「ねぇさっさとバスケに戻って。千和。じゃないと、みんなが心配するよ? 千和は優しくていい子だから、気にかけてもらえていいよねぇ。私なんかぜーんぜん、相手にもされないのにさぁ」
「そんなことないでしょ、だって麻友だってみんなと……」
「はい。おしまい」
麻友は剥がし終わった絆創膏のカラをくしゃりと握りつぶすと、それをスカートのポケットに入れた。
いつも丁寧に形作られた麻友の顔から、スッと表情が消える。
「千和が戻らないと、練習になんないでしょ。なにやってんの」
「ごめん」
条件反射的に、謝るのが癖になっていた。
それで麻友の機嫌が治るわけでもないのに、そうせずにはいられない。
速攻で謝ったのに、彼女はますます機嫌を悪くする。
「謝ってほしいんじゃないの。分かる?」
「うん」
「本当に?」
「ごめんって」
「……。もう行こう」
「うん」
麻友は可愛い。
本当に可愛い。
彼女が大きく口角をあげにっこりと笑う仕草に、この世で勝てるものなんてない。
私は磁石のように麻友に引き寄せられ、促されるままに歩く。
彼女の隣に立つ時は、いつもにこにこ微笑んで、明るく元気に清く正しく振る舞っていなければならない。
じゃないと彼女に相応しくないから。
私がこの場所にいるためには、自分に与えられた役割を果たさなくてはならない。
私自身には、何の価値もないから。
私がいまここに受け入れられているのは、麻友や他の誰にとって、何かの役に立っているからだ。
「千和、大丈夫そ?」
体育館脇のコートまで戻ってくると、心配してくれたっぽい愛未が、私をのぞき込む。
だから私は、大丈夫なフリをする。
「うん! 全然平気だよー」
「保健室行かなくてよかったの?」
美琴が冷静にそうたしなめるから、どう答えれば美琴の気を悪くすることなく、波風たてないですむベストな返答なのかを慎重に探る。
「ちょっと転んだくらいだし。保健室って大げさかなって。部活中の怪我とかに比べたら。ね」
「でも、結構血が出てなかった?」
そういう玲奈は、私からなにを聞き出したいんだろう。
どういう反応を期待されているのか、分からない質問には、どう答えていいのかが分からない。
「ねー。もう止まったの?」
答えられない私の代わりに、愛未が私をのぞき込む。
こういう時は、ヘンに心配かけたり話を長引かせないように、重くならないように、早めに話題を切り替えるのが当たり。
「止まった止まった! 見て。麻友が貼ってくれた絆創膏、ずっごいかわいいの!」
決して悪口は言わない。
不平不満も口にしない。
明るく元気に前向きに、その場の空気を濁さないよう、誰かを褒めて自分を落とす。
「私、そもそも絆創膏なんて普段から持ってないよー。なのにこんな可愛い絆創膏がすぐに出てくる麻友って、女子力高くない? いいよねー。私なんてせいぜい、ポケットに入ってるのって、スマホかティッシュのゴミくらいだよー」
玲奈たち三人から、軽い笑いが漏れた。
だとしたら、私のこの選択は間違っていなかったということだ。
みんなが私を見て笑っていることに、ほっとする。
だけどこんな誤魔化しも、陽菜みたいなストレートに物を言うタイプの子にはきかない。
「ねぇー。練習はどうすんの? 今日結局、千和なんにもしてないよね」
顔は怒っていなくても、声で怒っている。
空気を読まないワケじゃない。
その場の正論を振りかざすタイプだ。
陽菜みたいな子は、最初に決まった事象から目的が逸れることを極端に嫌がる。
筋を通すか、通せないならそれなりの理由が必要な子だ。
「手、怪我しちゃったし。たいしたことはないけど、あんまり動かすのもよくないだろうから、私はいいよ。みんなで練習して?」
「だけど、選手は千和だよ? 千和がやんなきゃ意味ないし」
陽菜だけは語気が鋭い。
当然だ。
陽菜はバスケ部だから、いまこの場では教える立場にあって、陽菜のいうことは絶対だ。
「なんか見てたら、私よりみんなの方が上手だし。なんか上手くやれる自信なくて」
だとしたら、みんなに教えてもらう役をした方がいいのかな。
私はすぐさま、自分の脳内で対策を練り始める。
素直にありがとうって言って、あれこれ教えてもらうようにすれば、教える側の人たちは満足してくれる。
彼女たちからもらったアドバイスを、上手くやろうとしているという努力さえみせれば、ある程度は許してもらえる。
いまの流れならそれが一番いいと、私は判断した。
「……。あ、じゃあ、あんまり時間なくなっちゃったけど、シュートの仕方とか、教えてもらってもいいかな」
陽菜の顔色を下から目線でうかがう。
一瞬の躊躇を見せた陽菜が「分かった」と渋々でも同意する直前で、麻友の口が動いた。
「千和、バスケ得意じゃん」
麻友は完璧にバランスのとれた映画俳優のような仕草で、退屈そうに髪をかきあげた。
「一年の時、体育の授業で小島に褒められてたよね」
陽菜が大きく麻友を振り返った。
「あ! もしかして、クラス対抗でシュートの打ち合い競争した時の?」
「そうそう」
「あれ、覚えてるよ。その時優勝したのが誰だったかちゃんと覚えてなかったけど、千和だったんだ!」
陽菜は私を振り返ると、丸い眼を大きく見開いてまんべんなく私のつま先から頭の先までをチェックし始めた。
「あー。なんかそんな気してきたー。あれ、千和だったんだ」
「実は私もそうじゃないのかなって、思ってた」
注目されるのは、本当に気分が悪い。
落ち着かないし、意味もなく焦りを感じる。
玲奈まで余計なことを思い出した。
「私も覚えてるよ。最後のシュート対決したの、私だったもん。その時はクラス違ったから名前までは覚えてなかったけど、顔は覚えてた」
麻友は制服のブラウスを肘までめくり腕を組むと、得意気に私を下から見上げた。
「ね。千和って、ホントはすごいんだよ」
「そ、そんなことないから! あの時はたまたま偶然、本当に運がよかっただけで、一位になるとかそんな、なんてことは全然……」
「えー。なによぉ。あの時、すっごく楽しかったじゃない。めちゃめちゃ盛り上がってさ。その時撮った画像、私今でもお気に入りなんだー」
麻友がポケットからスマホを取り出そうとしている。
待って。
やめて。
本当にその話題だけは嫌だ。
忘れてほしい。
今は私のことなんかどうでもいい。
一年の冬、体育の授業中に、確かに得点をチームで競い合うゲームをやった。
新任の若い男性体育教師が最悪で、授業というより訓練所のような感じが続いた。
ひたすら基礎トレとランニングと体育館の冷たい床に座っての私語禁止の講義ばかりで、女子達からは不満の声が上がっていた。
一人の女の子がサボろうという提案をして、参加予定の女子半分が授業をボイコットしてしまった結果、二時間にわたって行われる授業に、すっぽり穴があいてしまった。
結局、ベテランの先生たちによって教室に残っていた生徒たちは呼び戻されたものの、まともに授業は再開されることなく、チームによる時間内でのシュート練習になってしまった。
ボールが入った数がカウントされ、結果が集計されることになったけど、そんな雰囲気の中、まともにシュートを打とうなんて生徒はなく、私はひたすらバカみたいにはしゃいで一人で盛り上がって、一人でシュートを打っていた。
苦しくて悲しくて辛くて、周囲から浴びせられる冷たい視線が怖くて、なんで私はこんなことしてるんだろうって、心の中ではずっと泣いていた。
「優勝たって、他にやってる人がいなかっただけだし……」
「先生に褒められたんだよね。望月さんは偉いですねって。私もそう思ったんだ」
麻友が笑っている。
あの時、写真なんか撮ったっけ?
授業が終わったあと?
その時麻友と一緒に写真を撮った記憶なんて、私にはない。
「千和って、根っからのいい子なんだよねー」
何気なく放たれた麻友の言葉に、全身の血が逆流する。
私のことを、話題にあげないでほしい。
私のことなんて、放っておいてほしい。
私に興味なんて、イチミリも持ったことないくせに、気になるフリなんてしないでほしい。
そうやっていい加減なことばかり言って、私を決めつけないでほしい!
「だからいっつも、先生とかみんなからも可愛がられて……」
「そんなことない! 絶対にそんなことないから!」
頭が熱を持ち、呼吸が荒くなる。
心臓は脈打ち、胸が苦しくて息ができない。
「私、別にいい子でいようとか、回りに気に入られようとして、そんなことしてるわけじゃないし! 他人に気を遣って、いつも行動してるわけじゃないし!」
「へーそうなんだー」
麻友は艶やかな黒髪に、軽く化粧をした赤い唇で私を見上げる。
「千和って、そういうのを狙ってやってるんじゃなくて、素で出来るんだー」
感情のこもらない、抑揚のないセリフを吐いて、麻友はいつもより何倍もカワイすぎる笑顔を浮かべた。
「すごいねぇ、千和って」
ガコンという朽ちたボードにボールが跳ねる音がして、芽依の投げたボールがネットすら張られていないバスケリングを通り抜け地面に落ちた。
「千和がいいんなら、それでいいんだよ」
皆に注目されている私を無視し、芽依はゴールしたボールを拾い、もう一度シュートを狙う。
「ねぇ、そんなことより、練習しない?」
助かった。
芽依はいつも、タイミングよく流れを変えてくれる。
それが芽依の素なのか、考えてのことなのかは分からないけど。
「うん。そうだよね。邪魔してゴメンね」
私はブラウスの袖をめくりながら、芽依に駆け寄った。
芽依のシュートしたボールは、今度はリングを外れ地面に跳ねる。
「千和。怪我は本当にいいの?」
「平気。こんなの、怪我のうちにはいんないでしょ」
陽菜がこぼれたボールを拾い、芽依に投げた。
受け取った芽依が叩きつけるドリブルが、リズムよく鼓膜に響く。
バスケ部員の陽菜がコーチ役となり、ようやくレギュラーメンバー+麻友の六人で練習が始まった。
「じゃ、いくよー」
芽依と私、愛未が同じチームで、玲奈と美琴、麻友がチームのスリーオンスリーだ。
芽依はそもそも運動神経がいいから、私が普通にプレイしても私が目立ったりしない。
芽依の方がはるかに上手いから、美人顔の芽依の隣にいるだけで、私は陰になることが出来る。
自分がヘタなことをしても芽依の側にいれば、目立たない。
「そんなことないでしょ、だって麻友だってみんなと……」
「はい。おしまい」
麻友は剥がし終わった絆創膏のカラをくしゃりと握りつぶすと、それをスカートのポケットに入れた。
いつも丁寧に形作られた麻友の顔から、スッと表情が消える。
「千和が戻らないと、練習になんないでしょ。なにやってんの」
「ごめん」
条件反射的に、謝るのが癖になっていた。
それで麻友の機嫌が治るわけでもないのに、そうせずにはいられない。
速攻で謝ったのに、彼女はますます機嫌を悪くする。
「謝ってほしいんじゃないの。分かる?」
「うん」
「本当に?」
「ごめんって」
「……。もう行こう」
「うん」
麻友は可愛い。
本当に可愛い。
彼女が大きく口角をあげにっこりと笑う仕草に、この世で勝てるものなんてない。
私は磁石のように麻友に引き寄せられ、促されるままに歩く。
彼女の隣に立つ時は、いつもにこにこ微笑んで、明るく元気に清く正しく振る舞っていなければならない。
じゃないと彼女に相応しくないから。
私がこの場所にいるためには、自分に与えられた役割を果たさなくてはならない。
私自身には、何の価値もないから。
私がいまここに受け入れられているのは、麻友や他の誰にとって、何かの役に立っているからだ。
「千和、大丈夫そ?」
体育館脇のコートまで戻ってくると、心配してくれたっぽい愛未が、私をのぞき込む。
だから私は、大丈夫なフリをする。
「うん! 全然平気だよー」
「保健室行かなくてよかったの?」
美琴が冷静にそうたしなめるから、どう答えれば美琴の気を悪くすることなく、波風たてないですむベストな返答なのかを慎重に探る。
「ちょっと転んだくらいだし。保健室って大げさかなって。部活中の怪我とかに比べたら。ね」
「でも、結構血が出てなかった?」
そういう玲奈は、私からなにを聞き出したいんだろう。
どういう反応を期待されているのか、分からない質問には、どう答えていいのかが分からない。
「ねー。もう止まったの?」
答えられない私の代わりに、愛未が私をのぞき込む。
こういう時は、ヘンに心配かけたり話を長引かせないように、重くならないように、早めに話題を切り替えるのが当たり。
「止まった止まった! 見て。麻友が貼ってくれた絆創膏、ずっごいかわいいの!」
決して悪口は言わない。
不平不満も口にしない。
明るく元気に前向きに、その場の空気を濁さないよう、誰かを褒めて自分を落とす。
「私、そもそも絆創膏なんて普段から持ってないよー。なのにこんな可愛い絆創膏がすぐに出てくる麻友って、女子力高くない? いいよねー。私なんてせいぜい、ポケットに入ってるのって、スマホかティッシュのゴミくらいだよー」
玲奈たち三人から、軽い笑いが漏れた。
だとしたら、私のこの選択は間違っていなかったということだ。
みんなが私を見て笑っていることに、ほっとする。
だけどこんな誤魔化しも、陽菜みたいなストレートに物を言うタイプの子にはきかない。
「ねぇー。練習はどうすんの? 今日結局、千和なんにもしてないよね」
顔は怒っていなくても、声で怒っている。
空気を読まないワケじゃない。
その場の正論を振りかざすタイプだ。
陽菜みたいな子は、最初に決まった事象から目的が逸れることを極端に嫌がる。
筋を通すか、通せないならそれなりの理由が必要な子だ。
「手、怪我しちゃったし。たいしたことはないけど、あんまり動かすのもよくないだろうから、私はいいよ。みんなで練習して?」
「だけど、選手は千和だよ? 千和がやんなきゃ意味ないし」
陽菜だけは語気が鋭い。
当然だ。
陽菜はバスケ部だから、いまこの場では教える立場にあって、陽菜のいうことは絶対だ。
「なんか見てたら、私よりみんなの方が上手だし。なんか上手くやれる自信なくて」
だとしたら、みんなに教えてもらう役をした方がいいのかな。
私はすぐさま、自分の脳内で対策を練り始める。
素直にありがとうって言って、あれこれ教えてもらうようにすれば、教える側の人たちは満足してくれる。
彼女たちからもらったアドバイスを、上手くやろうとしているという努力さえみせれば、ある程度は許してもらえる。
いまの流れならそれが一番いいと、私は判断した。
「……。あ、じゃあ、あんまり時間なくなっちゃったけど、シュートの仕方とか、教えてもらってもいいかな」
陽菜の顔色を下から目線でうかがう。
一瞬の躊躇を見せた陽菜が「分かった」と渋々でも同意する直前で、麻友の口が動いた。
「千和、バスケ得意じゃん」
麻友は完璧にバランスのとれた映画俳優のような仕草で、退屈そうに髪をかきあげた。
「一年の時、体育の授業で小島に褒められてたよね」
陽菜が大きく麻友を振り返った。
「あ! もしかして、クラス対抗でシュートの打ち合い競争した時の?」
「そうそう」
「あれ、覚えてるよ。その時優勝したのが誰だったかちゃんと覚えてなかったけど、千和だったんだ!」
陽菜は私を振り返ると、丸い眼を大きく見開いてまんべんなく私のつま先から頭の先までをチェックし始めた。
「あー。なんかそんな気してきたー。あれ、千和だったんだ」
「実は私もそうじゃないのかなって、思ってた」
注目されるのは、本当に気分が悪い。
落ち着かないし、意味もなく焦りを感じる。
玲奈まで余計なことを思い出した。
「私も覚えてるよ。最後のシュート対決したの、私だったもん。その時はクラス違ったから名前までは覚えてなかったけど、顔は覚えてた」
麻友は制服のブラウスを肘までめくり腕を組むと、得意気に私を下から見上げた。
「ね。千和って、ホントはすごいんだよ」
「そ、そんなことないから! あの時はたまたま偶然、本当に運がよかっただけで、一位になるとかそんな、なんてことは全然……」
「えー。なによぉ。あの時、すっごく楽しかったじゃない。めちゃめちゃ盛り上がってさ。その時撮った画像、私今でもお気に入りなんだー」
麻友がポケットからスマホを取り出そうとしている。
待って。
やめて。
本当にその話題だけは嫌だ。
忘れてほしい。
今は私のことなんかどうでもいい。
一年の冬、体育の授業中に、確かに得点をチームで競い合うゲームをやった。
新任の若い男性体育教師が最悪で、授業というより訓練所のような感じが続いた。
ひたすら基礎トレとランニングと体育館の冷たい床に座っての私語禁止の講義ばかりで、女子達からは不満の声が上がっていた。
一人の女の子がサボろうという提案をして、参加予定の女子半分が授業をボイコットしてしまった結果、二時間にわたって行われる授業に、すっぽり穴があいてしまった。
結局、ベテランの先生たちによって教室に残っていた生徒たちは呼び戻されたものの、まともに授業は再開されることなく、チームによる時間内でのシュート練習になってしまった。
ボールが入った数がカウントされ、結果が集計されることになったけど、そんな雰囲気の中、まともにシュートを打とうなんて生徒はなく、私はひたすらバカみたいにはしゃいで一人で盛り上がって、一人でシュートを打っていた。
苦しくて悲しくて辛くて、周囲から浴びせられる冷たい視線が怖くて、なんで私はこんなことしてるんだろうって、心の中ではずっと泣いていた。
「優勝たって、他にやってる人がいなかっただけだし……」
「先生に褒められたんだよね。望月さんは偉いですねって。私もそう思ったんだ」
麻友が笑っている。
あの時、写真なんか撮ったっけ?
授業が終わったあと?
その時麻友と一緒に写真を撮った記憶なんて、私にはない。
「千和って、根っからのいい子なんだよねー」
何気なく放たれた麻友の言葉に、全身の血が逆流する。
私のことを、話題にあげないでほしい。
私のことなんて、放っておいてほしい。
私に興味なんて、イチミリも持ったことないくせに、気になるフリなんてしないでほしい。
そうやっていい加減なことばかり言って、私を決めつけないでほしい!
「だからいっつも、先生とかみんなからも可愛がられて……」
「そんなことない! 絶対にそんなことないから!」
頭が熱を持ち、呼吸が荒くなる。
心臓は脈打ち、胸が苦しくて息ができない。
「私、別にいい子でいようとか、回りに気に入られようとして、そんなことしてるわけじゃないし! 他人に気を遣って、いつも行動してるわけじゃないし!」
「へーそうなんだー」
麻友は艶やかな黒髪に、軽く化粧をした赤い唇で私を見上げる。
「千和って、そういうのを狙ってやってるんじゃなくて、素で出来るんだー」
感情のこもらない、抑揚のないセリフを吐いて、麻友はいつもより何倍もカワイすぎる笑顔を浮かべた。
「すごいねぇ、千和って」
ガコンという朽ちたボードにボールが跳ねる音がして、芽依の投げたボールがネットすら張られていないバスケリングを通り抜け地面に落ちた。
「千和がいいんなら、それでいいんだよ」
皆に注目されている私を無視し、芽依はゴールしたボールを拾い、もう一度シュートを狙う。
「ねぇ、そんなことより、練習しない?」
助かった。
芽依はいつも、タイミングよく流れを変えてくれる。
それが芽依の素なのか、考えてのことなのかは分からないけど。
「うん。そうだよね。邪魔してゴメンね」
私はブラウスの袖をめくりながら、芽依に駆け寄った。
芽依のシュートしたボールは、今度はリングを外れ地面に跳ねる。
「千和。怪我は本当にいいの?」
「平気。こんなの、怪我のうちにはいんないでしょ」
陽菜がこぼれたボールを拾い、芽依に投げた。
受け取った芽依が叩きつけるドリブルが、リズムよく鼓膜に響く。
バスケ部員の陽菜がコーチ役となり、ようやくレギュラーメンバー+麻友の六人で練習が始まった。
「じゃ、いくよー」
芽依と私、愛未が同じチームで、玲奈と美琴、麻友がチームのスリーオンスリーだ。
芽依はそもそも運動神経がいいから、私が普通にプレイしても私が目立ったりしない。
芽依の方がはるかに上手いから、美人顔の芽依の隣にいるだけで、私は陰になることが出来る。
自分がヘタなことをしても芽依の側にいれば、目立たない。



