空の声が聞こえたら

それからすぐに、一学期の期末テストがやってきて、私たちは勉強漬けの日々に入った。
テスト週間が終わると、夏休みだ。

「ねぇ、本当にお邪魔してよかったの?」

照りつける太陽の下、目の前には木々の合間にキラキラと光る海と、青い空が広がっている。
私は村松くんと二人で、森というより、藪のような木々に沿って出来た小道を歩いていた。

「だからそれはこっちのセリフだって、何回も言っただろ」
「私はいいの! だけど、他のみんなは迷惑じゃないかって……」
「今さらなんだよ」
「だって、なんか申し訳なくて……。こんな感じのところにあるんだね……」
「都会の、ちゃんと整備されたようなとこじゃなくて、昔からあるうちの裏山だから」

日陰になっているはずなのに、少し歩いただけで汗が噴き出てくる。
ジャングル……という表現は相応しくないかもだけど、好き勝手に伸びる下草と頭上に広がる木々の葉が、これほど暴力的だと思わなかった。
今年の夏も暑い。

「こっち」

村松くんは慣れた足取りで、草の隙間に茶色い筋となっている坂道を上ってゆく。
なだらかに曲がったカーブを抜けると、急に開けた場所に出た。

「わ……」

見晴らしのいいところだ。
山の中腹にあるこの場所からは、どこまでも広がる瀬戸内海の海と、大小の島々が点々と浮かぶ景色が見える。
麓には島の形に沿って家々が連なり、私たちの登ってきた港と砂浜も見えた。

「きれいだね」
「ここからなら、花火もよく見えるんだ」
「ここで見るの?」
「関係ないね。地元の人しか入ってないから。ほぼ知り合いみたいなもんだし」

砂利を敷いた細く入り組む通路の両脇に、様々な形の墓石が入り乱れていた。
新しいものもあれば、どうみたって年代物の、古いものもある。
村松くんは迷うことなく、私のスカートの裾が引っかかりそうなほど細い道を進み、一つの墓石の前で立ち止まった。

「ここ」

村松くんは、中嶋家之墓と刻まれた新しいお墓の前で立ち止まった。

「ここにはさ、まだ真尋以外誰も入ってなくて。きっと望月さんが来てくれて、喜んでると思うよ。びっくりしてるとも思うけど」
「はは。初めましてになるのかな」

村松くんは慣れた手つきで墓石にペットボトルの水をかけると、周囲に落ちていた枯れ葉を持参したビニール袋に片付け、港で買ってきたばかりの花を生けた。
私もそれを手伝うと、二人でお線香炊き手を合わせる。
静かな時間が流れた。

「……。でも、よかった」
「なにが?」
「村松くんは、SORAはもういないって言ってたけど、ここからは空がよく見えるから。やっぱり私の見る空を、SORAもちゃんと見てたんだなって」
「あぁ、そういう……」
「なんか、安心した」

SORAの前で膝を折る私に、村松くんはちょっとだけ気分を害したようだった。

「それはほら、村松くんも一緒でしょ? SORAが空を見てるんだと思ったら、うれしくない?」
「……。別に……。まぁ、そうかもだけど……」
「うふふ。ねぇ、村松くんは、SORAになんのお願いしたの?」

立ち上がった私は、くるりと後ろを振り返った。
ここからは本当に海と空がよく見える。

「お願いって、神さまじゃないんだから。お願いするより、報告なんじゃね?」
「なんの報告したのー?」
「は? 知るかよ。てか、誰がそんなこと教えるか」

村松くんも墓石の前から立ち上がると、私の隣に並んだ。

「そういう望月さんは、何を話したの?」
「そんなの、内緒に決まってるじゃん」
「うぜー」
「ははは」

海から上がってきた風が、火照った頬を撫でる。
私はようやく、本当のSORAと村松くんに会えた気がする。

「ねー、あそこに見えてるのって、しまなみ海道であってる?」
「そうだよ。全部まとめてそう呼んでる」

今日の宿は、村松くんのお母さんの実家である民宿をとってもらっていた。
お墓参りをすませた私たちは、浜辺に降りる。

「あー! 戻ってきたぁ! どうだった?」
「うん。いいところだったよ」
「ほら、千和も早く着替えておいでよ」
「うん」

麻友と芽依に促され、私は砂浜に置かれたパラソルの下、ビーチマットの上に荷物を置いた。
田中くんと横山くんは、もう海に入ってはしゃいでいる。
それを見た村松くんも、その場でシャツを脱ぎ捨てた。

「お前ら、早すぎ!」

一瞬で水着に着替え駆け出した彼の背を見て、私と麻友は笑う。
芽依はビーチボールを膨らませるのに必死だった。

「ほら、千和も早く」
「うん!」

 羽織っていたブラウスを脱ぎ捨てる。
SORAの青はいつだって、私たちを見ていた。



【完】