群れて歩く男子を追い抜き、階段を駆け上がる。
私はSORAの背に追いつくと、隣に並んだ。
出来るだけ軽く明るく、快活を装う。
「球技大会、私もバレーにすればよかったな。だったら一緒に練習とかできたのに」
「それは関係ないだろ」
「関係ないって?」
「何でもない!」
村松くんは怒っているのか照れているのか、顔を赤くした。
それでもしゃべってくれたのは、ちょっとうれしい。
「私、本当は球技とかあんまり得意じゃないのに。体動かすのは好きだけど、苦手っていうか……」
「……。そうなんだ」
「ふふ。うん。そう。村松くんは?」
「別に……」
なんだかんだ言いつつも会話をしてくれた彼に、思わず笑ってしまう。
怒っていても、話はしてくれるんだ。
廊下の角を曲がり、自分たちの教室が見えてきた。
彼は急に歩幅を大きくし、歩くスピードを上げたかと思うと、私より一歩先に教室へ足を踏み入れる。
続けて入ろうとした私の目の前で、彼はワザと乱暴な手つきで後ろ手に扉を閉めた。
もう少しで鼻先をぶつけそうになった私の前に、無情にも扉が立ちはだかる。
「ちょ、ひどくない?」
それでも私は、笑って扉を開け彼に駆け寄った。
傷ついていることなんて、見せちゃいけない。
私以外誰にも、知られてはいけない。
村松くんはもう自分の席についていて、ぶすっとしたふてくされ顔で頬杖をつき横を向いていた。
「ねぇ、なんで普通にしてくれないの?」
もうすぐ昼休みが終わる。
校内の各地に散っていた生徒たちが、クラスに戻っていた。
私は彼の机の横に立ったまま、じっと動かないSORAを見下ろす。
「……。さっさと席につけよ。授業始まるぞ」
「今日の放課後、少し話せるかな」
彼からの返事はない。
もうこれ以上は、意地でも話すつもりはないらしい。
私は正直、彼の態度にイラつき腹を立てている。
それでもまだ、この人を諦めきれない。
五時間目の英語コミュニケーションを担当する先生が入ってきて、仕方なく私は彼の後ろにある自分の席に座った。
ようやく逃れられたと安心したのか、ホッとしたような彼の背で、私は怒りをぶちまける。
私の大好きだった、憧れのSORAを返してほしい。
ネットに吐き出された吐息のように悲しいほど切ない祈りの数々を、嘘や戯言にしないでほしい。
スマホの中の、広くて小さな世界にいた頃、私たちは近くにいても触れあえない存在だった。
それでも気持ちだけは、分かり合えていたはずなのに。
現実になったとたん、壊されてしまったのはなぜ?
いつか空と同化して消えたいと思っていた想いまで、昇華されないまま消されてしまった。
次の休み時間になったとたん、村松くんと普段から仲のよい田中くんと横山くんがやって来て、私から彼を守るように取り囲んだ。
田中くんと横山くんは大声で身振り手振りを加えはしゃいでいて、私に話しかけるスキすら与えない。
どうやって声をかけようかとまごついている私を、クラスの女子たちがクスクス笑っている。
「なにあれ、ウケる」
「サイテーだね」
「村松くんかわいそー」
私が声の聞こえた方にじっと視線を向けると、すぐに静かになる。
彼女たちは、間違っている。
本当にかわいそうなのは私でも村松くんでもなく、姿をなくしてしまったSORAだ。
どうして村松くんは、自分を否定するのだろう。
私はスマホを取りだすと、彼にメッセージを送る。
『そんな逃げることなくない? 私はSORAと話がしたいだけなのに。SORAのアカウントだけでもいいから、ブロック解除して。そしたらもう、教室で話しかけないから』
『俺にそんなこと出来ない』
『なんで? ブロックしたのは村松くんでしょ?』
授業が終わり、放課後になったとたん、彼は逃げるように教室を飛び出した。
ホームルームの間から彼が帰り支度を調えているのを見ていた私は、すぐさま彼の後を追いかける。
廊下に飛び出そうとしたとき、ドンと肩がぶつかった。
「ちょっと。イタいんだけど」
麻友だ。その後ろには、芽依もいる。
麻友は両腕を組み高圧的な態度で私を見下ろした。
「千和のせいで、陽菜と体育委員に迷惑かかってんの知らないの? 選手交代が認められたからよかったけど、誰のせいだと思ってる?」
そんなこと、自分たちで勝手に決めておいて、今さら私に文句言われても困る。
「ゴメン。いまちょっと忙しくて……」
「それって、うちらより大事なこと?」
麻友の細く切れの長い目が、黒く潤んでいる。
麻友のことは嫌いじゃない。
二人が時々私のラインにメッセージを送ってくれていることは知っている。
だけど、いまはとにかく邪魔をしないでほしい。
「言えないことがあるなら、せめてスマホで……」
「ゴメン。球技大会、頑張って」
走り出した私の背を、麻友と芽依の暴言が追いかけてくる。
本当にゴメン。
だけど今はただ、SORAの真実が知りたい。
靴箱まで来ても、彼の姿はどこにもなくて、私は鞄を肩にかけたまま、自分の靴を履きかえる。
校内のどこを探しても、私はその日、彼を見つけることは出来なかった。
連絡を取りたくても、私は唯一繋がっていたSNSでもブロックされていて、こちらからメッセージを送ることは出来ない。
澄みわたる初夏の美しい空の下、私は彼に避けられ続け、クラスでも浮いた状態のまま数日が過ぎた。
迎えた球技大会の日、練習を重ねたうちのクラスの女子バスケは、七クラス中三位という結果で終わり、ドッチボールに関しては一勝も出来ず惨敗した。
大会翌日の休みを挟んで授業が再開されても、私は教室という世界の中で一人空気のように漂い、雲のように浮き続けていた。
クラス全員から無視され、一人でお弁当を食べるようになっても、怖いことは何もない。
遠くからワザと聞こえるように言っている的外れな悪口を、たまに鬱陶しく感じるのが面倒くさいだけ。
球技大会を機に席替えが行われ、私と村松くんの席は離れてしまった。
自然な感じを装って話しかけることも出来ないくらいの距離で、私の方から近づくのもやめた。
ストーカー女とはまだ言われているけど、本当にそうだから、そう呼ばれたって仕方がない。
『手を伸ばして触れられる全てが、自分のものだったらいいのに。どれだけ遠く伸ばしても届かない空は自分のものではないように、自分の体すら自分のものではないみたいだ』
手を伸ばして触れられるもの全てが、自分のものってわけじゃないけど、伸ばそうと思えば触れられる距離にあるものに、触れたくても触れずに終わるなんてことは、SORAならきっと望んでいない。
帰りのホームルームが終わり、賑やかになった教室で、村松くんは一人席をたった。
私はそのタイミングを見計らって、誰にもバレないよう、こっそりと立ち上がる。
クラスで浮き上がった私に話しかけてくる人はいなくて、誰にも邪魔されないまま廊下に出た私は、SORAを追いかけた。
「村松くん!」
階段手前の廊下で、彼の背に呼びかける。
驚いて振り返った彼は、私を見るなり顔色を変えた。
「あのね、私、村松くんのこと……」
「クソッ!」
彼は私から逃げ出すように、一目散に階段を駆けあがった。
「ちょ、待って!」
負けずに階段を駆けあがる。
家庭科室や準備室の並ぶ人気のない三階の廊下を、私たちは全力で疾走していた。
「なんで逃げるの!」
「お前が追いかけてくるからだろ!」
「追いかけるのやめたって、逃げるくせに!」
廊下の突き当たりがやって来る。
村松くんは角を曲がると、そのまま四階へ駆けあがった。
「SORAのこと、誰にも知られたくないくらい、恥ずかしいとか思ってたの?」
「違う!」
突然立ち止まった彼に、頭をぶつける。
はね返りよろけそうになった私を、村松くんはにらみつけた。
「アイツが黒歴史とか、そんなことあるわけないだろ!」
「そうだよ、私だってそんなこと思ってないよ。だったらなんで……」
「取り消せ!」
村松くんの手が、私の胸ぐらを掴んで引き寄せる。
制服のジャケットを握り締めた手は、小刻みに震えていた。
「お前まで、真尋を否定するのか?」
「マヒロ? マヒロって誰? 村松くんじゃなくて、その人がSORAなの?」
舌打ちが聞こえた。
手が離れたと思った瞬間、彼は私を置いて階段を駆け下りてゆく。
力をなくした私は、その場へよろよろと座り込んだ。
SORAは村松くんじゃない?
だとしたら、SORAは誰なの?
私をブロックしたのは、村松くんじゃなくて、別の人ってこと?
私はスマホを取りだすと、すぐさま村松くんに電話をかけた。
出るとは思っていなかった彼が、着信拒否を解除して電話に出る。
「なんだよ!」
「どういうこと!」
「なにが?」
「私はずっと、村松くんがSORAだと……」
プツリと通話が切れる。
このままで許されるわけがない。
冷たい廊下にへたり込んだまま何度も何度も電話をかけ直したものの、もう彼が応じることはなかった。
こうなれば、明日の学校で決着をつけるしかない。
私はSORAの背に追いつくと、隣に並んだ。
出来るだけ軽く明るく、快活を装う。
「球技大会、私もバレーにすればよかったな。だったら一緒に練習とかできたのに」
「それは関係ないだろ」
「関係ないって?」
「何でもない!」
村松くんは怒っているのか照れているのか、顔を赤くした。
それでもしゃべってくれたのは、ちょっとうれしい。
「私、本当は球技とかあんまり得意じゃないのに。体動かすのは好きだけど、苦手っていうか……」
「……。そうなんだ」
「ふふ。うん。そう。村松くんは?」
「別に……」
なんだかんだ言いつつも会話をしてくれた彼に、思わず笑ってしまう。
怒っていても、話はしてくれるんだ。
廊下の角を曲がり、自分たちの教室が見えてきた。
彼は急に歩幅を大きくし、歩くスピードを上げたかと思うと、私より一歩先に教室へ足を踏み入れる。
続けて入ろうとした私の目の前で、彼はワザと乱暴な手つきで後ろ手に扉を閉めた。
もう少しで鼻先をぶつけそうになった私の前に、無情にも扉が立ちはだかる。
「ちょ、ひどくない?」
それでも私は、笑って扉を開け彼に駆け寄った。
傷ついていることなんて、見せちゃいけない。
私以外誰にも、知られてはいけない。
村松くんはもう自分の席についていて、ぶすっとしたふてくされ顔で頬杖をつき横を向いていた。
「ねぇ、なんで普通にしてくれないの?」
もうすぐ昼休みが終わる。
校内の各地に散っていた生徒たちが、クラスに戻っていた。
私は彼の机の横に立ったまま、じっと動かないSORAを見下ろす。
「……。さっさと席につけよ。授業始まるぞ」
「今日の放課後、少し話せるかな」
彼からの返事はない。
もうこれ以上は、意地でも話すつもりはないらしい。
私は正直、彼の態度にイラつき腹を立てている。
それでもまだ、この人を諦めきれない。
五時間目の英語コミュニケーションを担当する先生が入ってきて、仕方なく私は彼の後ろにある自分の席に座った。
ようやく逃れられたと安心したのか、ホッとしたような彼の背で、私は怒りをぶちまける。
私の大好きだった、憧れのSORAを返してほしい。
ネットに吐き出された吐息のように悲しいほど切ない祈りの数々を、嘘や戯言にしないでほしい。
スマホの中の、広くて小さな世界にいた頃、私たちは近くにいても触れあえない存在だった。
それでも気持ちだけは、分かり合えていたはずなのに。
現実になったとたん、壊されてしまったのはなぜ?
いつか空と同化して消えたいと思っていた想いまで、昇華されないまま消されてしまった。
次の休み時間になったとたん、村松くんと普段から仲のよい田中くんと横山くんがやって来て、私から彼を守るように取り囲んだ。
田中くんと横山くんは大声で身振り手振りを加えはしゃいでいて、私に話しかけるスキすら与えない。
どうやって声をかけようかとまごついている私を、クラスの女子たちがクスクス笑っている。
「なにあれ、ウケる」
「サイテーだね」
「村松くんかわいそー」
私が声の聞こえた方にじっと視線を向けると、すぐに静かになる。
彼女たちは、間違っている。
本当にかわいそうなのは私でも村松くんでもなく、姿をなくしてしまったSORAだ。
どうして村松くんは、自分を否定するのだろう。
私はスマホを取りだすと、彼にメッセージを送る。
『そんな逃げることなくない? 私はSORAと話がしたいだけなのに。SORAのアカウントだけでもいいから、ブロック解除して。そしたらもう、教室で話しかけないから』
『俺にそんなこと出来ない』
『なんで? ブロックしたのは村松くんでしょ?』
授業が終わり、放課後になったとたん、彼は逃げるように教室を飛び出した。
ホームルームの間から彼が帰り支度を調えているのを見ていた私は、すぐさま彼の後を追いかける。
廊下に飛び出そうとしたとき、ドンと肩がぶつかった。
「ちょっと。イタいんだけど」
麻友だ。その後ろには、芽依もいる。
麻友は両腕を組み高圧的な態度で私を見下ろした。
「千和のせいで、陽菜と体育委員に迷惑かかってんの知らないの? 選手交代が認められたからよかったけど、誰のせいだと思ってる?」
そんなこと、自分たちで勝手に決めておいて、今さら私に文句言われても困る。
「ゴメン。いまちょっと忙しくて……」
「それって、うちらより大事なこと?」
麻友の細く切れの長い目が、黒く潤んでいる。
麻友のことは嫌いじゃない。
二人が時々私のラインにメッセージを送ってくれていることは知っている。
だけど、いまはとにかく邪魔をしないでほしい。
「言えないことがあるなら、せめてスマホで……」
「ゴメン。球技大会、頑張って」
走り出した私の背を、麻友と芽依の暴言が追いかけてくる。
本当にゴメン。
だけど今はただ、SORAの真実が知りたい。
靴箱まで来ても、彼の姿はどこにもなくて、私は鞄を肩にかけたまま、自分の靴を履きかえる。
校内のどこを探しても、私はその日、彼を見つけることは出来なかった。
連絡を取りたくても、私は唯一繋がっていたSNSでもブロックされていて、こちらからメッセージを送ることは出来ない。
澄みわたる初夏の美しい空の下、私は彼に避けられ続け、クラスでも浮いた状態のまま数日が過ぎた。
迎えた球技大会の日、練習を重ねたうちのクラスの女子バスケは、七クラス中三位という結果で終わり、ドッチボールに関しては一勝も出来ず惨敗した。
大会翌日の休みを挟んで授業が再開されても、私は教室という世界の中で一人空気のように漂い、雲のように浮き続けていた。
クラス全員から無視され、一人でお弁当を食べるようになっても、怖いことは何もない。
遠くからワザと聞こえるように言っている的外れな悪口を、たまに鬱陶しく感じるのが面倒くさいだけ。
球技大会を機に席替えが行われ、私と村松くんの席は離れてしまった。
自然な感じを装って話しかけることも出来ないくらいの距離で、私の方から近づくのもやめた。
ストーカー女とはまだ言われているけど、本当にそうだから、そう呼ばれたって仕方がない。
『手を伸ばして触れられる全てが、自分のものだったらいいのに。どれだけ遠く伸ばしても届かない空は自分のものではないように、自分の体すら自分のものではないみたいだ』
手を伸ばして触れられるもの全てが、自分のものってわけじゃないけど、伸ばそうと思えば触れられる距離にあるものに、触れたくても触れずに終わるなんてことは、SORAならきっと望んでいない。
帰りのホームルームが終わり、賑やかになった教室で、村松くんは一人席をたった。
私はそのタイミングを見計らって、誰にもバレないよう、こっそりと立ち上がる。
クラスで浮き上がった私に話しかけてくる人はいなくて、誰にも邪魔されないまま廊下に出た私は、SORAを追いかけた。
「村松くん!」
階段手前の廊下で、彼の背に呼びかける。
驚いて振り返った彼は、私を見るなり顔色を変えた。
「あのね、私、村松くんのこと……」
「クソッ!」
彼は私から逃げ出すように、一目散に階段を駆けあがった。
「ちょ、待って!」
負けずに階段を駆けあがる。
家庭科室や準備室の並ぶ人気のない三階の廊下を、私たちは全力で疾走していた。
「なんで逃げるの!」
「お前が追いかけてくるからだろ!」
「追いかけるのやめたって、逃げるくせに!」
廊下の突き当たりがやって来る。
村松くんは角を曲がると、そのまま四階へ駆けあがった。
「SORAのこと、誰にも知られたくないくらい、恥ずかしいとか思ってたの?」
「違う!」
突然立ち止まった彼に、頭をぶつける。
はね返りよろけそうになった私を、村松くんはにらみつけた。
「アイツが黒歴史とか、そんなことあるわけないだろ!」
「そうだよ、私だってそんなこと思ってないよ。だったらなんで……」
「取り消せ!」
村松くんの手が、私の胸ぐらを掴んで引き寄せる。
制服のジャケットを握り締めた手は、小刻みに震えていた。
「お前まで、真尋を否定するのか?」
「マヒロ? マヒロって誰? 村松くんじゃなくて、その人がSORAなの?」
舌打ちが聞こえた。
手が離れたと思った瞬間、彼は私を置いて階段を駆け下りてゆく。
力をなくした私は、その場へよろよろと座り込んだ。
SORAは村松くんじゃない?
だとしたら、SORAは誰なの?
私をブロックしたのは、村松くんじゃなくて、別の人ってこと?
私はスマホを取りだすと、すぐさま村松くんに電話をかけた。
出るとは思っていなかった彼が、着信拒否を解除して電話に出る。
「なんだよ!」
「どういうこと!」
「なにが?」
「私はずっと、村松くんがSORAだと……」
プツリと通話が切れる。
このままで許されるわけがない。
冷たい廊下にへたり込んだまま何度も何度も電話をかけ直したものの、もう彼が応じることはなかった。
こうなれば、明日の学校で決着をつけるしかない。



