「え? 迷惑かけたなら、ちゃんと言って。謝るから」
「いいよ。気にしすぎ」
「でも、言ってもらわないと、分かんないよ」
芽依まで細い目をますます細め、私を無視した。
「ほら。他のみんなも戻って来たよ」
バスケ部の陽菜と、ドッチからバスケに移った玲奈たちは元々仲のいいグループだ。
だから玲奈たち三人がバスケに移動したんだと、今になって気がついた。
「ねぇ。私、なにかまた悪いことした?」
「あはは。やっぱ千和っておもしろーい」
麻友がそう言って、まだ残る水のボトルを鞄にしまう。
陽菜たち四人が戻ってくるのに合わせて、麻友と芽依の興味はもうそっちに変わっていた。
「ゴメンね、陽菜。ありがとー!」
麻友が申し訳なさそうな顔をして、今度は陽菜に抱きつく素振りをみせると、すっかり仲良くなったらしい陽菜は、麻友がするのと同じように麻友にハグを返した。
「こっちこそなんかゴメンね。ヘンなのに絡まれちゃって」
玲奈がそう言うと、美琴と愛未も揃って申し訳なさそうに表情に歪める。
「それ陽菜や玲奈たち悪くないしー」
「アイツらがウザかっただけだよねー」
女の子たちの、ちょっと意地悪な笑い声が青い空に響く。
空はそんな声も計算しつくされた複雑な思いすらも、果てしなく吸い取ってなかったことにしてくれるようだ。
「また一緒に練習しよ!」
麻友の提案に、すぐに陽菜や玲奈たちも声をそろえ賛同する。
「ね、今回は最悪だったしね」
「うん。今度は文句言われないように、ノート見てからにしよ」
「だね。もう明日の予約取っちゃう?」
「そうだね。私が行ってくるよ」
「あー。陽菜が行くなら、うちらも行くから」
「ホント? じゃあ一緒に行ってくれる?」
「うん。いいよ。そのノートがどこにあるか知っときたいし」
「ノート? ノートってなに?」
「何かそんなのがあったんだってー。練習用コート使う予約みたいなやつ」
最終的に陽菜とその仲良しグループである四人が、体育教官室にあるという屋外コートの貸出名簿に名前を書きに行くことになった。
「あ、ありがとう。ゴメンね。なんかそれもやってもらっちゃって」
そう言った私に、陽菜はチラリと視線を合わせただけだった。
「じゃ、また明日ー!」
「またねー」
これで終わりってことでいいの?
去りゆく彼女たちを呆然と見送る私には、その軽さや曖昧さにいつもついていけない。
屋外コートを離れ、芽依と麻友の三人で家路につく。
いつものように芽依の自転車を取りに自転車置き場までついていき、そのまま三人でだらだらと話ながら駅までの道を歩いた。
「今日、すっごい楽しかった。またバスケやりたい!」
あれほど乗り気でなかった麻友が、上機嫌で語り始めた。
「麻友、結構上手かったよね。昔やってたの?」
自転車を押す芽依の横に麻友がいて、私は真ん中を歩く麻友の隣を歩いている。
「まさか! 体育の授業くらいでしかやったことないよー」
「そのわりには上手かったって」
「実は私も自分でそれ思ったー!」
麻友と芽依が、バスケの話で盛り上がる。
「てかやっぱ、陽菜ヤバいね」
「うん。さすがプロって感じ」
「プロじゃないっしょ。バスケ部員でしょ」
「でも小学校からやってたら、プロみたいなもんじゃん。ねー、あのメンバーの中でさー、芽依が一番背が高いよね」
「あー。確かに?」
「芽依、案外冷静に回りみて立ち回るタイプじゃん? シュートもまぁまぁ正確だし。芽依が積極的にシュート打つようにすればいいんじゃない?」
「いや。それはマジでやめて。てか、だったら美琴の方がいいって。美琴のボール取りにくかった」
「あ、分かる! 動きが素早いし、ドリブルの位置が低いんだよね」
「愛未は当たりが強くて笑った。結構強気だし」
「そー! それが一番意外!」
二人は声を合わせて笑う。
結局ほとんど練習に参加出来なかった私は、聞いていることしか出来なかった。
「千和も、次はちゃんとやろうね」
ふいに、麻友が私を振り返る。
「千和が一番ちゃんとやらなきゃ。やるって言いだしたのは、千和なんだから」
「はは。だよねー。ゴメン」
「そうだよ。麻友と交代しようって時に、スマホ見てるのはなし」
「いや、麻友から送られてきたメッセ見てたから……」
「は? 私のせいってこと?」
麻友の声が裏返った。
しまった。
私は即座に取り乱す。
「ち、ちがっ。そういうことじゃなくて! 送られてきたの見てたら、そっちに夢中になっちゃって!」
春の午後は短い。
落ちてゆく夕陽の中、芽依は自転車にまたがった。
「じゃ、またねー」
「ばいばーい」
麻友が芽依に手を振って、芽依は長い髪をなびかせ走り出す。
芽依はこういうことにはいつも無関心というか、どこ吹く風だ。
ある意味緩衝材のような芽依がいなくなってしまうと、ここから乗り換えの駅まで、麻友と二人きりにされてしまう。
「なんかちょっと、まだ寒いよね」
ここから二人になるのはいつものことなのに、さっきまでの会話なんて、まるでこの世界に最初から存在していなかったかのようだ。
麻友は華麗に気まずくなりかけた会話をスルーすると、前を向いて歩き出す。
「だ、だね。ちょっと寒いよね」
すぐに会話は途切れた。
麻友は鼻歌交じりに歩いていて、私は何を話そうか、どんな話題を切り出せばこの状況を平穏に乗り切れるか、必死で考え始めている。
きっともうバスケの話は終わったってことだし、余計なことを言うとまた麻友の地雷を踏みそうだから、この話はしないでおこう。
だとしたら、他に彼女の喜びそうな無難な話題ってなにがあっただろう。
麻友の好きなアイドルに新しい動きはないし、コスメは麻友の方が詳しいから、私は常に聞き役だ。
ドラマは春の改編が入って、まだ一話目の放送が始まっていない。
麻友に勧められて見るようになった動画配信者は不定期更新だし、学校での話題って……。
麻友の学校指定のサブバックには、ネットで流行のキャラクターが二つぶら下がり、それは普通には手に入らない限定品だと、知る人が見れば分かるようなグッズだった。
一緒に結びつけられたリボンも、百均で買ったリボンとかゲーセンで取ったものとかではなく、通学バッグにつける専用のアクセサリー用品を、ネットで探して買ったものらしい。
彼女の持つスマホは先月出たばかりの最新機種で、スマホケースには海外有名ブランドのロゴマークがびっしり入っている。
「あ。私、定期切れてるから、買わないといけないんだったー」
帰宅ラッシュで混雑する駅前は、新学期の始まりとともに定期券を更新する人たちで長い列が出来ていた。
この駅を最寄り駅とする高校は他にもいくつかあって、新学期が始まり数日が経ったいまでも、数種類の制服が並んでいる。
「またね」
「う、うん」
一緒に並んで待ってもよかったのに。
麻友は人の気も知らずひらひらと簡単に手を振ると、最後尾に並んでスマホを取りだした。
彼女はもはや、スマホ以外に興味は無い。
一人にされた私は仕方なく構内のコンビニの前を通り過ぎ、パン屋さんだとか数ヶ月で入れ替わるスイーツ売り場の前を抜け、改札をくぐる。
人混みの中でこそ本当の孤独を感じるといった詩人がいるみたいだけど、私は人混みの中にいる方が安心する。
自分がこの中の雑踏の一部であるということに、孤独がうやむやになり薄まってゆくのを感じる。
私は同じ電車に乗り合わせた、この沢山の人たちのこと何も知らない。
私のことも知っている人も、誰もいない。
私は「望月千和」ではなく、何も知らない「誰か」になって、ただ立っているだけでいい。
すっかり日の落ちたホームに、ほぼ満員に近い電車が流れてきた。
運良くドア前を確保すると、明るい車内に反射する窓を眺める。
剛毛に近い固い髪質の黒髪が、肩先まで真っ直ぐに伸びている。
麻友の髪質みたいに柔らかくないから、アイロンで巻くことも出来ないし、芽依みたいにサラサラしていないから、綺麗でもない。
目や鼻は標準より丸くて潰れているし、口元も歪んでいる。
縦長な顔面のせいでヘンに間延びした疲れたような自分の顔を、私は好きじゃない。
「いいよ。気にしすぎ」
「でも、言ってもらわないと、分かんないよ」
芽依まで細い目をますます細め、私を無視した。
「ほら。他のみんなも戻って来たよ」
バスケ部の陽菜と、ドッチからバスケに移った玲奈たちは元々仲のいいグループだ。
だから玲奈たち三人がバスケに移動したんだと、今になって気がついた。
「ねぇ。私、なにかまた悪いことした?」
「あはは。やっぱ千和っておもしろーい」
麻友がそう言って、まだ残る水のボトルを鞄にしまう。
陽菜たち四人が戻ってくるのに合わせて、麻友と芽依の興味はもうそっちに変わっていた。
「ゴメンね、陽菜。ありがとー!」
麻友が申し訳なさそうな顔をして、今度は陽菜に抱きつく素振りをみせると、すっかり仲良くなったらしい陽菜は、麻友がするのと同じように麻友にハグを返した。
「こっちこそなんかゴメンね。ヘンなのに絡まれちゃって」
玲奈がそう言うと、美琴と愛未も揃って申し訳なさそうに表情に歪める。
「それ陽菜や玲奈たち悪くないしー」
「アイツらがウザかっただけだよねー」
女の子たちの、ちょっと意地悪な笑い声が青い空に響く。
空はそんな声も計算しつくされた複雑な思いすらも、果てしなく吸い取ってなかったことにしてくれるようだ。
「また一緒に練習しよ!」
麻友の提案に、すぐに陽菜や玲奈たちも声をそろえ賛同する。
「ね、今回は最悪だったしね」
「うん。今度は文句言われないように、ノート見てからにしよ」
「だね。もう明日の予約取っちゃう?」
「そうだね。私が行ってくるよ」
「あー。陽菜が行くなら、うちらも行くから」
「ホント? じゃあ一緒に行ってくれる?」
「うん。いいよ。そのノートがどこにあるか知っときたいし」
「ノート? ノートってなに?」
「何かそんなのがあったんだってー。練習用コート使う予約みたいなやつ」
最終的に陽菜とその仲良しグループである四人が、体育教官室にあるという屋外コートの貸出名簿に名前を書きに行くことになった。
「あ、ありがとう。ゴメンね。なんかそれもやってもらっちゃって」
そう言った私に、陽菜はチラリと視線を合わせただけだった。
「じゃ、また明日ー!」
「またねー」
これで終わりってことでいいの?
去りゆく彼女たちを呆然と見送る私には、その軽さや曖昧さにいつもついていけない。
屋外コートを離れ、芽依と麻友の三人で家路につく。
いつものように芽依の自転車を取りに自転車置き場までついていき、そのまま三人でだらだらと話ながら駅までの道を歩いた。
「今日、すっごい楽しかった。またバスケやりたい!」
あれほど乗り気でなかった麻友が、上機嫌で語り始めた。
「麻友、結構上手かったよね。昔やってたの?」
自転車を押す芽依の横に麻友がいて、私は真ん中を歩く麻友の隣を歩いている。
「まさか! 体育の授業くらいでしかやったことないよー」
「そのわりには上手かったって」
「実は私も自分でそれ思ったー!」
麻友と芽依が、バスケの話で盛り上がる。
「てかやっぱ、陽菜ヤバいね」
「うん。さすがプロって感じ」
「プロじゃないっしょ。バスケ部員でしょ」
「でも小学校からやってたら、プロみたいなもんじゃん。ねー、あのメンバーの中でさー、芽依が一番背が高いよね」
「あー。確かに?」
「芽依、案外冷静に回りみて立ち回るタイプじゃん? シュートもまぁまぁ正確だし。芽依が積極的にシュート打つようにすればいいんじゃない?」
「いや。それはマジでやめて。てか、だったら美琴の方がいいって。美琴のボール取りにくかった」
「あ、分かる! 動きが素早いし、ドリブルの位置が低いんだよね」
「愛未は当たりが強くて笑った。結構強気だし」
「そー! それが一番意外!」
二人は声を合わせて笑う。
結局ほとんど練習に参加出来なかった私は、聞いていることしか出来なかった。
「千和も、次はちゃんとやろうね」
ふいに、麻友が私を振り返る。
「千和が一番ちゃんとやらなきゃ。やるって言いだしたのは、千和なんだから」
「はは。だよねー。ゴメン」
「そうだよ。麻友と交代しようって時に、スマホ見てるのはなし」
「いや、麻友から送られてきたメッセ見てたから……」
「は? 私のせいってこと?」
麻友の声が裏返った。
しまった。
私は即座に取り乱す。
「ち、ちがっ。そういうことじゃなくて! 送られてきたの見てたら、そっちに夢中になっちゃって!」
春の午後は短い。
落ちてゆく夕陽の中、芽依は自転車にまたがった。
「じゃ、またねー」
「ばいばーい」
麻友が芽依に手を振って、芽依は長い髪をなびかせ走り出す。
芽依はこういうことにはいつも無関心というか、どこ吹く風だ。
ある意味緩衝材のような芽依がいなくなってしまうと、ここから乗り換えの駅まで、麻友と二人きりにされてしまう。
「なんかちょっと、まだ寒いよね」
ここから二人になるのはいつものことなのに、さっきまでの会話なんて、まるでこの世界に最初から存在していなかったかのようだ。
麻友は華麗に気まずくなりかけた会話をスルーすると、前を向いて歩き出す。
「だ、だね。ちょっと寒いよね」
すぐに会話は途切れた。
麻友は鼻歌交じりに歩いていて、私は何を話そうか、どんな話題を切り出せばこの状況を平穏に乗り切れるか、必死で考え始めている。
きっともうバスケの話は終わったってことだし、余計なことを言うとまた麻友の地雷を踏みそうだから、この話はしないでおこう。
だとしたら、他に彼女の喜びそうな無難な話題ってなにがあっただろう。
麻友の好きなアイドルに新しい動きはないし、コスメは麻友の方が詳しいから、私は常に聞き役だ。
ドラマは春の改編が入って、まだ一話目の放送が始まっていない。
麻友に勧められて見るようになった動画配信者は不定期更新だし、学校での話題って……。
麻友の学校指定のサブバックには、ネットで流行のキャラクターが二つぶら下がり、それは普通には手に入らない限定品だと、知る人が見れば分かるようなグッズだった。
一緒に結びつけられたリボンも、百均で買ったリボンとかゲーセンで取ったものとかではなく、通学バッグにつける専用のアクセサリー用品を、ネットで探して買ったものらしい。
彼女の持つスマホは先月出たばかりの最新機種で、スマホケースには海外有名ブランドのロゴマークがびっしり入っている。
「あ。私、定期切れてるから、買わないといけないんだったー」
帰宅ラッシュで混雑する駅前は、新学期の始まりとともに定期券を更新する人たちで長い列が出来ていた。
この駅を最寄り駅とする高校は他にもいくつかあって、新学期が始まり数日が経ったいまでも、数種類の制服が並んでいる。
「またね」
「う、うん」
一緒に並んで待ってもよかったのに。
麻友は人の気も知らずひらひらと簡単に手を振ると、最後尾に並んでスマホを取りだした。
彼女はもはや、スマホ以外に興味は無い。
一人にされた私は仕方なく構内のコンビニの前を通り過ぎ、パン屋さんだとか数ヶ月で入れ替わるスイーツ売り場の前を抜け、改札をくぐる。
人混みの中でこそ本当の孤独を感じるといった詩人がいるみたいだけど、私は人混みの中にいる方が安心する。
自分がこの中の雑踏の一部であるということに、孤独がうやむやになり薄まってゆくのを感じる。
私は同じ電車に乗り合わせた、この沢山の人たちのこと何も知らない。
私のことも知っている人も、誰もいない。
私は「望月千和」ではなく、何も知らない「誰か」になって、ただ立っているだけでいい。
すっかり日の落ちたホームに、ほぼ満員に近い電車が流れてきた。
運良くドア前を確保すると、明るい車内に反射する窓を眺める。
剛毛に近い固い髪質の黒髪が、肩先まで真っ直ぐに伸びている。
麻友の髪質みたいに柔らかくないから、アイロンで巻くことも出来ないし、芽依みたいにサラサラしていないから、綺麗でもない。
目や鼻は標準より丸くて潰れているし、口元も歪んでいる。
縦長な顔面のせいでヘンに間延びした疲れたような自分の顔を、私は好きじゃない。



