麻友は表情を殺したまま私が探していると知っているはずのゴミ箱を素通りし、持っていたモップをロッカーに片付けた。
やっぱりまだ彼女は怒っている。
しかもかなり激しく。
ゴミ箱のゴミ捨てって、誰が捨てに行く決まりになってたっけ。
麻友の機嫌をとるのと、ゴミを捨てに行くのって、どっちを優先すればいい?
ゴミ捨てなんて、気づいた人が捨てに行けばいいんだよね。
だから私が捨てに行こうとしてるんだ。
こんなことをしたって麻友の機嫌が治るわけでもないのに、これ以上嫌われまいと私は必死だ。
誰かがもう捨てに行っていたのか、ほぼ空っぽのゴミ箱にわずかなゴミを入れると、それを持ち立ち上がった。
掃除の時間が終わるまでに教室から収集場所まで行って戻ってこないと、終わりのホームルームが始まらない。
終わりのホームルームが始まらないということは、担任の機嫌が悪くなり、みんなの帰宅時間が遅くなる。
誰がまだ戻ってきていないのか、犯人捜しが始まり、みんなに迷惑がかかる。
だから私は、急いで行って戻ってこなくてはならない。
小走りでゴミ収集所に向かう廊下で、担任の小島先生とすれ違った。
「あ、望月。さっきはありがとね。いつも望月が色々気を利かせて立ち回ってくれるから、助かってるのよ。バスケの女子、さっさと決まってよかったぁー」
「いえ、私は、そんなつもりは……」
だって、そうしないといけないじゃない。
誰かがやらないといけないのなら、誰かがやるしかない。
だとしたら、その誰かが現れるのを待っているより、私が手を挙げた方が一番早くて簡単だ。
「これからゴミ捨て?」
先生は私の抱えたゴミ箱の中をのぞき込んだ。
「フッ。ほとんど空っぽじゃない。それでも捨てに行かないと気が済まないなんて、あんたみたいな性格も大変だね」
「急いで行ってきます」
「はいはい。気をつけてー。廊下は走るなよ」
先生が笑っている。
要領の悪い奴だって。
私だって、ゴミ捨てに行く必要なんてなかったと思ってる。
だけど捨てに行かなくてはならないから、捨てに行っている。
階段を早足で駆け下り、時間ギリギリで用務員のおじさんにゴミ箱を渡せた。
用務員のおじさんにまで、空っぽのゴミ箱を見て一瞬驚いたような顔をされたけど、それでも中身を収拾ボックスの中に投げ入れ、本当に空っぽになったゴミ箱だけを返してくれた。
「ありがとうございました」
そうやってお礼を言っても、返事は返ってこない。
次々と駆け込みでやってくるパンパンのゴミ箱の面倒をみることの方に、忙しいみたいだ。
校舎にかかる時計を確認する。
まだ時間に余裕があると知って、走っていた足を緩めた。
渡り廊下から見上げる空はどこまでも果てしない青で、この空みたいになれたらどれだけいいだろうと思う。
空の青さに、私は心を救われる。
いつかこんな空みたいな人になれたらいいのにと、叶わない夢を見る。
春も終わりの生温かい風が私の頬をぬるりと舐め、教室に戻る足を速めた。
教室に戻ると、麻友と芽依がドッチボールから真っ先にバスケに移動した久保さんたちと話していた。
盛り上がっているような雰囲気に、嫌な予感がしかしない。
機嫌を直したらしい麻友が、楽しそうに笑いながら芽依の袖を掴んでいる。
芽依は元々誰とでもフラットに話すタイプだから、久保さんたちとも自然に話していた。
「あ。お帰り、千和~!」
さっきまで怒っていた麻友が、にこにこと私に手を振った。
「ゴミ捨て、お疲れさま!」
「ううん。ありがとう」
何が「ありがとう」なんだろう。
自分で自分のセリフに突っ込みを入れながら、私は丁寧に笑顔を作り、彼女たちに手を振る。
隠れることが出来るなら、隠れたい。
私は出来るだけ身を小さくして、教室の後ろにゴミ箱を戻した。
「ねぇ、千和。こっち来て! みんなでバスケの練習しないかって、話をしてたのー」
麻友の声に、叱られたかのようにビクリと肩が震える。
私はこわごわと顔を上げた。
「え、なになに?」
「千和、球技大会楽しみにしてたじゃない? 気合い入ってるって。だからさぁー……」
掃除時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。
私はそれに、悪魔から解放されたかのようにほっと胸をなで下ろす。
教卓横にある机に座っていた先生がそこから移動し、黒板前の教卓に陣取ったことで、会話は強制終了された。
「ほら、さっさと席につきなさい」
「あーぁ、もっと話したかったのに。小島、マジムカつく。また後でねー」
麻友の作る笑顔が眩しすぎて、私にはとても見ていられない。
彼女の手が親しげに私の腕に触れ、辛うじて「そうだね。残念」という答えを絞り出し微笑んでみせる。
無理矢理にでも着席させられたことで、私は当面の困難から解放された。
それは、単なる時間延ばしにしかなっていないけど。
先生が明日の予定や申し送り事項を話し始めても、クラスの半分が聞いているのかどうか怪しいところだ。
私は忘れ物や授業の変更、移動教室を間違えるのが怖くて、ぼんやりと窓の外を眺めているフリをしながら、真剣に聞き耳を立てている。
時間割りに変更はないからとりあえず大丈夫。
三本あるシャーペンの芯は、まだどれも残っている。
消しゴムだって新しいのをこないだ買って家にある。
カラーペンの青が少なくなっているから、そろそろ買いに行かなくちゃ。
そういえば、芽依がヘアゴムをなくしたって言ってたっけ。
どこでなくしたんだろう。
探してあげた方がいいのかな。
困ってないといいんだけど……。
自分の持ち物は忘れていないか。
服装に乱れはないか、汚れやすり切れているところがないか。
制服から使っている鞄、ハンカチ、ノートや筆箱、スマホのケースとキーホルダーまで全てを確認する。
前髪にも触れて、ちゃんとなっていることを確かめた。
大丈夫。
私に変なところはない。
だから私は、間違ってない。
ちゃんとみんなと同じ、普通になれてる。
どこも飛び抜けていないし、目立ってもない。
「じゃ、今日はこれで終わります。解散」
担任の小島がホームルームの終わりを告げた。
縛りが解かれた瞬間、雪崩のようにドッと騒がしく崩れるクラスの中を、私はまだ麻友に謝りたくて、重い足取りで彼女の席に駆け寄った。
「さっきはゴメンね」
「なにが?」
麻友は私の気持ちに気づいていないかのように、知らないフリして教科書を机の上で調える。
「なにがって、さっきの球技大会のこと」
「なんで千和が謝るの? 謝るようなことした?」
そうやって詰められると、返答に困る。
したから、怒ってるんじゃない。
「麻友の気を悪くしたかなって」
「いいよー。別に気にしてないからー」
麻友はまだ怒っている。
その証拠に、顔は無表情のままだし態度も冷たい。
「だからぁ、そんな気にすることないって」
心配する私に、麻友は目を細め口元を引き上げ、ニヤリとした大きすぎる笑顔を浮かべる。
「さっきね、千和がいない間、玲奈ちゃんたちが一緒にバスケの練習しないかって誘ってきてくれたのー」
「玲奈ちゃんって、久保さんたちのこと?」
「そ。せっかくやるからには、やっぱり勝ちたいよねーって」
「あ、うん。そうだよね。私もそう思う」
「やっぱり? 千和ならそう言うと思ったぁー。だからぁ、今日の放課後、みんなで集まって練習しようって。私も行っていい?」
麻友の分かりやすい作り笑いは、私を不安にもさせるけど、安心も与えてくれる。
私に対し愛想笑いしてくれるだけの価値は、まだ麻友の中にあるんだって。
「もちろん! 一緒にやろ!」
「やったぁ~!」
麻友は大げさすぎる仕草で私に抱きついた。
彼女の腕が私を遠慮がちに抱きしめるのに合わせ、私も彼女の背に腕を添える。
よかった。
まだ嫌われてはないみたい。
「話ついた?」
芽依は毎回持ち帰りしている教科書のせいでパンパンになっている鞄を軽々と肩にかけると、私と麻友を見下ろした。
「行こ。もうみんな先に行ってるよ」
教室を出て、西校舎の隣にある体育館脇へ移動する。
バスケ部の外練習用に設置された屋外ゴール下に、女子バスケチームのメンバーが集まっていた。
うちのクラスで唯一のバスケ部員である菅野さんが、練習に付き合ってくれるらしい。
彼女は運動部だから大会に出られないけど、クラスのみんなと同じ気持ちを共有したいんだって。
いつもポニーテールにしている尻尾の毛先が軽やかに跳ね、規則正しいドリブルを刻んではシュートを決めている。
明るく活発な彼女とは、今年からクラスが一緒になったから、まだあまり話したことはない。
元気も勢いもよくて、思ったことを何でも突発的に口にする、言葉通りのことしか考えていないように見える人だった。
彼女は無糖の強炭酸水みたいに弾ける強烈な笑顔で、私を振り返る。
「あ、望月さんも来た? 私も千和って呼んでいい?」
「うん。じゃあ私も陽菜ちゃんで」
「いいよー。じゃあもうこっからは、全員名前呼びでいこう」
大事なことを、最初にパッと決めてくれるのは、私としてはとてもありがたい。
名前で呼んでいいのか、苗字読みがいいのか。
一番センシティブな問題を最初にクリア出来た。
ほぼ初めてといっていい顔合わせだっただけに、少し緊張が緩まる。
「早速二チームに分かれて、スリーオンする?」
集まっていたのは、クラスの女子でバスケ組に入れられた五人と、出場資格のないバスケ部員の陽菜、ドッチにしか参加していない麻友の七人だ。
「あ、私。バスケはやらないから見学で」
麻友が真っ先に手を挙げる。
そんなのは絶対ダメ!
じゃあ何で麻友ついて来たの?
ここで彼女を一人にしたら、ますます機嫌悪くなるし、のけ者にしたみたいになるじゃない!
「麻友もやろ! 私、バスケ苦手だから、私が最初に見学するよ。スリーオンスリーって、やったことないし」
「えー。千和が最初にバスケに立候補したんでしょ? 千和がやらなくてどうすんの?」
麻友はご機嫌を装って、ゴール下に集められていたみんなの鞄の隣を陣取った。
「私、マネージャーする! 憧れてたんだ。運動部のマネージャー」
「あはは。マネージャーって、何してくれんの?」
ポニーテールの陽菜は、そんな麻友を見て豪快に笑った。
「なんかそれっぽいことするから、任せて!」
麻友は平気な顔してそんなことを言っているけど、私が勝手にバスケに立候補して麻友に不快な思いをさせたのに、練習にまで付き合わせて、しかも見てるだけにするなんて、そんなことさせられない。
とゆーか、許されない。
これをこのまま見過ごせば、私は嫌われる。
もう仲間ではいられない。
とりあえず陽菜の指示でチーム分けと試合形式の練習が始まったけど、私は麻友と交代するタイミングをずっと見計らっている。
始まってから十五分、攻守が四回入れ替わり、五回目の交代のタイミングで、私はそこを抜け出した。
やっぱりまだ彼女は怒っている。
しかもかなり激しく。
ゴミ箱のゴミ捨てって、誰が捨てに行く決まりになってたっけ。
麻友の機嫌をとるのと、ゴミを捨てに行くのって、どっちを優先すればいい?
ゴミ捨てなんて、気づいた人が捨てに行けばいいんだよね。
だから私が捨てに行こうとしてるんだ。
こんなことをしたって麻友の機嫌が治るわけでもないのに、これ以上嫌われまいと私は必死だ。
誰かがもう捨てに行っていたのか、ほぼ空っぽのゴミ箱にわずかなゴミを入れると、それを持ち立ち上がった。
掃除の時間が終わるまでに教室から収集場所まで行って戻ってこないと、終わりのホームルームが始まらない。
終わりのホームルームが始まらないということは、担任の機嫌が悪くなり、みんなの帰宅時間が遅くなる。
誰がまだ戻ってきていないのか、犯人捜しが始まり、みんなに迷惑がかかる。
だから私は、急いで行って戻ってこなくてはならない。
小走りでゴミ収集所に向かう廊下で、担任の小島先生とすれ違った。
「あ、望月。さっきはありがとね。いつも望月が色々気を利かせて立ち回ってくれるから、助かってるのよ。バスケの女子、さっさと決まってよかったぁー」
「いえ、私は、そんなつもりは……」
だって、そうしないといけないじゃない。
誰かがやらないといけないのなら、誰かがやるしかない。
だとしたら、その誰かが現れるのを待っているより、私が手を挙げた方が一番早くて簡単だ。
「これからゴミ捨て?」
先生は私の抱えたゴミ箱の中をのぞき込んだ。
「フッ。ほとんど空っぽじゃない。それでも捨てに行かないと気が済まないなんて、あんたみたいな性格も大変だね」
「急いで行ってきます」
「はいはい。気をつけてー。廊下は走るなよ」
先生が笑っている。
要領の悪い奴だって。
私だって、ゴミ捨てに行く必要なんてなかったと思ってる。
だけど捨てに行かなくてはならないから、捨てに行っている。
階段を早足で駆け下り、時間ギリギリで用務員のおじさんにゴミ箱を渡せた。
用務員のおじさんにまで、空っぽのゴミ箱を見て一瞬驚いたような顔をされたけど、それでも中身を収拾ボックスの中に投げ入れ、本当に空っぽになったゴミ箱だけを返してくれた。
「ありがとうございました」
そうやってお礼を言っても、返事は返ってこない。
次々と駆け込みでやってくるパンパンのゴミ箱の面倒をみることの方に、忙しいみたいだ。
校舎にかかる時計を確認する。
まだ時間に余裕があると知って、走っていた足を緩めた。
渡り廊下から見上げる空はどこまでも果てしない青で、この空みたいになれたらどれだけいいだろうと思う。
空の青さに、私は心を救われる。
いつかこんな空みたいな人になれたらいいのにと、叶わない夢を見る。
春も終わりの生温かい風が私の頬をぬるりと舐め、教室に戻る足を速めた。
教室に戻ると、麻友と芽依がドッチボールから真っ先にバスケに移動した久保さんたちと話していた。
盛り上がっているような雰囲気に、嫌な予感がしかしない。
機嫌を直したらしい麻友が、楽しそうに笑いながら芽依の袖を掴んでいる。
芽依は元々誰とでもフラットに話すタイプだから、久保さんたちとも自然に話していた。
「あ。お帰り、千和~!」
さっきまで怒っていた麻友が、にこにこと私に手を振った。
「ゴミ捨て、お疲れさま!」
「ううん。ありがとう」
何が「ありがとう」なんだろう。
自分で自分のセリフに突っ込みを入れながら、私は丁寧に笑顔を作り、彼女たちに手を振る。
隠れることが出来るなら、隠れたい。
私は出来るだけ身を小さくして、教室の後ろにゴミ箱を戻した。
「ねぇ、千和。こっち来て! みんなでバスケの練習しないかって、話をしてたのー」
麻友の声に、叱られたかのようにビクリと肩が震える。
私はこわごわと顔を上げた。
「え、なになに?」
「千和、球技大会楽しみにしてたじゃない? 気合い入ってるって。だからさぁー……」
掃除時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。
私はそれに、悪魔から解放されたかのようにほっと胸をなで下ろす。
教卓横にある机に座っていた先生がそこから移動し、黒板前の教卓に陣取ったことで、会話は強制終了された。
「ほら、さっさと席につきなさい」
「あーぁ、もっと話したかったのに。小島、マジムカつく。また後でねー」
麻友の作る笑顔が眩しすぎて、私にはとても見ていられない。
彼女の手が親しげに私の腕に触れ、辛うじて「そうだね。残念」という答えを絞り出し微笑んでみせる。
無理矢理にでも着席させられたことで、私は当面の困難から解放された。
それは、単なる時間延ばしにしかなっていないけど。
先生が明日の予定や申し送り事項を話し始めても、クラスの半分が聞いているのかどうか怪しいところだ。
私は忘れ物や授業の変更、移動教室を間違えるのが怖くて、ぼんやりと窓の外を眺めているフリをしながら、真剣に聞き耳を立てている。
時間割りに変更はないからとりあえず大丈夫。
三本あるシャーペンの芯は、まだどれも残っている。
消しゴムだって新しいのをこないだ買って家にある。
カラーペンの青が少なくなっているから、そろそろ買いに行かなくちゃ。
そういえば、芽依がヘアゴムをなくしたって言ってたっけ。
どこでなくしたんだろう。
探してあげた方がいいのかな。
困ってないといいんだけど……。
自分の持ち物は忘れていないか。
服装に乱れはないか、汚れやすり切れているところがないか。
制服から使っている鞄、ハンカチ、ノートや筆箱、スマホのケースとキーホルダーまで全てを確認する。
前髪にも触れて、ちゃんとなっていることを確かめた。
大丈夫。
私に変なところはない。
だから私は、間違ってない。
ちゃんとみんなと同じ、普通になれてる。
どこも飛び抜けていないし、目立ってもない。
「じゃ、今日はこれで終わります。解散」
担任の小島がホームルームの終わりを告げた。
縛りが解かれた瞬間、雪崩のようにドッと騒がしく崩れるクラスの中を、私はまだ麻友に謝りたくて、重い足取りで彼女の席に駆け寄った。
「さっきはゴメンね」
「なにが?」
麻友は私の気持ちに気づいていないかのように、知らないフリして教科書を机の上で調える。
「なにがって、さっきの球技大会のこと」
「なんで千和が謝るの? 謝るようなことした?」
そうやって詰められると、返答に困る。
したから、怒ってるんじゃない。
「麻友の気を悪くしたかなって」
「いいよー。別に気にしてないからー」
麻友はまだ怒っている。
その証拠に、顔は無表情のままだし態度も冷たい。
「だからぁ、そんな気にすることないって」
心配する私に、麻友は目を細め口元を引き上げ、ニヤリとした大きすぎる笑顔を浮かべる。
「さっきね、千和がいない間、玲奈ちゃんたちが一緒にバスケの練習しないかって誘ってきてくれたのー」
「玲奈ちゃんって、久保さんたちのこと?」
「そ。せっかくやるからには、やっぱり勝ちたいよねーって」
「あ、うん。そうだよね。私もそう思う」
「やっぱり? 千和ならそう言うと思ったぁー。だからぁ、今日の放課後、みんなで集まって練習しようって。私も行っていい?」
麻友の分かりやすい作り笑いは、私を不安にもさせるけど、安心も与えてくれる。
私に対し愛想笑いしてくれるだけの価値は、まだ麻友の中にあるんだって。
「もちろん! 一緒にやろ!」
「やったぁ~!」
麻友は大げさすぎる仕草で私に抱きついた。
彼女の腕が私を遠慮がちに抱きしめるのに合わせ、私も彼女の背に腕を添える。
よかった。
まだ嫌われてはないみたい。
「話ついた?」
芽依は毎回持ち帰りしている教科書のせいでパンパンになっている鞄を軽々と肩にかけると、私と麻友を見下ろした。
「行こ。もうみんな先に行ってるよ」
教室を出て、西校舎の隣にある体育館脇へ移動する。
バスケ部の外練習用に設置された屋外ゴール下に、女子バスケチームのメンバーが集まっていた。
うちのクラスで唯一のバスケ部員である菅野さんが、練習に付き合ってくれるらしい。
彼女は運動部だから大会に出られないけど、クラスのみんなと同じ気持ちを共有したいんだって。
いつもポニーテールにしている尻尾の毛先が軽やかに跳ね、規則正しいドリブルを刻んではシュートを決めている。
明るく活発な彼女とは、今年からクラスが一緒になったから、まだあまり話したことはない。
元気も勢いもよくて、思ったことを何でも突発的に口にする、言葉通りのことしか考えていないように見える人だった。
彼女は無糖の強炭酸水みたいに弾ける強烈な笑顔で、私を振り返る。
「あ、望月さんも来た? 私も千和って呼んでいい?」
「うん。じゃあ私も陽菜ちゃんで」
「いいよー。じゃあもうこっからは、全員名前呼びでいこう」
大事なことを、最初にパッと決めてくれるのは、私としてはとてもありがたい。
名前で呼んでいいのか、苗字読みがいいのか。
一番センシティブな問題を最初にクリア出来た。
ほぼ初めてといっていい顔合わせだっただけに、少し緊張が緩まる。
「早速二チームに分かれて、スリーオンする?」
集まっていたのは、クラスの女子でバスケ組に入れられた五人と、出場資格のないバスケ部員の陽菜、ドッチにしか参加していない麻友の七人だ。
「あ、私。バスケはやらないから見学で」
麻友が真っ先に手を挙げる。
そんなのは絶対ダメ!
じゃあ何で麻友ついて来たの?
ここで彼女を一人にしたら、ますます機嫌悪くなるし、のけ者にしたみたいになるじゃない!
「麻友もやろ! 私、バスケ苦手だから、私が最初に見学するよ。スリーオンスリーって、やったことないし」
「えー。千和が最初にバスケに立候補したんでしょ? 千和がやらなくてどうすんの?」
麻友はご機嫌を装って、ゴール下に集められていたみんなの鞄の隣を陣取った。
「私、マネージャーする! 憧れてたんだ。運動部のマネージャー」
「あはは。マネージャーって、何してくれんの?」
ポニーテールの陽菜は、そんな麻友を見て豪快に笑った。
「なんかそれっぽいことするから、任せて!」
麻友は平気な顔してそんなことを言っているけど、私が勝手にバスケに立候補して麻友に不快な思いをさせたのに、練習にまで付き合わせて、しかも見てるだけにするなんて、そんなことさせられない。
とゆーか、許されない。
これをこのまま見過ごせば、私は嫌われる。
もう仲間ではいられない。
とりあえず陽菜の指示でチーム分けと試合形式の練習が始まったけど、私は麻友と交代するタイミングをずっと見計らっている。
始まってから十五分、攻守が四回入れ替わり、五回目の交代のタイミングで、私はそこを抜け出した。



