SORAが同じ学校にいる。
しかも同じ学年。
その可能性に気づいてから、学校に登校する度に緊張している。
朝の支度段階でいつも以上に髪型に気を遣ったし、制服にもコロコロの粘着テープをかけて丁寧にホコリをとった。
まずはmahitukiのアカウントに載っている、最新の学校画像がどの場所から撮られたものなのかを特定したい。
その場所を気にしていれば、遭遇する可能性も高くなるだろう。
「おはよう」
教室に入ると、いつものように完璧な女の子の姿をした麻友が、私に挨拶をしてきた。
彼女はセットされた黒髪をかきあげ、私の前の席に腰を下ろす。
「千和さぁ、なんで昨日のライン、返事くれなかったの」
「ライン? えー。ゴメン」
昨日はSORAの本アカについて色々と調べたり考えたりしてて、それ以外のことはほとんど記憶にない。
スマホを開くと、確かに麻友からメッセージが送られてきていた。
おやすみの挨拶と、それに続くスタンプのやりとりが一回ずつ。
「……。返事、してるよね」
「もっと話したいことがあったのに」
「え? なに? それって、いま話せる?」
「もういい。済んだから」
「い、いいの?」
「だって、千和からそれ以上返ってこなかったんだもん。モヤモヤしてるけど、自分で終わらせた」
そんな理由で怒られても、さすがに無理すぎない?
スタンプの返事はスタンプで返してる。
その後に麻友から謎に一個だけの星の絵文字が送られ来てたけど、それにまで返事を返さないといけない必要性があった?
「おやすみって麻友の方から来てたから、もう終わりだと思ってた」
「へー。千和って、そういう感じだったんだ」
麻友の顔が怒っている。
それは分かったけど、なぜ怒っているのかが分からない。
「え、麻友ゴメン」
「いいよ。別に」
朝のホームルームを知らせる予鈴が鳴り、私の前の席に座る村松くんが戻ってきた。
席を交代するため、麻友は立ち上がる。
「放課後、バスケの練習するでしょ」
「あ、うん」
「またその時ね」
麻友が席を譲るのを待って、本来の主である村松くんが自分の席につく。
彼の手に握られていたスマホの画面が、見るともなく自然と私の視界に入ってきた。
「え!」
彼が開いていたのは、SORAのプロフィール画面だった。
それは一瞬の出来事だったけれど、見慣れた画面だから間違いない。
思わず漏れた声に、村松くんが振り返った。
「ん? なに?」
前の席に座る村松くんが、私を見下ろす。
動かした視線の先にある彼のスマホ画面には、mahitukiのタイムラインが表示されている。
証拠としては、それで十分だ。
彼がmahitukiなのは、間違いない。
そのmahitukiのアカウントで、彼はSORAの画面を開いていた。
「ううん……。何でもない……」
全身から汗が噴き出し、頭もクラクラしてきた。
早すぎる鼓動に息が苦しくなって、私は自分の口元を手で覆う。
村松葉月くん。
背は高くて、がっしりした体格をしている。
明るくて気さくに誰とでも話す、普通に感じの悪くない男の子だ。
二年生になって席が前後になってから、時々話すようになった。
といっても挨拶と必要連絡事項に合わせた軽い雑談程度で、特に印象に残っている内容はない。
まさか彼がSORA自身だったなんて、全然気づかなかった……。
担任が教室に現れ、朝のホームルームが始まる。
授業中は許されない行為だけど、ホームルームの間は見逃されているスマホを握り締める。
私はmahitukiのプロフ画面を開いた。
どうしよう。
SORAをフォローしている「けだま」という私のサブアカウントから、村松くんの本アカであるmahitukiにメッセージを送ってもいいけど、なんて送る?
「こんにちは」? 「初めまして」?
無言フォローしたって悪くはないけど、フォローをすれば通知がいく。
サブアカの「けだま」では、私とは分からないだろう。
クラスの複数人が知っている、自分の本アカで村松くんの本アカであるmahitukiをフォローしてもよかったけど、それだと私の方からいきなり彼との距離を詰めるようで、不自然でしかない。
SORAのアカウントが彼の本アカではなく、サブアカであることも意識しなければならない。
そこを無視しては、絶対にダメ。
どうしよう。
目の前にある背中に、声をかけることが出来ない。
到底届かないと思っていた存在が、すぐそこにあるのに。
聞きたいことや話したいことが山ほどあったはずなのに、何ひとつ思い出せない。
先生の配布する学校行事の連絡プリントが、前の席から順番に回ってきた。
村松くんは私に背を向けたまま、肩越しにプリントの束を差し出す。
これまで全く意識なんてしていなかったのに、それを受け取ることすら緊張してしまっている。
なかなか受け取れないでいる私を、彼は振り返った。
「はい。プリント」
「あ、ゴメンね」
私はこれまで、まともに彼の顔を見たことがあっただろうか。
彼がSORAだと意識した瞬間、全身にとんでもない緊張が走っている。
こわごわと腕を伸ばし、取りこぼさないよう万全の注意を払って、紙の束を受け取った。
今までに何度もあったこの何気ないやりとりは、彼にとって本当になんでもないことで、私と同じ制服を来た腕は、すぐに前を向いてしまった。
話しかけるきっかけがほしいけど、それすら思いつかない。
ホームルームが終わって一時間目の授業が始まり、十分の休み時間を経てすぐに次の授業が始まる。
私はいつものように麻友や芽依たちと集まって何となく時間を過ごし、一度でいいから会ってみたいと心の底から思っていた本人を前にして、何も出来ないでいる。
「ねぇ、千和。聞いてる? さっきからずっと上の空だよ」
「えっ?」
不意に麻友の声が耳元に響いた。
お昼休み、芽依と三人でくっつけた机の上には、それぞれのお弁当が三者三様に広げられていた。
「ゴメン。聞いてるよ。放課後の、バスケの練習の話でしょ」
そういえば、村松くんはなんの競技に出るんだったっけ。
そんなことも、気にしたことなかった。
「陽菜がさ、今日の練習取れなかったって言ってて」
「うん」
私は小さなお弁当箱に詰められた、冷食のミニハンバーグに箸を通す。
男子って、なんの競技があったっけ。
バレーとバスケとサッカーと、テニスか。
そういえば、バレーボールに決まっていたような気がしてきた。
「だから今日は、陽菜の知ってる近くの公園でやろうかなって」
「あー。私、今日は無理」
芽依はコンビニで買ってきた菓子パンに、がぶりとかじりついた。
「弟が熱だして学校休んでて。早く帰れって言われてる」
「弟くん、小学二年生なんだっけ」
「そ。普段はすんげーやんちゃなのに熱出して倒れててさ、親に面倒見るよう頼まれちゃった」
そういう理由なら、さすがの麻友もふてくされはするものの無理強いすることは出来ない。
「じゃあ芽依は来れないってこと?」
「だね。悪いけど」
「えー。どうする千和」
そんなことを聞かれても、芽依が行かないのなら私も行かない。
「芽依が来れないなら、練習になんないよね」
「私は行ってこようかな」
「麻友が?」
「うん」
麻友はカニカマとほうれん草の入っただし巻き卵を、パクリと口に放りこんだ。
「千和はおいでよ。選手なんだから」
「私は……」
麻友や、同じクラスの同級生とはいえ、あまりよく知らない陽菜たちに囲まれて気を遣うより、早く家に帰りたい。
「女の子」であることを前面に出さない芽依が行かないのなら、なおさら居心地も悪い。
だけど……。
「行った方がいいよね。私は選手なんだし」
「そうだよ! 千和が頑張んなきゃ、どうすんの」
だけど、わざわざ練習になんて行くのいやだな。
面倒くさい。
選手の私より、麻友の方がずっとやる気がある。
だったらもう、麻友が選手をやればいいのに。
私はお弁当箱の中から箸で引き抜いた冷凍ハンバーグを、口の中に放りこむ。
既製品のハンバーグはいつどんな時に食べても同じ味がするから、安心する。
廊下を歩く、村松くんの姿が見えた。
彼は友達と楽しそうに話しながら教室へ戻ってくると、自分たちの席近くで陣取る。
何か話すきっかけをつくるとしたら、そういう意味では丁度いいのかもしれない。
「……私も、頑張ろうかな。もっと。球技大会」
「そうだよ千和! ちゃんとやる気出して!」
麻友のやる気なんて、正直どうでもいい。
そんなことよりも、今すぐに確かめなければならない、もっと大切なことがある。
しかも同じ学年。
その可能性に気づいてから、学校に登校する度に緊張している。
朝の支度段階でいつも以上に髪型に気を遣ったし、制服にもコロコロの粘着テープをかけて丁寧にホコリをとった。
まずはmahitukiのアカウントに載っている、最新の学校画像がどの場所から撮られたものなのかを特定したい。
その場所を気にしていれば、遭遇する可能性も高くなるだろう。
「おはよう」
教室に入ると、いつものように完璧な女の子の姿をした麻友が、私に挨拶をしてきた。
彼女はセットされた黒髪をかきあげ、私の前の席に腰を下ろす。
「千和さぁ、なんで昨日のライン、返事くれなかったの」
「ライン? えー。ゴメン」
昨日はSORAの本アカについて色々と調べたり考えたりしてて、それ以外のことはほとんど記憶にない。
スマホを開くと、確かに麻友からメッセージが送られてきていた。
おやすみの挨拶と、それに続くスタンプのやりとりが一回ずつ。
「……。返事、してるよね」
「もっと話したいことがあったのに」
「え? なに? それって、いま話せる?」
「もういい。済んだから」
「い、いいの?」
「だって、千和からそれ以上返ってこなかったんだもん。モヤモヤしてるけど、自分で終わらせた」
そんな理由で怒られても、さすがに無理すぎない?
スタンプの返事はスタンプで返してる。
その後に麻友から謎に一個だけの星の絵文字が送られ来てたけど、それにまで返事を返さないといけない必要性があった?
「おやすみって麻友の方から来てたから、もう終わりだと思ってた」
「へー。千和って、そういう感じだったんだ」
麻友の顔が怒っている。
それは分かったけど、なぜ怒っているのかが分からない。
「え、麻友ゴメン」
「いいよ。別に」
朝のホームルームを知らせる予鈴が鳴り、私の前の席に座る村松くんが戻ってきた。
席を交代するため、麻友は立ち上がる。
「放課後、バスケの練習するでしょ」
「あ、うん」
「またその時ね」
麻友が席を譲るのを待って、本来の主である村松くんが自分の席につく。
彼の手に握られていたスマホの画面が、見るともなく自然と私の視界に入ってきた。
「え!」
彼が開いていたのは、SORAのプロフィール画面だった。
それは一瞬の出来事だったけれど、見慣れた画面だから間違いない。
思わず漏れた声に、村松くんが振り返った。
「ん? なに?」
前の席に座る村松くんが、私を見下ろす。
動かした視線の先にある彼のスマホ画面には、mahitukiのタイムラインが表示されている。
証拠としては、それで十分だ。
彼がmahitukiなのは、間違いない。
そのmahitukiのアカウントで、彼はSORAの画面を開いていた。
「ううん……。何でもない……」
全身から汗が噴き出し、頭もクラクラしてきた。
早すぎる鼓動に息が苦しくなって、私は自分の口元を手で覆う。
村松葉月くん。
背は高くて、がっしりした体格をしている。
明るくて気さくに誰とでも話す、普通に感じの悪くない男の子だ。
二年生になって席が前後になってから、時々話すようになった。
といっても挨拶と必要連絡事項に合わせた軽い雑談程度で、特に印象に残っている内容はない。
まさか彼がSORA自身だったなんて、全然気づかなかった……。
担任が教室に現れ、朝のホームルームが始まる。
授業中は許されない行為だけど、ホームルームの間は見逃されているスマホを握り締める。
私はmahitukiのプロフ画面を開いた。
どうしよう。
SORAをフォローしている「けだま」という私のサブアカウントから、村松くんの本アカであるmahitukiにメッセージを送ってもいいけど、なんて送る?
「こんにちは」? 「初めまして」?
無言フォローしたって悪くはないけど、フォローをすれば通知がいく。
サブアカの「けだま」では、私とは分からないだろう。
クラスの複数人が知っている、自分の本アカで村松くんの本アカであるmahitukiをフォローしてもよかったけど、それだと私の方からいきなり彼との距離を詰めるようで、不自然でしかない。
SORAのアカウントが彼の本アカではなく、サブアカであることも意識しなければならない。
そこを無視しては、絶対にダメ。
どうしよう。
目の前にある背中に、声をかけることが出来ない。
到底届かないと思っていた存在が、すぐそこにあるのに。
聞きたいことや話したいことが山ほどあったはずなのに、何ひとつ思い出せない。
先生の配布する学校行事の連絡プリントが、前の席から順番に回ってきた。
村松くんは私に背を向けたまま、肩越しにプリントの束を差し出す。
これまで全く意識なんてしていなかったのに、それを受け取ることすら緊張してしまっている。
なかなか受け取れないでいる私を、彼は振り返った。
「はい。プリント」
「あ、ゴメンね」
私はこれまで、まともに彼の顔を見たことがあっただろうか。
彼がSORAだと意識した瞬間、全身にとんでもない緊張が走っている。
こわごわと腕を伸ばし、取りこぼさないよう万全の注意を払って、紙の束を受け取った。
今までに何度もあったこの何気ないやりとりは、彼にとって本当になんでもないことで、私と同じ制服を来た腕は、すぐに前を向いてしまった。
話しかけるきっかけがほしいけど、それすら思いつかない。
ホームルームが終わって一時間目の授業が始まり、十分の休み時間を経てすぐに次の授業が始まる。
私はいつものように麻友や芽依たちと集まって何となく時間を過ごし、一度でいいから会ってみたいと心の底から思っていた本人を前にして、何も出来ないでいる。
「ねぇ、千和。聞いてる? さっきからずっと上の空だよ」
「えっ?」
不意に麻友の声が耳元に響いた。
お昼休み、芽依と三人でくっつけた机の上には、それぞれのお弁当が三者三様に広げられていた。
「ゴメン。聞いてるよ。放課後の、バスケの練習の話でしょ」
そういえば、村松くんはなんの競技に出るんだったっけ。
そんなことも、気にしたことなかった。
「陽菜がさ、今日の練習取れなかったって言ってて」
「うん」
私は小さなお弁当箱に詰められた、冷食のミニハンバーグに箸を通す。
男子って、なんの競技があったっけ。
バレーとバスケとサッカーと、テニスか。
そういえば、バレーボールに決まっていたような気がしてきた。
「だから今日は、陽菜の知ってる近くの公園でやろうかなって」
「あー。私、今日は無理」
芽依はコンビニで買ってきた菓子パンに、がぶりとかじりついた。
「弟が熱だして学校休んでて。早く帰れって言われてる」
「弟くん、小学二年生なんだっけ」
「そ。普段はすんげーやんちゃなのに熱出して倒れててさ、親に面倒見るよう頼まれちゃった」
そういう理由なら、さすがの麻友もふてくされはするものの無理強いすることは出来ない。
「じゃあ芽依は来れないってこと?」
「だね。悪いけど」
「えー。どうする千和」
そんなことを聞かれても、芽依が行かないのなら私も行かない。
「芽依が来れないなら、練習になんないよね」
「私は行ってこようかな」
「麻友が?」
「うん」
麻友はカニカマとほうれん草の入っただし巻き卵を、パクリと口に放りこんだ。
「千和はおいでよ。選手なんだから」
「私は……」
麻友や、同じクラスの同級生とはいえ、あまりよく知らない陽菜たちに囲まれて気を遣うより、早く家に帰りたい。
「女の子」であることを前面に出さない芽依が行かないのなら、なおさら居心地も悪い。
だけど……。
「行った方がいいよね。私は選手なんだし」
「そうだよ! 千和が頑張んなきゃ、どうすんの」
だけど、わざわざ練習になんて行くのいやだな。
面倒くさい。
選手の私より、麻友の方がずっとやる気がある。
だったらもう、麻友が選手をやればいいのに。
私はお弁当箱の中から箸で引き抜いた冷凍ハンバーグを、口の中に放りこむ。
既製品のハンバーグはいつどんな時に食べても同じ味がするから、安心する。
廊下を歩く、村松くんの姿が見えた。
彼は友達と楽しそうに話しながら教室へ戻ってくると、自分たちの席近くで陣取る。
何か話すきっかけをつくるとしたら、そういう意味では丁度いいのかもしれない。
「……私も、頑張ろうかな。もっと。球技大会」
「そうだよ千和! ちゃんとやる気出して!」
麻友のやる気なんて、正直どうでもいい。
そんなことよりも、今すぐに確かめなければならない、もっと大切なことがある。



