空の声が聞こえたら

私は顔をうつむけたまま、視線だけで村松くんを追った。
彼の使うスマホは手帳タイプのケースに収められていて、ずいぶん長い間使い続けているのか、ところどころ目立つほどすり切れている。

「そういえば、クラスの他のみんなは、練習とかどうしてるんだろうね。クラス対抗で得点決まるから、男子とか他のチームも練習頑張らないと……」
「今は私たちの話をしてんの!」

麻友がドンと机に拳を叩きつけた。
少し大きめの声に、一瞬教室が静かになったけど、すぐに周囲は平穏を取り戻す。
私は麻友よりも、村松くんが一瞬でもこちらに視線を向けたことの方が怖かった。

「私は千和がバスケ好きなんだと思ったから、バスケに立候補したのに」

麻友は突然、そんなありもしないことを口にすると、唇を尖らせ横を向いた。

「私、バスケが好きだとか言ったことあったっけ」
「だから、伝説のシュート対決!」

あぁ。
だからあの時はただ、回りの空気を壊さないために必死だっただけで……。

「私、それ以来千和と仲良くなったんだけど。もう忘れてるでしょ」

麻友の可愛い顔が、可愛らしくむくれる。
そんな細かいこと、覚えているワケがない。
それなのに、芽依まで麻友の味方をしてくる。

「あー。私も覚えてるよ。三人でめっちゃ盛り上がったんだよね」
「そうそう! 千和が一人で頑張ってるところに、最初に芽依が入って来て、それを見て私も一緒にやろうって思ったの!」

……。
なんとなく思い出した。
誰も授業に参加しないでダラダラしてて、最悪な雰囲気で。
一人でボールついてた私のところに、一番最初に来てくれた女の子が芽依だったっけ? 
それから段々と周囲の子たちもシュート対決に参加し始めて、そう言われれば、その中に麻友もいたような気がする。

「私、その時撮ったのをしばらくホーム画面にしてたのに」

麻友が自分のスマホを見せてくる。
確かにそこには、三人で顔を寄せ合って写した写真があった。
自分もそこに写っているのに、そんな記憶なんてどこにもなくて、知らない自分を見ているような気がする。
私が私じゃないみたい。

「もしかして、千和のスマホには残ってないのー? だったらぁー……。えい。送っちゃえ」

通知が来て、麻友は本気でその画像を私に飛ばしてきた。
麻友はそれだけのことに、満足したようだ。

「私、久々にこれをホームに設定しちゃおうかなー」
「だったらさ、いま新しいの撮ろうよ」

芽依がそう言って、三人の前にスマホを掲げた。
芽依と麻友に両方から挟まれ、私は押しつぶされている。

「ね、ヘン顔しよ」
「いいね」

でた。変顔。
私は芽依の掲げるスマホの下で、研究しつくした変顔パターン「その3」を出した。
自分の顔が可愛いなんて、ミリ単位ですら思っていない。
だから出来るだけ見栄えをよくしようと、普段から髪型とか制服の着こなしは頑張ってる。
それでもやっぱり可愛くはなれないし、誰がどう見たってまともな写真にならないの知ってるから、だからみんなワザとヘンな顔をして、それを誤魔化そうとしてるんだよね。
麻友は普通に可愛くて芽依は当たり前に美人だからそんなことする必要はないのに、普通以下の私にこのメンバーでのスリーショットはかなりキツい。

「撮るよー」

芽依のスマホ画面に、シャッターが切られるまでの秒数が表示される。
バカ丸出しの三人は、小さな画面に囚われたマヌケな囚人みたいだ。
それでもその檻の中にバランスよく収まるよう、私たちは内カメラを見ながら立ち位置を際限なく微調整する。
そうすることで、誰に見られても言い訳の出来る完璧な画像を作り出すことに成功した。

「あはは。楽しー。めっちゃいいの撮れたね」

麻友は今回の出来栄えに、満足したらしい。
芽依もまんざらでもなさそうだ。
こうやって色んなことをちゃんと分かったうえで、それが出来る人間を自分の周囲に置いておく。
それを「友達」というのなら、きっと私たちはいい友達同士なのだろう。

芽依から早速いま撮影したばかりの画像が送られてきた。

「ね、三人で同じホーム画面にしよ」
「うん!」

元気よくそう答え、私は見たくもない自分の顔をホーム画面に設定した。
変顔と言っても、麻友の可愛さはどれだけ崩しても変わらないし、芽依の美人顔はシンプルに強い。
私は自分のヘンな顔がさらに醜く歪められているのを見ると、心底気持ち悪くなったし本気で吐き気がするけど、これが流行だというのなら流されておくのが私にとっての正解でもある。

「あはは。千和のヘン顔、最高におもしろーい!」
「でしょ? 最近、新しいパターン作っておいたんだ」
「うん。いいよ、いいよ。ウケる」

麻友はその場で私の変顔をマネしてみせた。
芽依まで悪ノリして同じ顔をしている。
そんな顔の、何がいいのか本気で分かんない。

「ね、三人で同じ顔して撮ろ」

麻友が言うから、私たちはまたバカげた自分を小さな画面の世界に閉じ込める。
この画像、いつになったら消していいかな。
卒業したら? 
それとも、友達やめたら? 

笑ってくれたら正解でも、勝手に笑われている気分になる私が、悪いだけ。
これが友達の証明というのなら、そんなものはいらない。

「うちら、本当に仲いいよね」
「同じクラスになれてよかったぁー」
「奇跡だよね」

互いの絆を確認するように、同じ画像で統一されたスマホを見せ合う。
この画像、本当にホームにしないといけないのかな。
私は今日イチ最悪な気分で、スマホをポケットに落とす。

「そう、それで、今日の放課後ね。千和も練習に参加するってことで、陽菜に連絡しとくね」
「うん」

 本当は行きたくない。
それでも私は、断ることが出来ない。
全身を固くした私の耳に、教室のどこかにいる村松くんの声が微かに聞こえた。

「ゴメン。やっぱり私、今日はやめとく」
「え? どうして?」

今は球技大会なんかより、もっとずっと気になることがある。

「麻友が行きたいなら、一人で行ってくれば?」
「なんで私だけ?」
「だって……」
「千和、なんか行きたくない理由でもあったの?」

 それだけ麻友が不機嫌になっても、もうそんなことは関係ない。

「ゴメン。今日はちょっと、やっぱ無理かも。お母さんに買い物頼まれてること、思い出しちゃった」
「あー……」

麻友の目が、完全に私を疑っている。
芽依もきっと、とっさについた私の嘘を信じていない。

「……なら、しょうがないか」
「だね」

それでも麻友と芽依は、私の意志を尊重してくれた。

「てか、私も行けないから、あんま千和のこと言えないし」
「そっか。だよね。じゃあ私一人だけでも、行ってこよっかなー。どうせ暇だしすることないしー」

麻友は食べ終わったお弁当箱を片付けると、ムッとした顔でうつむいた。

「じゃあ今日は、一緒に帰れないねー。だって千和は、用事あるんでしょ」
「そうだね。ゴメンね」
「別にいいよ。そんな謝んなくても」

やった。上手くいった。
放課後芽依は即帰りして、麻友は陽菜たちとバスケの練習に行くなら、私は完全にフリーになる。
麻友はスマホ取りだすと、高速で画面をタップしている。
きっと私の悪口を陽菜たちに送っているんだろうけど、もはやそんなことすら気にならない。
滅多にないこのチャンスを、逃すわけにはいかない。

私は自分のスマホを取り出すと、勇気を出して村松くんの本アカを自分の表アカである「ちより」でフォローした。
かなり大胆であり得ない行為だけど、ずっと考えていたことだった。
いくら同じクラスとはいえ、あまり接点のない男子に近づこうと思ったら、今の私にはこの方法しかない。

思い切ってフォローボタンを押して、押した瞬間、体は彼を振り返っていた。
教室のベランダで男子と話していた村松くんが、私からの通知が届いたスマホをのぞき込む。

「えっ?」

そんな声が、彼の口元から漏れるのを見た。
顔を上げた彼と、私の目があう。
思わず会釈をしてしまった私に、彼も小さな会釈を返してくれたものの、すぐさま互いの視線を外した。

「どうしたの千和。村松くんがどうかした?」
「ううん、なんでもない……」

勘の鋭い麻友が、不思議そうに私を見ている。
芽依はメロンパンの最後のかけらをほおばりながら、彼を横目にくしゃりとビニールを握りつぶした。
私はいま、この世の誰よりも顔が赤くなっている自信がある。

「もしかして、恋しちゃった?」
「かもね」
「え? なに?」

私が顔をあげると、芽依は横を向いて「何でもない」と言い、麻友は小さな声で一言「ダル」と漏らした。

「ま、とりあえず、二人の欠席は私から陽菜に伝えとくよ」
「ありがとう、麻友。ゴメンね」
「よろしくー」

昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り、私は広げていた弁当箱を包み直した。
移動させていた机をガタガタと元の位置に戻し、騒ぐ鼓動を抑えきれないまま自分の席へ戻る。
前にはもう、村松くんが座っていた。
私は一呼吸、大きく息を吸い込み、呼吸を整える。