体育委員の男女四人が司会進行を取り仕切り、担任の先生はクラスの様子を時折確認しながら、黒板横の事務机でノートパソコンをいじっていた。
「次はサッカーです」
何人かの男子が手を挙げ、足りない人数分もすぐに埋まる。
残ったのは、ドッチボールと女子のバスケだけだった。
テニスを選択するなら、「三人で一緒」という条件は満たすものの、個人種目になる。
ドッチの人数は十人。
入るなら、ここが一番無難なところだ。
「ドッチボールに参加したい人」
麻友の手がサッと上がった。
それを見た私は、瞬発的に手を挙げる。
芽依も気づいて手を挙げた。
教室を見渡すと、他の複数の女子たちからも手が挙がっている。
十人枠のところに、女子が九人。
男子からも数人の手が挙がっていたものの、彼らはすぐにその手を下ろした。
「じゃあ、ドッチは女子のこの九人で確定ね」
ドッチボールは十人枠。
一人足りないものの、私たちは無事三人揃ってドッチへの参加を決めた。
「残ってるのは、女子のバスケだね」
この五人の枠が、完全に宙に浮いてしまった。
ここが決まらないことには、話し合いの時間も終わらない。
バレーに参加している人たちは、試合のタイムスケジュール上バスケと並行することが出来ないから、必然的にドッチかテニスの参加者から重複して出場する人を選ばなければならない。
テニスに人数制限はないものの、元々テニスを希望していた二人はクラスに馴染もうという気配すらなく、運動も苦手そうな独立独歩の二人だから、絶対にバスケに動くことはないだろう。
結局ドッチボールに参加している中の誰かが、バスケと兼任しなくてはならない状況に追い込まれた。
「あー。私たち、バスケやってもいいよ」
ドッチボールに決まっていた九人のうちの三人グループが一つ、揃ってバスケに移動した。
だけどそれで余計に、バスケへ追加参加するハードルが上がってしまった。
残りの二枠に、誰が入るの?
決断を迫られているドッチ組の残り六人は、私たちを含め三人と三人のグループだ。
そんなの、簡単に決まるワケない。
案の定、クラスの女子たちは騒然としはじめた。
最初にバレーに先に決まった六人は、運動部所属で球技大会に参加出来ないバレー部の子たちと一緒に、練習の話で盛り上がっていて、ドッチボールと兼任しようだなんて雰囲気は一切なく、話し合いに参加するつもりも毛頭無い。
それに、たとえ残ったドッチの六人から誰か二人がバスケを兼任したとしても、まだドッチボールの人数が一人足りなかった。
「あ、私、ドッチやってもいいですよ」
テニスを希望していた二人のうちの一人が、ドッチに手を挙げた。
思いがけない彼女の行動に、クラスの女子たちが騒然となる。
「岩田さん、いいの?」
「あ、はい。いいっすよ」
同じクラスなのになぜか敬語で話す彼女は、ニコニコと気軽にテニスからドッチボールへ移動してきた。
そうなると空気的に、余計にドッチから誰か二人がバスケを兼任しなければならなくなる。
「えー。どうする?」
ドッチボールに参加予定の石倉さんが、いつも一緒にいる遠藤さんと小松さんの三人で相談を始める。
私はそんな彼女たちを横目に、麻友の顔色をうかがった。
目が合った麻友は全身を固くしたまま、激しく首を左右に振っている。
石倉さんたちのグループも私たちと同じ三人で、残っているバスケの枠は二人。
どちらかのグループがグループの枠を解かなければ、参加人数は埋まらなかった。
「ねぇ、女子のバスケはまだ決まらないの?」
担任の小川先生の口から、強いため息がもれた。
真っ黒な黒髪をザックリとベリーショートにした五年目の女性体育教師はコスパ重視で、無駄な時間を消費することに一番の苛立ちをみせる。
集会のために体育館へ移動する時や、健康診断での各検査項目を回って教室に戻ってくる時も、なぜかうちのクラスが一番に終わっていないと気が済まないようで、すぐに機嫌を悪くしていた。
あっさりした性格でサバサバしているといえば聞こえはいいが、生徒との距離もきちんととるタイプの先生だ。
「早くしなさい。もう時間がくるよ」
担任を怒らせるのが、一番面倒くさい。
このままだと、教師という強権的な立場を盾にどんな提案をしてくるか分からない。
この先生なら、生徒たちが自分で決められないなら、女子だけ全員、くじ引きで参加競技を決め直すとも言いかねない。
そんな厄介な先生だ。
石倉さんたちのグループは、話し合いを続けている。
このまま黙っていれば、きっと彼女たちのうち、誰かがバスケに立候補するだろう。
だから私は、時間が過ぎるのを待っていればいいだけ……。
「はい!」
頭ではそう分かっているのに、気づけば体が動いていた。
「あ。じゃあ私、バスケします」
自分の声に驚き、我に返る。
これはもう、深層心理とか無意識とかいう言葉で説明しようとしても、説明出来ない。
しまったと激しく後悔しながら、挙げてしまった手を震えながら引っ込めた。
「え?」
突然の裏切り行為を目の当たりにした麻友の目が、丸く大きく最大限に見開いている。
麻友を怒らせてしまったことに、私の背が凍り付いた。
「望月がバスケやってくれるの? 他は?」
斜め後ろから、大きなため息が聞こえた。
芽依は全身から脱力したように肩を落とすと、重い手を挙げる。
「じゃあ、私もやります」
「そ。じゃあこれで決まりね」
担任の小島先生と目が合った。
先生は私を見てフッと短い笑みを浮かべると、何事もなかったかのようにパソコン作業に戻る。
私にはその先生の短い微笑みが、蔑みを含んだ嘲笑にも、私をバカにした冷笑のようにも感じた。
どうせあんたは雰囲気に流されて、自分からやるって言うでしょ。
知ってた。
「じゃあこれで、球技大会の選手登録をしてきます」
体育委員の決定を知らせる言葉と、終業を知らせるチャイムが重なった。
とたんに賑やかになる教室で、私は勢いよく立ち上がる。
今を逃しては、絶対にダメ!
「ゴメンね、麻友~!」
休み時間になった瞬間、私は一目散に麻友の元へ駆け寄った。
精一杯の謝罪の表情を浮かべ、彼女に謝る。
「だってあのままだったら、小島がもっと最悪なこと言いだしそうだったからさぁー」
「うんうん。いいよ。だって千和はみんなの空気読んだんだもん。千和らしいよ」
麻友はうつむいたまま、細い目をワザとらしくさらに細めた。
「だって、仕方なかったもんね。誰かがやらないといけなかったし。それで自分から一番に手を挙げられる千和は、凄いよ。私には絶対出来ないなぁ~」
イヤミたっぷりで、それでも理解を示すかのように、麻友はカワイ子ぶる。
私はそんな彼女の機嫌をとるのに必死になっている。
「ゴメンね、ドッチはちゃんと一緒にやるからぁ!」
「はは。うん、そうだね! 楽しみにしてるー!」
口元には笑みを浮かべにこにことしていても、声に抑揚はなく顔は笑っていないし目も合わない。
掃除の時間が始まったのをきっかけに、麻友は渾身の力を込めて身を翻し、私を置き去りにしたまま教室の後ろへ移動する。
何を始めるのかと思ったら、彼女は珍しく自分からロッカーのモップを取りだした。
普段は掃除をサボってばかりなのに、今日は真面目にやるのかと思ったら、モップを片手に同じドッチボールになった石倉さんたちに話しかけている。
麻友を見ている私の横で、芽依は雑巾を片手に振り回し、知らんぷりだ。
「やっぱり麻友、怒ってるよね」
「いいんじゃない? 別に」
「だけど、一緒にやろうって約束したのに……」
「一緒にやるでしょ」
「バスケ?」
「ドッチ」
確かに芽依の言う通りではあるけれど、果たしてそれが麻友の望んでいたことなのかは分からない。
それが叶わなかったから、ああやって珍しく自分から他のグループの人に話しかけたりなんかして、怒ってるんじゃないのかな。
「千和、本当はバスケ嫌だったの?」
「ううん。そんなことないよ」
「なら別にいいんじゃない? 麻友だって、大丈夫だって言ってたし」
「そ、それはそうだけど……」
「私たちが気にすることでもないっしょ」
芽依は普通に掃除を始めてしまったけれど、私は麻友のことで気が気でない。
麻友がモップで集めた埃を廊下の隅でふるい落としているのを見つけると、すぐにちりとりを持って駆け寄った。
「あ、麻友。こっちにちょうだい」
私は集まった大量の埃を前にかがんだ。
麻友は無言のまま私の構えるちりとりにゴミを押し込む。
「ゴミ捨て、よかったら私が行ってくるよ。職員室に用事あるし」
「へー、そうなんだー。じゃあーお願いねー」
「う、うん!」
媚びを売る私を見下ろす、麻友の視線が冷たい。
彼女がモップに付いた埃を上下に振って落とすことで、巻き上がった粉塵が喉に入り咳き込んだ。
私は広がり落ちたゴミを集め、その全てを丁寧に収める。
「えっと、ゴミ箱は……」
いつも教室の後ろに置いてあるのは知ってるのに、ゴミ捨てに自分が行くつもりなんだったら、最初からここに持ってくればよかったんだ。
そういうことに気がつかないから、私は嫌われる。
慌ててゴミ箱を探しても、いつも置いてある場所に見つからない。
誰かが動かしたのか、それは教室後方の机とロッカーの間に移動していた。
「次はサッカーです」
何人かの男子が手を挙げ、足りない人数分もすぐに埋まる。
残ったのは、ドッチボールと女子のバスケだけだった。
テニスを選択するなら、「三人で一緒」という条件は満たすものの、個人種目になる。
ドッチの人数は十人。
入るなら、ここが一番無難なところだ。
「ドッチボールに参加したい人」
麻友の手がサッと上がった。
それを見た私は、瞬発的に手を挙げる。
芽依も気づいて手を挙げた。
教室を見渡すと、他の複数の女子たちからも手が挙がっている。
十人枠のところに、女子が九人。
男子からも数人の手が挙がっていたものの、彼らはすぐにその手を下ろした。
「じゃあ、ドッチは女子のこの九人で確定ね」
ドッチボールは十人枠。
一人足りないものの、私たちは無事三人揃ってドッチへの参加を決めた。
「残ってるのは、女子のバスケだね」
この五人の枠が、完全に宙に浮いてしまった。
ここが決まらないことには、話し合いの時間も終わらない。
バレーに参加している人たちは、試合のタイムスケジュール上バスケと並行することが出来ないから、必然的にドッチかテニスの参加者から重複して出場する人を選ばなければならない。
テニスに人数制限はないものの、元々テニスを希望していた二人はクラスに馴染もうという気配すらなく、運動も苦手そうな独立独歩の二人だから、絶対にバスケに動くことはないだろう。
結局ドッチボールに参加している中の誰かが、バスケと兼任しなくてはならない状況に追い込まれた。
「あー。私たち、バスケやってもいいよ」
ドッチボールに決まっていた九人のうちの三人グループが一つ、揃ってバスケに移動した。
だけどそれで余計に、バスケへ追加参加するハードルが上がってしまった。
残りの二枠に、誰が入るの?
決断を迫られているドッチ組の残り六人は、私たちを含め三人と三人のグループだ。
そんなの、簡単に決まるワケない。
案の定、クラスの女子たちは騒然としはじめた。
最初にバレーに先に決まった六人は、運動部所属で球技大会に参加出来ないバレー部の子たちと一緒に、練習の話で盛り上がっていて、ドッチボールと兼任しようだなんて雰囲気は一切なく、話し合いに参加するつもりも毛頭無い。
それに、たとえ残ったドッチの六人から誰か二人がバスケを兼任したとしても、まだドッチボールの人数が一人足りなかった。
「あ、私、ドッチやってもいいですよ」
テニスを希望していた二人のうちの一人が、ドッチに手を挙げた。
思いがけない彼女の行動に、クラスの女子たちが騒然となる。
「岩田さん、いいの?」
「あ、はい。いいっすよ」
同じクラスなのになぜか敬語で話す彼女は、ニコニコと気軽にテニスからドッチボールへ移動してきた。
そうなると空気的に、余計にドッチから誰か二人がバスケを兼任しなければならなくなる。
「えー。どうする?」
ドッチボールに参加予定の石倉さんが、いつも一緒にいる遠藤さんと小松さんの三人で相談を始める。
私はそんな彼女たちを横目に、麻友の顔色をうかがった。
目が合った麻友は全身を固くしたまま、激しく首を左右に振っている。
石倉さんたちのグループも私たちと同じ三人で、残っているバスケの枠は二人。
どちらかのグループがグループの枠を解かなければ、参加人数は埋まらなかった。
「ねぇ、女子のバスケはまだ決まらないの?」
担任の小川先生の口から、強いため息がもれた。
真っ黒な黒髪をザックリとベリーショートにした五年目の女性体育教師はコスパ重視で、無駄な時間を消費することに一番の苛立ちをみせる。
集会のために体育館へ移動する時や、健康診断での各検査項目を回って教室に戻ってくる時も、なぜかうちのクラスが一番に終わっていないと気が済まないようで、すぐに機嫌を悪くしていた。
あっさりした性格でサバサバしているといえば聞こえはいいが、生徒との距離もきちんととるタイプの先生だ。
「早くしなさい。もう時間がくるよ」
担任を怒らせるのが、一番面倒くさい。
このままだと、教師という強権的な立場を盾にどんな提案をしてくるか分からない。
この先生なら、生徒たちが自分で決められないなら、女子だけ全員、くじ引きで参加競技を決め直すとも言いかねない。
そんな厄介な先生だ。
石倉さんたちのグループは、話し合いを続けている。
このまま黙っていれば、きっと彼女たちのうち、誰かがバスケに立候補するだろう。
だから私は、時間が過ぎるのを待っていればいいだけ……。
「はい!」
頭ではそう分かっているのに、気づけば体が動いていた。
「あ。じゃあ私、バスケします」
自分の声に驚き、我に返る。
これはもう、深層心理とか無意識とかいう言葉で説明しようとしても、説明出来ない。
しまったと激しく後悔しながら、挙げてしまった手を震えながら引っ込めた。
「え?」
突然の裏切り行為を目の当たりにした麻友の目が、丸く大きく最大限に見開いている。
麻友を怒らせてしまったことに、私の背が凍り付いた。
「望月がバスケやってくれるの? 他は?」
斜め後ろから、大きなため息が聞こえた。
芽依は全身から脱力したように肩を落とすと、重い手を挙げる。
「じゃあ、私もやります」
「そ。じゃあこれで決まりね」
担任の小島先生と目が合った。
先生は私を見てフッと短い笑みを浮かべると、何事もなかったかのようにパソコン作業に戻る。
私にはその先生の短い微笑みが、蔑みを含んだ嘲笑にも、私をバカにした冷笑のようにも感じた。
どうせあんたは雰囲気に流されて、自分からやるって言うでしょ。
知ってた。
「じゃあこれで、球技大会の選手登録をしてきます」
体育委員の決定を知らせる言葉と、終業を知らせるチャイムが重なった。
とたんに賑やかになる教室で、私は勢いよく立ち上がる。
今を逃しては、絶対にダメ!
「ゴメンね、麻友~!」
休み時間になった瞬間、私は一目散に麻友の元へ駆け寄った。
精一杯の謝罪の表情を浮かべ、彼女に謝る。
「だってあのままだったら、小島がもっと最悪なこと言いだしそうだったからさぁー」
「うんうん。いいよ。だって千和はみんなの空気読んだんだもん。千和らしいよ」
麻友はうつむいたまま、細い目をワザとらしくさらに細めた。
「だって、仕方なかったもんね。誰かがやらないといけなかったし。それで自分から一番に手を挙げられる千和は、凄いよ。私には絶対出来ないなぁ~」
イヤミたっぷりで、それでも理解を示すかのように、麻友はカワイ子ぶる。
私はそんな彼女の機嫌をとるのに必死になっている。
「ゴメンね、ドッチはちゃんと一緒にやるからぁ!」
「はは。うん、そうだね! 楽しみにしてるー!」
口元には笑みを浮かべにこにことしていても、声に抑揚はなく顔は笑っていないし目も合わない。
掃除の時間が始まったのをきっかけに、麻友は渾身の力を込めて身を翻し、私を置き去りにしたまま教室の後ろへ移動する。
何を始めるのかと思ったら、彼女は珍しく自分からロッカーのモップを取りだした。
普段は掃除をサボってばかりなのに、今日は真面目にやるのかと思ったら、モップを片手に同じドッチボールになった石倉さんたちに話しかけている。
麻友を見ている私の横で、芽依は雑巾を片手に振り回し、知らんぷりだ。
「やっぱり麻友、怒ってるよね」
「いいんじゃない? 別に」
「だけど、一緒にやろうって約束したのに……」
「一緒にやるでしょ」
「バスケ?」
「ドッチ」
確かに芽依の言う通りではあるけれど、果たしてそれが麻友の望んでいたことなのかは分からない。
それが叶わなかったから、ああやって珍しく自分から他のグループの人に話しかけたりなんかして、怒ってるんじゃないのかな。
「千和、本当はバスケ嫌だったの?」
「ううん。そんなことないよ」
「なら別にいいんじゃない? 麻友だって、大丈夫だって言ってたし」
「そ、それはそうだけど……」
「私たちが気にすることでもないっしょ」
芽依は普通に掃除を始めてしまったけれど、私は麻友のことで気が気でない。
麻友がモップで集めた埃を廊下の隅でふるい落としているのを見つけると、すぐにちりとりを持って駆け寄った。
「あ、麻友。こっちにちょうだい」
私は集まった大量の埃を前にかがんだ。
麻友は無言のまま私の構えるちりとりにゴミを押し込む。
「ゴミ捨て、よかったら私が行ってくるよ。職員室に用事あるし」
「へー、そうなんだー。じゃあーお願いねー」
「う、うん!」
媚びを売る私を見下ろす、麻友の視線が冷たい。
彼女がモップに付いた埃を上下に振って落とすことで、巻き上がった粉塵が喉に入り咳き込んだ。
私は広がり落ちたゴミを集め、その全てを丁寧に収める。
「えっと、ゴミ箱は……」
いつも教室の後ろに置いてあるのは知ってるのに、ゴミ捨てに自分が行くつもりなんだったら、最初からここに持ってくればよかったんだ。
そういうことに気がつかないから、私は嫌われる。
慌ててゴミ箱を探しても、いつも置いてある場所に見つからない。
誰かが動かしたのか、それは教室後方の机とロッカーの間に移動していた。



