「ただ、なんでそんな写真撮ってんのかなーとか。そんなことしてどうするのかなーとか、そういうのが気になっただけ」
麻友は反省なんかしてなくて、私が不機嫌になったことで、麻友自身が不愉快にさせられたことに腹を立てている。
「だから、千和にそんなふうに怒られたくない」
「怒ってないよ」
そう。怒ってはない。
ただイラついているだけ。
「別に、麻友が気にするようなことじゃないし。隠し撮りとか、私がそういうヘンなことしてるんじゃないかって、みんなに広めてほしくなかったってこと」
「そんな言いふらすようなことしないし!」
「だよね。よかった」
麻友には絶対、サブアカのことも、SORAのこともバレたくない。
だから表アカでも絶対に身バレしないよう、もっと慎重に、注意深く、安全に動かそう。
自分のことはもちろん、村松くんとのことも知られたくない。
彼がやってるサブアカのことも、絶対に話さないし秘密にする。
赤く染まった夕焼けの空が、駅前のごちゃごちゃした商店街を包み込む。
地面に染みついた生ゴミのような臭いが、鼻の奥を突いた。
そうか。
村松くんも、絶対にバレたくなかったよね。
SORAアカウントのこと。
やっぱり悪いのは私だ。
それに気づいた私は、うつむいていた顔を力強く持ち上げる。
「でも、もういいよ! 麻友が分かってくれたんなら、私は気にしない。麻友とケンカしたいワケじゃないし」
てゆーか、麻友レベルとケンカとか、くだらなさ過ぎて時間の無駄。
そんなことして学校行くの面倒くさくなったり居心地悪くさせるくらいなら、適当に付き合ってさっさと残りの高校生活を終わらせた方がいい。
その方が全然賢いし、きっと麻友も同じ気持ちだと思う。
そういうところだけは、私たちは一致している。
「だから、もうこの話はやめよ!」
にっこりと微笑んで、明るい笑顔をみせる。
こうやって快活に弾んでいれば、誰からも批判されないし、相手も攻撃出来ない。
それなのに、麻友は沈んだままだ。
「……。そうだね。こんなところで千和とケンカしたって、意味ないし」
「でしょ? 麻友なら分かってくれると思ったぁー」
乾いた笑いはあくまで乾いた笑いであって、これ以上拗らせないための予防線のようなもの。
私はスマホを取り出すと、特に興味もないけど表向きに好きだと言えるレベルにある音楽ユニットの最新動画を開いた。
「私の推しのね、新しい曲がいいんだ。最近それ聞いて、元気だしてる」
「へー。面白そう」
「でしょ。麻友も聞く?」
「うん」
ワイヤレスイヤホンを半分こして、駅までの三分に満たない行程を歩く。
好きではないけど嫌いでもない当たり障りのない音楽は、カラオケで歌ったり好きだって言っても引かれない都合のいい存在。
ある程度流行っていて認知度の高い人の中から、自分に合うものを選んでいる。
「いい曲だね。千和、このグループ好きだもんね」
「うん。好き。ヒマなときずっと聞いてる」
私の中に、どれだけの本当があって、どれだけの嘘があるんだろう。
あまりにも嘘や誤魔化しが多すぎて、自分でも本当の自分を見失いそうだ。
こんな音楽、今すぐにでも切ってしまいたいけど、そんなことをしたら一緒に聞いてる麻友にも好きじゃないってバレてしまう。
これからホームに上って、電車が来るまでの時間を待つのが苦痛過ぎる。
麻友と別れる乗り換えまで三駅、その間どうやって間を持たせればいいんだろう。
これ以上、明るく無難で会話の続くネタを探すのも疲れた。
「あ、そうだ。今日親と待ち合わせしてるんだった」
麻友はそういうと、左耳にさしていた私のイヤホンを外した。
「じゃ私、ママが迎えに来てるから、そっち行くね」
彼女は私の手の中にコロリとそれを転がすと、自分のスマホを取りだし操作を始めた。
麻友はうつむいた横顔を私に向けたまま、視線はそのままにぼそりとつぶやく。
「またねー」
「うん」
麻友はそのまま目を合わせることもなく、改札前の雑踏を駅の反対側へ行ってしまった。
人混みに紛れ遠ざかってゆく麻友の後ろ姿を見ながら、私はなぜか寂しさのようなものを感じている。
帰宅ラッシュで混雑する階段を上がり、私はホームとホームの間に挟まれた小さな空を見上げた。
SORA……、村松くんは、いま何をしているんだろう。
想像するしかなかったSORAを、今ははっきりと想い描くことが出来る。
こういう時、あの人なら何を思い、どう話してくれるだろう。
これまでは欲しい言葉を過去のつぶやきからさがして、当てはめることしかできなかったけど、今なら話を聞いてもらおうと思えば、直接聞くことだって出来るようになってしまった。
スマホの中の彼は、いつでも私の手の中にいる。
すがるような思いで、アプリを開いた。
『もし自分がこんなんじゃなかったら、どんな毎日を送っていただろう。自分自身を生きているのが辛い。今すぐやめたい』
こんなことを思っているような人が、突然私みたいなのにサブアカ特定されて、うれしいワケないのに!
だからこれ以上自分から近寄るなんてことは、絶対やめた方がいいのに!
頭では分かっていても、気持ちは止められない。
電車を待つ数分の間にも、激しい後悔と懺悔の波が押し寄せるのに、画面を滑る指の動きを止められない。
謝ろう。
謝って許してもらえるものじゃないかもしれないけど、私はSORAを失いたくない。
嫌われたっていい。
リアルでは話してもらえなくても、この世界のどこかでは、彼と繋がっていたい。
『ごめんね。どうしても謝りたくて、メッセージを送りました』
小さな画面に、打ち込んだ文字が浮かぶ。
どこにこのメッセージを送ろう。
SORAのアカウントにDMとして送る?
それとも、村松くんの表アカであるmahitukiのアカウント?
だけど、彼から避けられている現状、表アカに送ったところで、相手にされないのは分かっている。
だとしたら……。
私が謝りたいのは、SORAにだ。
だからSORAに送らないと。
「え? ちょっと待って。どういうこと?」
どれだけ検索をかけても、SORAのアカウントが見つからない。
それどころか、村松くんの本アカすら探すことが出来なかった。
彼ら二人をまとめたリストを開こうとした私を、アプリが拒絶する。
もしかして、ブロックされた?
自分の本アカがダメなら、「けだま」のサブアカで試すまでだ。
だけど、どれだけ検索をかけても結果は同じで、両方のアカウントが二人からブロックされている。
ゲーム専用の別アカウントから検索すると、ちゃんとSORAと村松くんのアカウントが出てきた。
私はその事実に、どうしようもなく動揺していた。
なにそれ。
こんなことぐらいで、あっさりブロックしちゃう人だったんだ。
酷くない?
なんで?
そんな悪いことした?
ふつふつと湧き上がる驚きと悲しみと怒りと絶望とが入り混じる。
よろめく足で空いていた駅のベンチに腰掛けたとたん、風を切ってホームに入ってきた電車なんて気にもならなかった。
沢山の人々が車内から吐き出され、面白いくらい同じ方向に向かって一斉に流れていくのに、私は混み合うホームのベンチに座り、クラスのライングループからメンバーのページを開く。
ここではSNSが違うから、私はブロックされていなくて、「葉月」と書かれた村松くんのアカウントに連絡すれば、いつだって繋がることが出来た。
なんで私をブロックしたの?
そんな嫌だった?
だったらちゃんと言ってくれればいいのに!
あふれる感情は寒くもないのに全身を震えさせ、涙腺から涙を押し上げる。
だけどそれが本当に流れ落ちる前に、私はそれを自分で拭った。
親指を動かし、クラスルームのメンバー一覧から村松くんのアイコンをタップする。
私の手の中にある小さな画面は、世界中のどこへでも繋がる道具となる。
SORAとリンクする数秒を待つ間も、私は全身全霊を込め閉じられたドアが再び開かれることを願った。
「……。はい」
通話が許可された!
この電話の向こうに、SORAがいる!
「ごめんなさい! 昨日は急にヘンなことを言って。いきなり話しかけたり、今も電話とかしたりして! もう絶対に、学校で直接話しかけたり、ネットの……、話とかしないから!」
「あー……。うん……」
会話が続かない。
元々長く話したことなんてなかったから、何をしゃべっていいのかも分からない。
どういう話題を振ればいいのか、全く予習出来てない。
それでもこの人がSORAだと思うと、話さずにはいられない。
「悪気はないの。今だってもちろん迷惑だよね。本当にごめんなさい。だけど、どうしても謝っておきたかったの」
スマホの向こうから、なんの物音も聞こえなくて、彼がいまどんな状況でどんな顔をしているのかも分からない。
悪いと分かっていても、このままこの通話を終わらせることが出来ない。
「いま、少し話せる? 嫌だったら、嫌って言って。すぐに切るし、もうこんなことしないから」
「……。いや、それは大丈夫……」
彼のはっきりしない曖昧な返事に、私は焦りと不安しか感じない。
勇気を出して空から飛び降りるつもりでかけた電話は、こんな結果がほしかったからじゃない。
「私ね、うれしかったの。SORAのことが好きだったから。いつか会ってみたいなって、ずっと思ってて。こんな近くにいると思わなくて。それがすごく嬉しくて。思わず声かけちゃっただけなの。だからSORAく……、村松くんは、全然気にしなくていいっていうか、今まで通りでいてほしいし、私も邪魔するつもりなくて……」
こんなこと、村松くん相手になら絶対言えないけど、SORAになら言える。
「好きです。私と付き合ってください」
自分の口から出た言葉に、自分で驚いている。
だけど後悔はしていない。
紛れもなく私の本当の気持ちだから。
「あー……。えっと……」
「迷惑だった?」
「いや、それはない」
「……。そうなんだ」
衝動的に告白してしまったけど、おかげで妙にスッキリしていた。
私の中にあった深い霧が全て晴れわたり、どこまでもクリアに透き通っている。
「じゃあ、なにがダメ?」
「ダメってワケじゃないんだけど……」
村松くんが困っている。
私のことを考えてくれている。
彼の中に私がいることが、こんなにも嬉しい。
「すぐにとは言わないから、考えてみてくれないかな」
「……友達ってこと?」
「うん。それからでいい」
「……。分かった」
「ありがとう」
スマホの向こうにあるのは、どこまでも無音の世界で、私の目に見えているのは夕方の閑散としたホームでも、何も見えない暗闇に向かって話しかけている気分になる。
それでも私にとっては、大きな前進だ。
「じゃ、また明日。学校で」
「あぁ、……。はい」
数秒の間を置いて、向こうからプツリと通話を切ってくれた。
彼が切ってくれなかったら、私は未来永劫ここから動くことはなかっただろう。
よかった。
本当によかった。
安心したところで、家に帰る電車がホームに流れてきた。
ぐったりと気力を使い果たした体を引きずり、車内に乗り込む。
いつもなら座席が空いていても立って乗り過ごすのに、今日はそれが出来ないほど疲れ切っていた。
空いていた隙間を見つけ、そこに落ち着く。
怖かった。
なんて大胆なことをしたんだろうと、今さらながらまた体の芯が震えだす。
私からの告白の返事なんて、本当に何でもよかった。
彼女がいてもいなくても、速攻でフラれたとしても、SORAなら大丈夫。
彼女がいたなら友達になればよかったし、断られたとしても、ただのクラスメイトでいるより一歩近づける。
「友達から」という彼の答えは、私の望んだ結果として完璧だった。
「よかった……」
未だかつて感じたことのない大きな疲労感と、それに続く完全な安心に、私は電車に揺られる数駅の間にも、意識を失いかけていた。
麻友は反省なんかしてなくて、私が不機嫌になったことで、麻友自身が不愉快にさせられたことに腹を立てている。
「だから、千和にそんなふうに怒られたくない」
「怒ってないよ」
そう。怒ってはない。
ただイラついているだけ。
「別に、麻友が気にするようなことじゃないし。隠し撮りとか、私がそういうヘンなことしてるんじゃないかって、みんなに広めてほしくなかったってこと」
「そんな言いふらすようなことしないし!」
「だよね。よかった」
麻友には絶対、サブアカのことも、SORAのこともバレたくない。
だから表アカでも絶対に身バレしないよう、もっと慎重に、注意深く、安全に動かそう。
自分のことはもちろん、村松くんとのことも知られたくない。
彼がやってるサブアカのことも、絶対に話さないし秘密にする。
赤く染まった夕焼けの空が、駅前のごちゃごちゃした商店街を包み込む。
地面に染みついた生ゴミのような臭いが、鼻の奥を突いた。
そうか。
村松くんも、絶対にバレたくなかったよね。
SORAアカウントのこと。
やっぱり悪いのは私だ。
それに気づいた私は、うつむいていた顔を力強く持ち上げる。
「でも、もういいよ! 麻友が分かってくれたんなら、私は気にしない。麻友とケンカしたいワケじゃないし」
てゆーか、麻友レベルとケンカとか、くだらなさ過ぎて時間の無駄。
そんなことして学校行くの面倒くさくなったり居心地悪くさせるくらいなら、適当に付き合ってさっさと残りの高校生活を終わらせた方がいい。
その方が全然賢いし、きっと麻友も同じ気持ちだと思う。
そういうところだけは、私たちは一致している。
「だから、もうこの話はやめよ!」
にっこりと微笑んで、明るい笑顔をみせる。
こうやって快活に弾んでいれば、誰からも批判されないし、相手も攻撃出来ない。
それなのに、麻友は沈んだままだ。
「……。そうだね。こんなところで千和とケンカしたって、意味ないし」
「でしょ? 麻友なら分かってくれると思ったぁー」
乾いた笑いはあくまで乾いた笑いであって、これ以上拗らせないための予防線のようなもの。
私はスマホを取り出すと、特に興味もないけど表向きに好きだと言えるレベルにある音楽ユニットの最新動画を開いた。
「私の推しのね、新しい曲がいいんだ。最近それ聞いて、元気だしてる」
「へー。面白そう」
「でしょ。麻友も聞く?」
「うん」
ワイヤレスイヤホンを半分こして、駅までの三分に満たない行程を歩く。
好きではないけど嫌いでもない当たり障りのない音楽は、カラオケで歌ったり好きだって言っても引かれない都合のいい存在。
ある程度流行っていて認知度の高い人の中から、自分に合うものを選んでいる。
「いい曲だね。千和、このグループ好きだもんね」
「うん。好き。ヒマなときずっと聞いてる」
私の中に、どれだけの本当があって、どれだけの嘘があるんだろう。
あまりにも嘘や誤魔化しが多すぎて、自分でも本当の自分を見失いそうだ。
こんな音楽、今すぐにでも切ってしまいたいけど、そんなことをしたら一緒に聞いてる麻友にも好きじゃないってバレてしまう。
これからホームに上って、電車が来るまでの時間を待つのが苦痛過ぎる。
麻友と別れる乗り換えまで三駅、その間どうやって間を持たせればいいんだろう。
これ以上、明るく無難で会話の続くネタを探すのも疲れた。
「あ、そうだ。今日親と待ち合わせしてるんだった」
麻友はそういうと、左耳にさしていた私のイヤホンを外した。
「じゃ私、ママが迎えに来てるから、そっち行くね」
彼女は私の手の中にコロリとそれを転がすと、自分のスマホを取りだし操作を始めた。
麻友はうつむいた横顔を私に向けたまま、視線はそのままにぼそりとつぶやく。
「またねー」
「うん」
麻友はそのまま目を合わせることもなく、改札前の雑踏を駅の反対側へ行ってしまった。
人混みに紛れ遠ざかってゆく麻友の後ろ姿を見ながら、私はなぜか寂しさのようなものを感じている。
帰宅ラッシュで混雑する階段を上がり、私はホームとホームの間に挟まれた小さな空を見上げた。
SORA……、村松くんは、いま何をしているんだろう。
想像するしかなかったSORAを、今ははっきりと想い描くことが出来る。
こういう時、あの人なら何を思い、どう話してくれるだろう。
これまでは欲しい言葉を過去のつぶやきからさがして、当てはめることしかできなかったけど、今なら話を聞いてもらおうと思えば、直接聞くことだって出来るようになってしまった。
スマホの中の彼は、いつでも私の手の中にいる。
すがるような思いで、アプリを開いた。
『もし自分がこんなんじゃなかったら、どんな毎日を送っていただろう。自分自身を生きているのが辛い。今すぐやめたい』
こんなことを思っているような人が、突然私みたいなのにサブアカ特定されて、うれしいワケないのに!
だからこれ以上自分から近寄るなんてことは、絶対やめた方がいいのに!
頭では分かっていても、気持ちは止められない。
電車を待つ数分の間にも、激しい後悔と懺悔の波が押し寄せるのに、画面を滑る指の動きを止められない。
謝ろう。
謝って許してもらえるものじゃないかもしれないけど、私はSORAを失いたくない。
嫌われたっていい。
リアルでは話してもらえなくても、この世界のどこかでは、彼と繋がっていたい。
『ごめんね。どうしても謝りたくて、メッセージを送りました』
小さな画面に、打ち込んだ文字が浮かぶ。
どこにこのメッセージを送ろう。
SORAのアカウントにDMとして送る?
それとも、村松くんの表アカであるmahitukiのアカウント?
だけど、彼から避けられている現状、表アカに送ったところで、相手にされないのは分かっている。
だとしたら……。
私が謝りたいのは、SORAにだ。
だからSORAに送らないと。
「え? ちょっと待って。どういうこと?」
どれだけ検索をかけても、SORAのアカウントが見つからない。
それどころか、村松くんの本アカすら探すことが出来なかった。
彼ら二人をまとめたリストを開こうとした私を、アプリが拒絶する。
もしかして、ブロックされた?
自分の本アカがダメなら、「けだま」のサブアカで試すまでだ。
だけど、どれだけ検索をかけても結果は同じで、両方のアカウントが二人からブロックされている。
ゲーム専用の別アカウントから検索すると、ちゃんとSORAと村松くんのアカウントが出てきた。
私はその事実に、どうしようもなく動揺していた。
なにそれ。
こんなことぐらいで、あっさりブロックしちゃう人だったんだ。
酷くない?
なんで?
そんな悪いことした?
ふつふつと湧き上がる驚きと悲しみと怒りと絶望とが入り混じる。
よろめく足で空いていた駅のベンチに腰掛けたとたん、風を切ってホームに入ってきた電車なんて気にもならなかった。
沢山の人々が車内から吐き出され、面白いくらい同じ方向に向かって一斉に流れていくのに、私は混み合うホームのベンチに座り、クラスのライングループからメンバーのページを開く。
ここではSNSが違うから、私はブロックされていなくて、「葉月」と書かれた村松くんのアカウントに連絡すれば、いつだって繋がることが出来た。
なんで私をブロックしたの?
そんな嫌だった?
だったらちゃんと言ってくれればいいのに!
あふれる感情は寒くもないのに全身を震えさせ、涙腺から涙を押し上げる。
だけどそれが本当に流れ落ちる前に、私はそれを自分で拭った。
親指を動かし、クラスルームのメンバー一覧から村松くんのアイコンをタップする。
私の手の中にある小さな画面は、世界中のどこへでも繋がる道具となる。
SORAとリンクする数秒を待つ間も、私は全身全霊を込め閉じられたドアが再び開かれることを願った。
「……。はい」
通話が許可された!
この電話の向こうに、SORAがいる!
「ごめんなさい! 昨日は急にヘンなことを言って。いきなり話しかけたり、今も電話とかしたりして! もう絶対に、学校で直接話しかけたり、ネットの……、話とかしないから!」
「あー……。うん……」
会話が続かない。
元々長く話したことなんてなかったから、何をしゃべっていいのかも分からない。
どういう話題を振ればいいのか、全く予習出来てない。
それでもこの人がSORAだと思うと、話さずにはいられない。
「悪気はないの。今だってもちろん迷惑だよね。本当にごめんなさい。だけど、どうしても謝っておきたかったの」
スマホの向こうから、なんの物音も聞こえなくて、彼がいまどんな状況でどんな顔をしているのかも分からない。
悪いと分かっていても、このままこの通話を終わらせることが出来ない。
「いま、少し話せる? 嫌だったら、嫌って言って。すぐに切るし、もうこんなことしないから」
「……。いや、それは大丈夫……」
彼のはっきりしない曖昧な返事に、私は焦りと不安しか感じない。
勇気を出して空から飛び降りるつもりでかけた電話は、こんな結果がほしかったからじゃない。
「私ね、うれしかったの。SORAのことが好きだったから。いつか会ってみたいなって、ずっと思ってて。こんな近くにいると思わなくて。それがすごく嬉しくて。思わず声かけちゃっただけなの。だからSORAく……、村松くんは、全然気にしなくていいっていうか、今まで通りでいてほしいし、私も邪魔するつもりなくて……」
こんなこと、村松くん相手になら絶対言えないけど、SORAになら言える。
「好きです。私と付き合ってください」
自分の口から出た言葉に、自分で驚いている。
だけど後悔はしていない。
紛れもなく私の本当の気持ちだから。
「あー……。えっと……」
「迷惑だった?」
「いや、それはない」
「……。そうなんだ」
衝動的に告白してしまったけど、おかげで妙にスッキリしていた。
私の中にあった深い霧が全て晴れわたり、どこまでもクリアに透き通っている。
「じゃあ、なにがダメ?」
「ダメってワケじゃないんだけど……」
村松くんが困っている。
私のことを考えてくれている。
彼の中に私がいることが、こんなにも嬉しい。
「すぐにとは言わないから、考えてみてくれないかな」
「……友達ってこと?」
「うん。それからでいい」
「……。分かった」
「ありがとう」
スマホの向こうにあるのは、どこまでも無音の世界で、私の目に見えているのは夕方の閑散としたホームでも、何も見えない暗闇に向かって話しかけている気分になる。
それでも私にとっては、大きな前進だ。
「じゃ、また明日。学校で」
「あぁ、……。はい」
数秒の間を置いて、向こうからプツリと通話を切ってくれた。
彼が切ってくれなかったら、私は未来永劫ここから動くことはなかっただろう。
よかった。
本当によかった。
安心したところで、家に帰る電車がホームに流れてきた。
ぐったりと気力を使い果たした体を引きずり、車内に乗り込む。
いつもなら座席が空いていても立って乗り過ごすのに、今日はそれが出来ないほど疲れ切っていた。
空いていた隙間を見つけ、そこに落ち着く。
怖かった。
なんて大胆なことをしたんだろうと、今さらながらまた体の芯が震えだす。
私からの告白の返事なんて、本当に何でもよかった。
彼女がいてもいなくても、速攻でフラれたとしても、SORAなら大丈夫。
彼女がいたなら友達になればよかったし、断られたとしても、ただのクラスメイトでいるより一歩近づける。
「友達から」という彼の答えは、私の望んだ結果として完璧だった。
「よかった……」
未だかつて感じたことのない大きな疲労感と、それに続く完全な安心に、私は電車に揺られる数駅の間にも、意識を失いかけていた。



