くない。とりあえず樋渡に「樋渡さん、お昼行かないんですか?」と声をかけてみるも、「キリがいいところまでやっちゃいたくて。尾崎くんは気にせずお昼に行ってきて」と軽くあしらわれてしまう。
そう言われて会社の中にいるのも気まずい。
「うっす……」
と曖昧な言葉を残し、オフィスを後にした。
いつもならコンビニか近所の安い弁当屋の弁当を買って会社で食べるのだが、今日の会社でおいしく食事ができるわけない。財布には痛いが、喫茶店にでも行って時間をつぶして、昼休みが終わるギリギリにオフィスに戻ろう。そう心に決め、タイケンガタドットコムの入っている雑居ビルを出た。
外に出ると、太陽の眩しい光に目を細めてしまう。もう九月だというのに、真夏のような晴天だ。
駅前まで行けば喫茶店くらいはいくつかあるだろう。そう思って歩き出したものの、昼休みの時間帯だからか、どこもそれなりに人が入っている。会社員の集団を避けるように路地へ入る。前から目を付けていた、少し歩いたところにある、何十年も前からやっていそうな古ぼけた喫茶店に入った。
店内は空いていた。この時代に店内で喫煙が出来るようで、タバコのにおいが染みついている。
窓際の席に座り、ハムサンドとアイスコーヒーを注文する。財布の中身を確認して、やっぱり弁当にすればよかったと思った。
先に運ばれてきたコーヒーを一口飲んでから、スマホを取り出す。
何となくSNSを開きかけて、やめた。昨日からずっとAGARIのことばかり考えているせいで、今さらSNSを見ても、また余計なことまで気にしてしまいそうだった。代わりにウェブブラウザを開いて、「桂木望」と検索する。
検索結果には、「桂木望」の情報がいくつも出てきた。大学の研究者の女性、高校の水泳部で優勝した男子高校生、どこかの会社の役員リストのなかのひとり、そんなページが並んでいる。すべて別人だ。――このなかの誰かが、あの企画書を作った桂木望本人なのだろうか?
何となく、どれも違うような気がした。
思い立って、「イベント」という検索ワードを追加してみる。
すると、いくつかのページがヒットした。桂木望の名前で謎解きイベントのスタッフをやっていたようで、過去の告知ページなどに名前が残っていた。タイケンガタドットコムで働いていたくらいだ、きっとこの人なのだろう。
桂木がスタッフをしていたイベントを見ていくと、2017年あるいは18年のイベントがほとんどで、それ以降の情報はネット上には残っていなさそうだった。
しかも、名前が掲載されているだけで、写真も何もない。SNSのアカウントもわからない。桂木望が女性か男性かすらわからなかった。
なんだか目が疲れてしまい、俺は一度スマホを伏せた。
ちょうどそのとき、店員が「お待たせしました」とハムサンドを運んできた。
「どうも」
と店員に返事をして、紙ナプキンを一枚取る。
とりあえず飯を食おう。
そもそも、桂木について調べる必要自体ない。午後は最低限やらなければいけない業務だけやって、のんびり過ごすのもいい。
ハムサンドはぺらぺらのうえ味も薄く、コンビニで買うサンドイッチの方がよかったな、と思った。
まずいハムサンドは、それでも十分俺の気分転換になった。会社を出たときよりも、かなり晴れ晴れした気持ちでオフィスに戻った。
このまま午後の業務をやり過ごそう、明日になればみんな冷静になっているだろう。なんて、心も軽くパソコンの前に座った。
心が軽くいられたのは、この瞬間までだった。



