『もうすぐ自分がいるべき本来の世界へ帰れるみたいだ。ここに来たのは間違いだった。申し訳ないけど、早くここから永遠に立ち去ってしまいたい』
『生まれてきたのが間違いだったんじゃない。生まれる場所を間違えただけ。だからこれは失敗によるデリートじゃなくて、リセット。やり直しのチャンスだと思っている』
『さようなら。これでようやく、自由になれる』
電車が最寄り駅に到着する。
ホームへ飛び降りると、頭に叩き込んだ地図を頼りに走り出した。
学校行事だったとはいえ、去年一度は来たことのある場所だ。
見覚えのある風景にすぐに行き当たると、段差の低い広い階段を駆けあがり、灰色の展望台を目指す。
「村松くん!」
彼は区民総合公園の、展望台広場にいた。
一人でぼんやりとベンチに座り、眩しいほど明るい空を見上げている。
「こんなところで、なにしてんの! なんでこんなところに、一人で来たの!」
「は? え? てか、望月さん? なんでこ……」
私は彼の隣に駆け寄ると、ベンチに置かれた彼の手を押さえ込んだ。
「どこへ行くつもりだったの? もしかしてここから、SORAのところへ行こうとしてた? なんで!」
私は村松くんを見上げる。
彼は突然現れた私に、驚いていた。
「そんなこと、SORAは絶対望んでないよ!」
「は? なに言ってんの? もしかしてまた同じ勘違いしてる?」
黙ってうなずいた私に、彼の目は呆れから怒りに変わった。
「俺のことバカにしすぎ」
強く振り払われた手は、弾き飛ばされた衝撃で痛みに変わる。
「そうだよね。村松くんはSORA本人を知ってたんだし、一番近くで見てて、スマホまでもらって……」
「そうだよ。俺はそこまで話したのに、まだ分かってなかったんだな!」
「ご、ごめんなさい。そういうことじゃなくて……」
「は? なんだよ。言いたいことがあるなら、言ってみろよ」
違う。
私に言いたいことがあるんじゃない。
村松くん自身の方に、言いたいことがあるんだ。
彼はそれを言えないでいるから、こんなにも苦しんでいる。
「ね、なんで私に、SORAの話をしてくれたの?」
「勘違いしてたからだろ。絡まれてウザかったし」
「そうだよね。ごめんね。だけど私は、SORAのことが本当に好きだったから……」
「うるさい!」
彼は自分の顔を両手で覆い隠した。
大きな体で背を丸め、震えている。
「村松く……」
「黙れ!」
生まれたての太陽は、青い空の上にゆっくりと昇り続け、私たちを明るく照らしていた。
「もうすぐ……、誕生日が来るんだ。真尋の死んだ十七に、俺もなってしまう」
「誰だって、生きていれば十七になるよ」
「違うだろ」
彼の声は自分の手で顔を覆い隠しているせいで、とても小さくくぐもって聞こえた。
「俺は、全然近くになんていてやれなかった。スマホで連絡取り合って、ネットでは繋がっていても、出来ることなんて何もなかった。俺の存在なんて、真尋には意味なかったんだよ」
「そんなことはないと思う」
「じゃあどうして真尋は死んだ!」
青い空はどこまでも高く遠く果てしなく続いていて、どこかで繋がっているんだと、信じていたい。
「生まれつきの病気で、仕方なかったって……」
「本当にそうか?」
村松くんは顔を覆ったまま、大きな声をあげた。
「確かに確率的にはそうなるだろうな! 何千人かに一人の割合だって。だけど当たった本人にしてみれば、百発百中の大当たりだ。なんで自分がってなって、当然だろ。それを周りが言わせないようにしてたんだよ。全力で。よってたかって、全身全霊をこめて!」
「看病してたんでしょ? みんなつきっきりで。感謝もあったと思うよ。周りの人に支えてもらって、村松くんみたいな人が、すぐ近くにい……」
「そんなきれい事、聞き飽きてんだよ!」
彼の手と隠されたままの横顔は酷く震えていて、私にはもう元々彼がどんな顔をしていたのか、思い出せない。
「別に真尋じゃなくてもよかっただろ。ずっとあんなにチューブつけられてさ。世界を、この世をめちゃくちゃ恨んでたんだよ、真尋は! こんなクソみてぇな現実、目が覚めたら全部ウソでしたって、消えてなくならないかって!」
SORAが病室から見上げていたのは、青く澄んだ綺麗な空で、私は彼がそこに夢や希望を見ているのだと、そう思っていた。
「本当は病気になんて、なりたくなかったに決まってんだろ! ずっと愚痴ばっか吐いて、なにが楽しかったんだ! 俺はそんな真尋が見たかったんじゃない! 十八になった真尋も、十九になった真尋も、成人して二十歳になった真尋も、ずっとずうーっと! 見ていたかったんだ!」
私たちの今いる場所は、昇る朝日に照らされてどこまでも明るくて眩しくて、キラキラとした街並みが、まるで別世界にいるみたい。
こんなにも綺麗な風景のなかに、どうして溶け込むことが出来ないんだろう。
私たちだって本当は、美しい世界の一部でありたかった。
この景色に負けないくらい、清く正しくありたかった。
「そっか。村松くんは、真尋さんのことが好きだったんだね」
彼の顔を覆っていた手がゆっくりと下ろされる。
彼の目からこれまでに見たこともない、美しい涙が光の筋となって輝いていた。
「好き? 俺が? 真尋を?」
「うん。村松くんは、それに気づいてなかったんだね」
私には分かる。
私も彼のことが、大好きだったから。
「私も好きだったよ。SORAのこと。そっか。村松くんは、私に取られたくなかったんだ。だからあんなに怒ったんだね」
「は? ……。そんなこと、あるわけないだろ。男同士で、従兄弟なんだぞ」
「関係ないよ。だってその証拠に、SORAが好きな私のこと、嫌いだもん」
村松くんの顔が、大きく歪む。
彼はもう一度、震える手で自分の顔を覆い尽くした。
声を殺し再び泣き出した彼から、吐息のような声が漏れているのを、私は聞こえないふりをする。
「あぁ……。そうか。俺はずっと、真尋のことが好きだったんだ……」
昇りきった太陽が、ゆっくりと周囲の空気を温めるのを待つ間、私は村松くんの隣に座っていた。
彼がここにいてくれて本当によかったと、空に感謝している。
「あー。なんか、急に恥ずかしくなってきた」
村松くんは、ようやく私に笑顔を見せてくれた。
「えっと……、ありがとう。望月さんに言われて、初めて納得できたよ。あぁ、そうだったんだなって。なんかそう言われれば、それが一番しっくりくるような気がする」
「でしょ。ライバルの存在は、見逃さないから」
「ライバル?」
「私も本気で好きだったって。分かってくれた?」
「はは。そっか。そういえばそんなこと、言ってたよな」
街は完全に目覚めきっていた。
車が動き出し人が行き交う息吹を、これほど間近に感じたことはないと思った。
私はそんな当たり前の風景に馴染めなくて、いつも必死で溶け込もうとしていて、でもそれが難しくて、苦しかった。
「俺の方こそ、ごめん」
「いいの。私だって、本気で悲しいと思ってるんだよ。それに、村松くんのことをうらやましいとも思ってる。私は本当のSORAを知らなかったけど、村松くんは知ってて好きになったんだもん。私も一回は会ってみたかったな」
「真尋はきっと、望月さんとも仲良くしてくれたよ。好きになるかどうかは、分かんないけど」
「あ、ひどーい。そこは譲ってくれないんだ」
「譲らねーよ」
「はは。村松くんらしー」
私だって、SORAのことが好きだった。
彼とは一度も会ったことはなかったけど、SORAを思う気持ちは本物だった。
「ひどい。村松くん。ひどいよ、ほんと……」
おもしろいくらい、ぽろぽろと涙があふれ出す。
村松くんにあれこれ言われて、私だって傷ついた。
SORAがいなければ、耐えられなかった。
SORAだけが私の唯一の理解者であり希望だった。
いつかSORAが私の前に現れ、全てを解決し助けてくれると信じていた。
だけど、そんな人はいなかった。
こぼれでる涙を懸命に拭う私に、村松くんもようやく分かってくれた。
「ご、ごめん。冗談とか、そんなつもりはなくて……」
「知ってるよ! そんな人じゃないって。それでも涙が出てくるの!」
「泣くなよ。望月さんが泣くようなことじゃないだろ」
「だからなんで、そうやって決めつけるの? 私だって泣きたいときは泣きたいの!」
「だからって、こんなところで泣かれても……。俺、どうしたらいいの?」
「さっきまで自分も泣いてたくせに」
「は? そんなこと言ってると、俺もまた泣くぞ」
「私だって泣いてやる!」
「俺もまだ泣きたい気分なんだよ!」
私が遠慮なく声をあげて泣き出したら、村松くんまで泣き出した。
それがまた悔しくて、泣きながら村松くんの腕に頭突きしたら、彼はベンチにあった私の手を握り締めた。
互いに手を取り合って体を支え合い、小さな子供みたいに泣き続けた。
『生まれてきたのが間違いだったんじゃない。生まれる場所を間違えただけ。だからこれは失敗によるデリートじゃなくて、リセット。やり直しのチャンスだと思っている』
『さようなら。これでようやく、自由になれる』
電車が最寄り駅に到着する。
ホームへ飛び降りると、頭に叩き込んだ地図を頼りに走り出した。
学校行事だったとはいえ、去年一度は来たことのある場所だ。
見覚えのある風景にすぐに行き当たると、段差の低い広い階段を駆けあがり、灰色の展望台を目指す。
「村松くん!」
彼は区民総合公園の、展望台広場にいた。
一人でぼんやりとベンチに座り、眩しいほど明るい空を見上げている。
「こんなところで、なにしてんの! なんでこんなところに、一人で来たの!」
「は? え? てか、望月さん? なんでこ……」
私は彼の隣に駆け寄ると、ベンチに置かれた彼の手を押さえ込んだ。
「どこへ行くつもりだったの? もしかしてここから、SORAのところへ行こうとしてた? なんで!」
私は村松くんを見上げる。
彼は突然現れた私に、驚いていた。
「そんなこと、SORAは絶対望んでないよ!」
「は? なに言ってんの? もしかしてまた同じ勘違いしてる?」
黙ってうなずいた私に、彼の目は呆れから怒りに変わった。
「俺のことバカにしすぎ」
強く振り払われた手は、弾き飛ばされた衝撃で痛みに変わる。
「そうだよね。村松くんはSORA本人を知ってたんだし、一番近くで見てて、スマホまでもらって……」
「そうだよ。俺はそこまで話したのに、まだ分かってなかったんだな!」
「ご、ごめんなさい。そういうことじゃなくて……」
「は? なんだよ。言いたいことがあるなら、言ってみろよ」
違う。
私に言いたいことがあるんじゃない。
村松くん自身の方に、言いたいことがあるんだ。
彼はそれを言えないでいるから、こんなにも苦しんでいる。
「ね、なんで私に、SORAの話をしてくれたの?」
「勘違いしてたからだろ。絡まれてウザかったし」
「そうだよね。ごめんね。だけど私は、SORAのことが本当に好きだったから……」
「うるさい!」
彼は自分の顔を両手で覆い隠した。
大きな体で背を丸め、震えている。
「村松く……」
「黙れ!」
生まれたての太陽は、青い空の上にゆっくりと昇り続け、私たちを明るく照らしていた。
「もうすぐ……、誕生日が来るんだ。真尋の死んだ十七に、俺もなってしまう」
「誰だって、生きていれば十七になるよ」
「違うだろ」
彼の声は自分の手で顔を覆い隠しているせいで、とても小さくくぐもって聞こえた。
「俺は、全然近くになんていてやれなかった。スマホで連絡取り合って、ネットでは繋がっていても、出来ることなんて何もなかった。俺の存在なんて、真尋には意味なかったんだよ」
「そんなことはないと思う」
「じゃあどうして真尋は死んだ!」
青い空はどこまでも高く遠く果てしなく続いていて、どこかで繋がっているんだと、信じていたい。
「生まれつきの病気で、仕方なかったって……」
「本当にそうか?」
村松くんは顔を覆ったまま、大きな声をあげた。
「確かに確率的にはそうなるだろうな! 何千人かに一人の割合だって。だけど当たった本人にしてみれば、百発百中の大当たりだ。なんで自分がってなって、当然だろ。それを周りが言わせないようにしてたんだよ。全力で。よってたかって、全身全霊をこめて!」
「看病してたんでしょ? みんなつきっきりで。感謝もあったと思うよ。周りの人に支えてもらって、村松くんみたいな人が、すぐ近くにい……」
「そんなきれい事、聞き飽きてんだよ!」
彼の手と隠されたままの横顔は酷く震えていて、私にはもう元々彼がどんな顔をしていたのか、思い出せない。
「別に真尋じゃなくてもよかっただろ。ずっとあんなにチューブつけられてさ。世界を、この世をめちゃくちゃ恨んでたんだよ、真尋は! こんなクソみてぇな現実、目が覚めたら全部ウソでしたって、消えてなくならないかって!」
SORAが病室から見上げていたのは、青く澄んだ綺麗な空で、私は彼がそこに夢や希望を見ているのだと、そう思っていた。
「本当は病気になんて、なりたくなかったに決まってんだろ! ずっと愚痴ばっか吐いて、なにが楽しかったんだ! 俺はそんな真尋が見たかったんじゃない! 十八になった真尋も、十九になった真尋も、成人して二十歳になった真尋も、ずっとずうーっと! 見ていたかったんだ!」
私たちの今いる場所は、昇る朝日に照らされてどこまでも明るくて眩しくて、キラキラとした街並みが、まるで別世界にいるみたい。
こんなにも綺麗な風景のなかに、どうして溶け込むことが出来ないんだろう。
私たちだって本当は、美しい世界の一部でありたかった。
この景色に負けないくらい、清く正しくありたかった。
「そっか。村松くんは、真尋さんのことが好きだったんだね」
彼の顔を覆っていた手がゆっくりと下ろされる。
彼の目からこれまでに見たこともない、美しい涙が光の筋となって輝いていた。
「好き? 俺が? 真尋を?」
「うん。村松くんは、それに気づいてなかったんだね」
私には分かる。
私も彼のことが、大好きだったから。
「私も好きだったよ。SORAのこと。そっか。村松くんは、私に取られたくなかったんだ。だからあんなに怒ったんだね」
「は? ……。そんなこと、あるわけないだろ。男同士で、従兄弟なんだぞ」
「関係ないよ。だってその証拠に、SORAが好きな私のこと、嫌いだもん」
村松くんの顔が、大きく歪む。
彼はもう一度、震える手で自分の顔を覆い尽くした。
声を殺し再び泣き出した彼から、吐息のような声が漏れているのを、私は聞こえないふりをする。
「あぁ……。そうか。俺はずっと、真尋のことが好きだったんだ……」
昇りきった太陽が、ゆっくりと周囲の空気を温めるのを待つ間、私は村松くんの隣に座っていた。
彼がここにいてくれて本当によかったと、空に感謝している。
「あー。なんか、急に恥ずかしくなってきた」
村松くんは、ようやく私に笑顔を見せてくれた。
「えっと……、ありがとう。望月さんに言われて、初めて納得できたよ。あぁ、そうだったんだなって。なんかそう言われれば、それが一番しっくりくるような気がする」
「でしょ。ライバルの存在は、見逃さないから」
「ライバル?」
「私も本気で好きだったって。分かってくれた?」
「はは。そっか。そういえばそんなこと、言ってたよな」
街は完全に目覚めきっていた。
車が動き出し人が行き交う息吹を、これほど間近に感じたことはないと思った。
私はそんな当たり前の風景に馴染めなくて、いつも必死で溶け込もうとしていて、でもそれが難しくて、苦しかった。
「俺の方こそ、ごめん」
「いいの。私だって、本気で悲しいと思ってるんだよ。それに、村松くんのことをうらやましいとも思ってる。私は本当のSORAを知らなかったけど、村松くんは知ってて好きになったんだもん。私も一回は会ってみたかったな」
「真尋はきっと、望月さんとも仲良くしてくれたよ。好きになるかどうかは、分かんないけど」
「あ、ひどーい。そこは譲ってくれないんだ」
「譲らねーよ」
「はは。村松くんらしー」
私だって、SORAのことが好きだった。
彼とは一度も会ったことはなかったけど、SORAを思う気持ちは本物だった。
「ひどい。村松くん。ひどいよ、ほんと……」
おもしろいくらい、ぽろぽろと涙があふれ出す。
村松くんにあれこれ言われて、私だって傷ついた。
SORAがいなければ、耐えられなかった。
SORAだけが私の唯一の理解者であり希望だった。
いつかSORAが私の前に現れ、全てを解決し助けてくれると信じていた。
だけど、そんな人はいなかった。
こぼれでる涙を懸命に拭う私に、村松くんもようやく分かってくれた。
「ご、ごめん。冗談とか、そんなつもりはなくて……」
「知ってるよ! そんな人じゃないって。それでも涙が出てくるの!」
「泣くなよ。望月さんが泣くようなことじゃないだろ」
「だからなんで、そうやって決めつけるの? 私だって泣きたいときは泣きたいの!」
「だからって、こんなところで泣かれても……。俺、どうしたらいいの?」
「さっきまで自分も泣いてたくせに」
「は? そんなこと言ってると、俺もまた泣くぞ」
「私だって泣いてやる!」
「俺もまだ泣きたい気分なんだよ!」
私が遠慮なく声をあげて泣き出したら、村松くんまで泣き出した。
それがまた悔しくて、泣きながら村松くんの腕に頭突きしたら、彼はベンチにあった私の手を握り締めた。
互いに手を取り合って体を支え合い、小さな子供みたいに泣き続けた。



