空の声が聞こえたら

 五時間目になり、二週間後に行われる球技大会についての学活が始まった。
種目は全部で五つ。
バレーとバスケは男女別に別れていて、サッカーとドッチは男女混合だけど、サッカーに男子の比率が高くなる分、ドッチボールは女子の参加者が多かった。
テニスは個人競技で、対戦は男女別で組まれるようになっている。
人数調整のため、一人二競技までの参加が認められていて、大会は二日にわたって行われることになっていた。

 授業中とはいえ、学活の時間というのは席を移動出来ない自由時間のようなもので、スマホを見ることすら大目に見られていた。
体育委員の司会進行で大会概要などの説明が続くなか、私の前の席に座る村松くんも、完全に体を横に向け足を組み、スマホを操作している。
右手に握る彼のスマホが私から丸見えになっていることすら、気づいていないようだった。
チラリと見てしまった彼の画面に、青い空が映る。

「村松くんも、空が好きなんだね」
「あ? うん。まぁね」

 彼は人懐っこい、にこにこの笑顔で、スマホの液晶画面をくるりと私に向けた。

「これ、めっちゃ綺麗な空じゃない?」
「あ、分かるー」

 村松くんはそのまま、ガラスの上に指を滑らせた。
彼が撮影した何かのゲーム画面だとか、メモ代わりのお店情報、仲間内で撮ったプライベートな写真の中に、時折青い空が混ざる。

 この人は、私と同じ空仲間だったんだ。
これまでほとんど話したことなんてなかったけど、知らなかった意外な一面を教えてくれたことが、ちょっと嬉しい。

「私も綺麗な夕焼けとか見たら、つい撮ってネットとかにあげちゃう」
「はは。それめっちゃ分かる」

 彼の手の平にすっぽりとおさまっているスマホと、高校になってから買ってもらった私の二年目のスマホが並ぶ。
彼のスマホは、男の子にしては珍しい手帳型のスマホケースに入れられていた。

 それにしても、画面とかは割れていないし、傷なんかも少ないものの、どう考えても彼のスマホは、新しいものには見えない。

「村松くんのスマホ、古くない?」
「うん。ずっと使ってる。お気に入りなんだよ。特別なスマホだから」
「ふふ。そうなんだ」
「だってさ、物は大切にしないとなぁ」

 かしこまってワザとらしく眉間にしわを寄せ、真剣な表情をしてみせた彼に、思わず笑みがこぼれる。 

「ふふ。まぁね、その通りですよね」
「だろ? だから」
「そっか。いいよね、そういうの」

 このまま会話を続けた方がいいのか、それとも黙っていた方がいいのか。
図りかねた私は、とりあえず当たり障りのない話題でこの場を誤魔化す。

「村松くんは、球技大会、なにでるの?」
「決めてねー。望月さんは?」
「えっと、流れで?」
「ま、そんなもんだよなぁ、みんな」

 彼は大真面目のまま、スマホを操作している。
私のスマホがブルリと振動して、ポップが画面に降りた。
麻友からだ。
顔を上げると、同じ教室にいながら席を動けない麻友と目があった。
彼女はゆっくりと横を向き、視線を芽依に向ける。
三人で話そうというアイコンタクトだ。
即座に三人だけで作ったSNSのグループラインに、麻友からのメッセージがとんでくる。

麻友『どれに出る?』
芽依『私は何でもいい』
千和『麻友が手を挙げたのに、私も手を挙げるよ』

 球技大会の出場競技決めは、いよいよ佳境を迎えていた。
三人がそれぞれ同意を示すスタンプを送ると、最終臨戦態勢にはいった。
私は一つ息を吐き出し呼吸を整えると、注意深く麻友とクラスの女子たちの動きに目を配る。

 やりたい競技だとか、自分のしたいことなんて、なにもない。
本当に真剣に、私は何でもいい。
芽依もきっとそう。
だから結論として、体育の苦手な麻友が、出られる競技を選べばそれでよかった。
麻友だって芽依だって、コレっていうこだわりがあるわけじゃない。
唯一それがあるとしたら「三人で一緒に」それだけだ。

 私は麻友がどの競技に手を挙げるのか、机に座ったままじっと注意深く観察している。
彼女が手を挙げれば、私も反射的にそれに手を挙げればいい。
そもそも女子たちの間では、どの仲良しグループがどの競技に参加するか、互いに事前リサーチが進んでいて、グループの人数と規定されている人数枠の組み合わせで、出場競技がほぼ決まっているようなものだった。
仲良しグループの組み合わせが、どう配置されるかだけの問題。

 黒板に競技名と必要参加人数を書き終えた司会進行の体育係が、ついに挙手を求めた。

「じゃあ初めに、バレーボールから」

 バレーは六人制となっていた。
女子より先に男子のバレー選手を募る。
前の席に座る村松くんは私たちと同じように、普段から仲のいい田中くん横山くんとスマホで連絡を取り合っていたのだろう。
三人で同じ男子バレーに競技が決まったようだ。
男子があっさり決まってしまうは、いつものこと。
私たちの本番はこれからだ。

「次はバレーの女子」

 私たちとは別の仲良し三人グループの一つが、瞬時に手を挙げる。
黒板に彼女たちの名前が書き込まれ、最初の三人が決まった。

 運動部に所属している生徒は強制的に大会の手伝いをすることに決まっているから、うちのクラスの女子は、該当する彼女たちを差し引いた十七人で、全ての出場枠を埋めなくてはならない。

 残るバレーの女子は三人。
私は麻友の動向に目を配っていた。
そんな麻友が自分の席から後ろを振り返って、私と芽依が待機状態であることを確認する。
麻友と目が合い、私は麻友が出たいものを選んでいいよと、力強くうなずいた。
彼女が恐る恐る手を挙げようと肘を伸ばし始めた時、それよりも先に、他の三人グループの一つが手を挙げる。

「じゃ、バレーボールは決まりでいいですか?」

 呆然とする麻友の気も知らず、体育委員は「バレー 女子」の項目に、追加の三名を書き加えた。
この瞬間、バレーの女子はこの六人に決まったことになる。
それに対しわざわざ文句を言ってまでかき乱すようなことも出来ないから、私たちがバレーに参加することはなくなった。

「次はバスケです」

 教室の中はずっとざわざわしていて落ち着かない。
誰がどの競技に手を挙げるのか、読み合いが続いていた。
男子は相変わらずパッと人数合わせだけで参加者が決まり、女子は誰も手を挙げることなく周囲の動向ばかりを気にしている。

「男子はこれで決まりで。女子は……、また後で決めますね」