その日のお昼休み、いつものように一人でお弁当を食べながらスマホを開く。
両耳にさしたイヤホンが、見えない壁となって私を周囲から守ってくれていた。
手の平から世界に繋がる小さな窓を見ながら、私は見ることを許されたSORAのアカウントを探す。
『いつも一緒にいる。約束する。どんなことがあっても。なにが起きても』
SORAが見ていたのと同じ空を、今は村松くんがSORAとして貼り付ける。
村松くんのコメントには、学校の窓から撮影した空が添えられていた。
『自分のために生きられないのなら、誰かのために生きようと思った。それも出来ないのなら、ここにいる意味がない』
SORAではない村松くんが、SORAとなって空への思いを吐き出す。
だけど私はもう、彼がSORAではないと知ってしまった。
これは村松くん自身の叫びだ。
『空になりたいと言っていた。その願いを叶えてやりたかった。ある意味自分ですでに叶えたものを、どうして壊したくなる』
どれだけ細く儚い繋がりでも、繋がっているんだと信じていた糸は、とっくに消えていた。
それどころか、どこにも繋がらない糸だった。
私はこれまで、何にすがって生きていたんだろう。
本当の私は、どこにもいなかったってこと?
コツンという音がして、スマホから顔をあげる。
麻友が拳の先を机に当て、背をのけぞらせていた。
その隣には、腕組みした芽依の姿も見える。
「なに?」
そういえば、彼女たちと話すのも久しぶりだ。
「もうストーカーやめたの?」
「は? なにそれ」
昼休みの教室は人影もまばらで、こういうタイミングでケンカ売ってくる麻友のことは、やっぱり心底ムカつくしイラつく。
「誰が私のこと、そんな風に言ってんの」
見ていたスマホの画面を閉じ、ポケットにしまう。
私は座っていた椅子からガタリと大きな音をたてて立ち上がると、同じ目線にある麻友をにらみ返した。
SORAはもういない。
これ以上黙っていたって、誰も私のことを助けてはくれないし、分かってもくれない。
私が私である以上、何も報われない。
「ねぇ、誰がそんなこと言ってんの。ねぇ、誰? 言ってみてよ」
思わぬ反撃に、麻友が一瞬怯んだ。
それでも、ちゃんと言い返してくる。
「自分でしょ? あんたが自分の態度で、そう言わせてんじゃない」
「だから私は、誰が言ってんのかって、言ってんの!」
「千和がそう言わせてんの!」
「ずっと私のことバカにしてたクセに!」
もう誰も私を助けない。
この世界に、私を救う者はいない。
SORAはもう、ここにいない。
「私が気づいてないとでも思ってた? 二人が私を見下してバカにしてたこと、ずっと知ってたんだからね!」
「それはこっちのセリフでしょ? 一度だって、千和は本音で話してくれたことなかったクセに!」
「そんなの、当たり前じゃない! なんで本当のことなんて、話さなくちゃいけないの?」
だってそんなことしたら、嫌われる。
笑われる。絶対に、言えるわけない!
「これ以上、私に話しかけないで!」
「千和は本当に、私たちのことが嫌いだったの?」
「そうだよ! 大嫌い!」
私は唇をかみしめ、拳を握り締めた。
そんなこと、イチイチ言わせないで!
私は自分のことも、麻友や芽依のことも、学校も家もご近所さんも、全部全部大嫌い!
「うちらだって、知ってたよ! 千和から嫌われてたこと。やっと本音が聞けたね!」
麻友の顔が、不思議に歪む。
「行こ、芽依。うちらは友達じゃないんだって。てか、ずっと千和から友達だと思われてなかったんだってさ。ウケるー」
立ち去る麻友を、芽依が追いかけてゆく。
やっぱりね。
芽依も私のこと嫌いだったんだ。
それだって、本当は知っていたはずなのに、心臓がしびれるほど痛い。
胸が苦しくて、立っていられない。
クラス中の視線が、私に集まっている。
ここで逃げ出したら、負ける。
自分の席に座るために引いた椅子が、力が入りすぎて後ろの机にぶつかった。
そんなつもりはなかったのに、ガタンと大きな音をたて、さらに周囲を引かせてしまう。
私は深く息を吸い込んでからゆっくり吐き出すと、冷静を装った。
何事もなかったように席に座ると、耳にイヤホンを差しなおし、スマホに集中するフリをする。
これまでの自分だったら、必死で周囲に対する言い訳を考えていただろう。
愛想笑いを浮かべ、心にもないことを言って。
自分で自分を下げて。
今でも本当はそうしたいのに、そんなことに意味はないんだと知ってしまった。
いつかは誰かが、私のことを分かってくれると思っていた。
だけど、自分にだって自分のことが分からないのに、そんなことを考えてる方がバカだった。
一生懸命必死で作り上げた自分が他人にとっての自分で、そんなことで全ての私を判断されるなら、永遠に嘘をつき続けるしかない。
このまま一生、どこへ行っても何をしてても、自分が本当の自分のままでいられる瞬間なんて、ないんだ。
クラスで一人になって、初めて気がついた。
私は他人と関わるのが苦手なこと。
余計なことを言い過ぎること。
いつも空回りばかりして、あとでとんでもなく落ち込むこと。
だけど一人でいると、どうしようもない寂しさを感じてしまうこと。
その全てを分かち合える存在なんて、幻でしかなかったこと。
勘違いしていた自分が、とんでもなく恥ずかしい。
世界中の人間から笑われているような気がして、これ以上学校になんていられない。
SORAのいなくなった世界で、自分に嘘をつき続けるしかないのなら、私はもう自分を保っていられない。
震える手で、机の横にかけてあったサブバックをつかみ取ると、そこへ乱暴に教科書を詰め込んだ。
教室から飛び出した私を、廊下にいた芽依が呼び止める。
「ちょ、千和! どうするつもり?」
「気分悪いから、帰る」
「千和!」
引き留めようとする芽依の横で、麻友はバカみたいにぼろぼろ泣いていた。
そうやってカワイ子ぶって泣ける麻友の方こそ、うらやましい。
私には出来ない。
私はいつだって、自分自身すら欺いて生きてる。
「ねぇ千和、ちょっと待って!」
呼び止める芽依を振り切り、お昼休みの校内をガンガン突き進む。
行き先は職員室と決まっていた。
「先生! 急にお腹が痛くなって死にそうなので、帰りたいです」
その頃には私の目からも涙がぼろぼろにこぼれていて、驚いた先生たちは簡単に騙されてくれた。
私を心配して、両親にまで連絡をとろうとしてくれている。
「大丈夫です。家までは帰れます。親には、自分で言っておきます」
先生たちに頭をさげ、私は学校を後にした。
よく晴れた青い空はどこまでも青く高く透明なほど澄んでいて、私なんかとは全然違う。
ごめんなさい。
やっぱり私は嘘つきで、イヤな子だ。
本当に「イタい」のは、お腹とかじゃなくて、こんなことをしてしまう自分だ。
なんで麻友や芽依にあんなことを言ってしまったんだろう。
「……。本当に終わっちゃった……」
アスファルトの上を交互に伸びる足が、滲んで見える。
頬から落ちる滴が、革靴の先に当たって跳ねた。
最寄り駅の構内へ入ると、ホームに空いているベンチを見つけ腰を下ろす。
涙が止まるまで、私はそこで自分を待つことにした。
両耳にさしたイヤホンが、見えない壁となって私を周囲から守ってくれていた。
手の平から世界に繋がる小さな窓を見ながら、私は見ることを許されたSORAのアカウントを探す。
『いつも一緒にいる。約束する。どんなことがあっても。なにが起きても』
SORAが見ていたのと同じ空を、今は村松くんがSORAとして貼り付ける。
村松くんのコメントには、学校の窓から撮影した空が添えられていた。
『自分のために生きられないのなら、誰かのために生きようと思った。それも出来ないのなら、ここにいる意味がない』
SORAではない村松くんが、SORAとなって空への思いを吐き出す。
だけど私はもう、彼がSORAではないと知ってしまった。
これは村松くん自身の叫びだ。
『空になりたいと言っていた。その願いを叶えてやりたかった。ある意味自分ですでに叶えたものを、どうして壊したくなる』
どれだけ細く儚い繋がりでも、繋がっているんだと信じていた糸は、とっくに消えていた。
それどころか、どこにも繋がらない糸だった。
私はこれまで、何にすがって生きていたんだろう。
本当の私は、どこにもいなかったってこと?
コツンという音がして、スマホから顔をあげる。
麻友が拳の先を机に当て、背をのけぞらせていた。
その隣には、腕組みした芽依の姿も見える。
「なに?」
そういえば、彼女たちと話すのも久しぶりだ。
「もうストーカーやめたの?」
「は? なにそれ」
昼休みの教室は人影もまばらで、こういうタイミングでケンカ売ってくる麻友のことは、やっぱり心底ムカつくしイラつく。
「誰が私のこと、そんな風に言ってんの」
見ていたスマホの画面を閉じ、ポケットにしまう。
私は座っていた椅子からガタリと大きな音をたてて立ち上がると、同じ目線にある麻友をにらみ返した。
SORAはもういない。
これ以上黙っていたって、誰も私のことを助けてはくれないし、分かってもくれない。
私が私である以上、何も報われない。
「ねぇ、誰がそんなこと言ってんの。ねぇ、誰? 言ってみてよ」
思わぬ反撃に、麻友が一瞬怯んだ。
それでも、ちゃんと言い返してくる。
「自分でしょ? あんたが自分の態度で、そう言わせてんじゃない」
「だから私は、誰が言ってんのかって、言ってんの!」
「千和がそう言わせてんの!」
「ずっと私のことバカにしてたクセに!」
もう誰も私を助けない。
この世界に、私を救う者はいない。
SORAはもう、ここにいない。
「私が気づいてないとでも思ってた? 二人が私を見下してバカにしてたこと、ずっと知ってたんだからね!」
「それはこっちのセリフでしょ? 一度だって、千和は本音で話してくれたことなかったクセに!」
「そんなの、当たり前じゃない! なんで本当のことなんて、話さなくちゃいけないの?」
だってそんなことしたら、嫌われる。
笑われる。絶対に、言えるわけない!
「これ以上、私に話しかけないで!」
「千和は本当に、私たちのことが嫌いだったの?」
「そうだよ! 大嫌い!」
私は唇をかみしめ、拳を握り締めた。
そんなこと、イチイチ言わせないで!
私は自分のことも、麻友や芽依のことも、学校も家もご近所さんも、全部全部大嫌い!
「うちらだって、知ってたよ! 千和から嫌われてたこと。やっと本音が聞けたね!」
麻友の顔が、不思議に歪む。
「行こ、芽依。うちらは友達じゃないんだって。てか、ずっと千和から友達だと思われてなかったんだってさ。ウケるー」
立ち去る麻友を、芽依が追いかけてゆく。
やっぱりね。
芽依も私のこと嫌いだったんだ。
それだって、本当は知っていたはずなのに、心臓がしびれるほど痛い。
胸が苦しくて、立っていられない。
クラス中の視線が、私に集まっている。
ここで逃げ出したら、負ける。
自分の席に座るために引いた椅子が、力が入りすぎて後ろの机にぶつかった。
そんなつもりはなかったのに、ガタンと大きな音をたて、さらに周囲を引かせてしまう。
私は深く息を吸い込んでからゆっくり吐き出すと、冷静を装った。
何事もなかったように席に座ると、耳にイヤホンを差しなおし、スマホに集中するフリをする。
これまでの自分だったら、必死で周囲に対する言い訳を考えていただろう。
愛想笑いを浮かべ、心にもないことを言って。
自分で自分を下げて。
今でも本当はそうしたいのに、そんなことに意味はないんだと知ってしまった。
いつかは誰かが、私のことを分かってくれると思っていた。
だけど、自分にだって自分のことが分からないのに、そんなことを考えてる方がバカだった。
一生懸命必死で作り上げた自分が他人にとっての自分で、そんなことで全ての私を判断されるなら、永遠に嘘をつき続けるしかない。
このまま一生、どこへ行っても何をしてても、自分が本当の自分のままでいられる瞬間なんて、ないんだ。
クラスで一人になって、初めて気がついた。
私は他人と関わるのが苦手なこと。
余計なことを言い過ぎること。
いつも空回りばかりして、あとでとんでもなく落ち込むこと。
だけど一人でいると、どうしようもない寂しさを感じてしまうこと。
その全てを分かち合える存在なんて、幻でしかなかったこと。
勘違いしていた自分が、とんでもなく恥ずかしい。
世界中の人間から笑われているような気がして、これ以上学校になんていられない。
SORAのいなくなった世界で、自分に嘘をつき続けるしかないのなら、私はもう自分を保っていられない。
震える手で、机の横にかけてあったサブバックをつかみ取ると、そこへ乱暴に教科書を詰め込んだ。
教室から飛び出した私を、廊下にいた芽依が呼び止める。
「ちょ、千和! どうするつもり?」
「気分悪いから、帰る」
「千和!」
引き留めようとする芽依の横で、麻友はバカみたいにぼろぼろ泣いていた。
そうやってカワイ子ぶって泣ける麻友の方こそ、うらやましい。
私には出来ない。
私はいつだって、自分自身すら欺いて生きてる。
「ねぇ千和、ちょっと待って!」
呼び止める芽依を振り切り、お昼休みの校内をガンガン突き進む。
行き先は職員室と決まっていた。
「先生! 急にお腹が痛くなって死にそうなので、帰りたいです」
その頃には私の目からも涙がぼろぼろにこぼれていて、驚いた先生たちは簡単に騙されてくれた。
私を心配して、両親にまで連絡をとろうとしてくれている。
「大丈夫です。家までは帰れます。親には、自分で言っておきます」
先生たちに頭をさげ、私は学校を後にした。
よく晴れた青い空はどこまでも青く高く透明なほど澄んでいて、私なんかとは全然違う。
ごめんなさい。
やっぱり私は嘘つきで、イヤな子だ。
本当に「イタい」のは、お腹とかじゃなくて、こんなことをしてしまう自分だ。
なんで麻友や芽依にあんなことを言ってしまったんだろう。
「……。本当に終わっちゃった……」
アスファルトの上を交互に伸びる足が、滲んで見える。
頬から落ちる滴が、革靴の先に当たって跳ねた。
最寄り駅の構内へ入ると、ホームに空いているベンチを見つけ腰を下ろす。
涙が止まるまで、私はそこで自分を待つことにした。



