麻友と二人になった私は、一言も交わすことなく混雑するホームに立った。
麻友はブレザーのポケットからスマホを取り出すと、画面に釘付けになっている。
陽菜と違って、私とは別に話すこともないらしい。
私だって麻友と特に話したいことがあるわけでもないけど、他の子たちとの扱いの違いに呆れてしまう。
だからといって、構ってほしいワケでもないんだけど。
手持ち無沙汰になった私もスマホを開く。
ホームにかかる屋根の隙間からオレンジ色に染まる空が見えて、それをカメラに収めた。
自分だけのアカウントに、さっそくその空の画像をあげる。
『帰り道の空です。私と違ってきれい』
対して興味もないけれど、ヒマ潰しにスマホの中の見るべきところを一通りチェックしてから、SORAのプロフィール画面を開く。
この人のタイムラインには、いつもと同じように青く澄んだ空が並んでいた。
『この体を捨て、いつか空と一つになりたい』
シンプルな言葉一つに、簡単に涙を誘発される。
私もこんな自分を捨て、空と一つになりたい。
自分で自分のことがイヤすぎる。
SORAと私は同じだ。
同じ空を見ているのなら、きっと私とSORAはいつか空と一つになれる。
SORAがそこにあるのなら、私が今ここにいる理由になる。
同じ痛みに耐えた日々を、同じ空を見ながら分かち合えるのなら、いつか私も他の誰かと分かり合える日がくるのかもしれない。
『私もSORAさんと同じ気持ちです。この空に溶けてしまいたくなる時があります』
書き込んだ内容を、思い切って送信する。
SORAのあげる画像に私のコメントがついた。
たった一つしかないその書き込みが、とても大切で特別なもののように感じる。
これは唯一、私とSORAが繋がっている証。
「電車来たよー」
麻友の声に、ハッと我に返る。
麻友は視線をスマホに向けたまま、ただ声を出していただけだった。
私は抱えた秘密をこっそりポケットの底に沈める。
ホームに滑り込む長い長い車列が、世界を切り替える境界線のように感じた。
この電車に乗れば、今ある景色も変わる。
乗車してからも麻友は相変わらずで、ほぼ満員の電車に揺られながら、私たちは小さな画面ばかりを見て何も話さないまま乗り換えの駅に下りた。
「じゃ」
「うん」
寂しいとか、つまらないとか、そういう感情はもう忘れた。
友達であっても友達じゃないなんて当たり前。
本当に仲がよくて何でも話せる気の合う友達だなんて、少なくとも私は見たことないし、会ったこともない。
麻友と別れ、乗り換えの電車に乗ると、もう一度スマホを開く。
現実に親友はいなくても、ネットの中になら信頼出来る人がいる。
それくらいの距離感で、決して出会うこともない知らない人たちの方が気楽でいい。
少なくとも、私は私じゃない自分でいられる。
軽い振動に身を任せながらスマホを開くと、誰かが私のあげたばかりの夕焼けに、イイネをつけてくれていた。
mahitukiというアカウントだ。
アイコンは清んだ青い空。
誰だろう。
すぐにそのアイコンをタップして、プロフィールを確認する。
「ウソ……」
同じ学校の男子だ。
顔は出していないけど、制服と所々に映る校舎や中庭の様子、教室の雰囲気と体操服で分かる。
誰なのか個人は特定出来ないけど、確実にうちの学校の生徒だ。
彼のタイムラインを必死でさかのぼると、クラスまでは分からないけど、同学年であるところまでは突き止めた。
誰? てゆーか、私のサブアカがバレた?
私がSORAを見ているアカウントは、「けだま」という名前で登録しているアカウントだ。
そのサブアカに載せた画像とコメントを、死に物狂いで確認する。
このサブアカは、本アカ以上に身バレしないよう細心の注意を払って動かしていたから、同じ学校だと分かるものはないはずだ。
本当に空の画像しか載せていないし、校舎なんかも極力映らないようにしている。
「ちょ、待って……」
違う。
今あげたばかりの夕焼けの画像。
そこに写り込んでいるのは、プラットホームにかかるトタン屋根だ。
なにげないよくある駅舎の一部でも、知っている人が見れば最寄りの駅だって分かる?
そこから、同じ学校だってバレた?
てゆーか、そんなことよりも……。
彼のプロフィール画面の方が問題だった。
mahitukiは、SORAのアカウントをフォローしていた。
そして、SORAもmahitukiをフォローしている。
相互フォローだ。
SORAをフォローしているアカウントで、実質的に動いているのは、私のサブアカとこのmahitukiというアカウントしかいない。
そのmahitukiも、空の画像をあげていた。
SORAの本アカが、mahituki?
これまでフォロワーなんてチェックしたことなかったけど、サブアカを本アカでフォローしていても不思議じゃない。
まさかこんな近くにヒントがあったなんて……。
mahitukiのタイムラインを、舐めるように見て回る。
同じ学校の同学年の男子ということしか、やっぱり分からない。
何組なの? どこで撮影してる?
もしかして廊下ですれ違ってた?
どこにいるの? あなたは一体、誰!
スマホに夢中になりすぎて、降りる駅を乗り過ごすところだった。
頭は真っ白で、体がふわふわと宙に浮いている。
自分の部屋にまで、どうやって帰ったのかすら記憶にない。
ご飯もお風呂も上の空で、体の芯はずっと震えていた。
SORAをフォローしている私のサブアカは、学校関係の人やリアルな知り合いは誰一人いない、完全なサブアカだから、多分身バレすることはないだろう。
問題はmahitukiのアカウントだ。
彼のアカウントは間違いなく彼自身の本アカで、フォローにもフォロワーにも、同じ久坂高校と思われる生徒のアカウントが並んでいる。
自分の全身が心臓みたいに脈打っている。
胸の鼓動が、世界中に鳴り響いている。
こんな近くに本人がいるかもなんて、想像すらしていなかった。
SORAがどんな人か見てみたい。
会って話してみたい。
いや、遠くからこっそりでいい、どんな人なのかのぞいてみたい。
近づかなくていい、そこに本当にいるんだという、存在だけでも確認したい。
「何でもっと早く気づかなかったんだろう……」
一人で浮かれて、バカみたいだ。
中学を卒業し、高校に入学したくらいの時から、ずっとSORAのアカウントをフォローしていたのに。
どれだけの時間を無駄にしていたんだろう。
もしかしたら、向こうはとっくに私に気づいてた?
それで、「けだま」が私だと知って、あえて近づかないようにしてる?
もしそうだとしたら、自分はこれまで、どれだけバカで恥ずかしくてみっともないことをしていたんだろう。
到底彼と顔を合わす自信なんてない。
それでも、自分の正体がバレる危険より、彼を探し出したい気持ちの方が大きい。
嫌われててもいい。
避けられてても構わない。
たとえSORA本人がどんな人だったとしても、私は彼の本当の心を知っているから、怖くはない。
自分の正体がバレてもいい。
彼のことを知りたい。
SORAのタイムラインを開く。
私の手の平に、彼の本心が並ぶ。
これらの叫びが放たれた源を、私はどうしても見てみたいと思った。
麻友はブレザーのポケットからスマホを取り出すと、画面に釘付けになっている。
陽菜と違って、私とは別に話すこともないらしい。
私だって麻友と特に話したいことがあるわけでもないけど、他の子たちとの扱いの違いに呆れてしまう。
だからといって、構ってほしいワケでもないんだけど。
手持ち無沙汰になった私もスマホを開く。
ホームにかかる屋根の隙間からオレンジ色に染まる空が見えて、それをカメラに収めた。
自分だけのアカウントに、さっそくその空の画像をあげる。
『帰り道の空です。私と違ってきれい』
対して興味もないけれど、ヒマ潰しにスマホの中の見るべきところを一通りチェックしてから、SORAのプロフィール画面を開く。
この人のタイムラインには、いつもと同じように青く澄んだ空が並んでいた。
『この体を捨て、いつか空と一つになりたい』
シンプルな言葉一つに、簡単に涙を誘発される。
私もこんな自分を捨て、空と一つになりたい。
自分で自分のことがイヤすぎる。
SORAと私は同じだ。
同じ空を見ているのなら、きっと私とSORAはいつか空と一つになれる。
SORAがそこにあるのなら、私が今ここにいる理由になる。
同じ痛みに耐えた日々を、同じ空を見ながら分かち合えるのなら、いつか私も他の誰かと分かり合える日がくるのかもしれない。
『私もSORAさんと同じ気持ちです。この空に溶けてしまいたくなる時があります』
書き込んだ内容を、思い切って送信する。
SORAのあげる画像に私のコメントがついた。
たった一つしかないその書き込みが、とても大切で特別なもののように感じる。
これは唯一、私とSORAが繋がっている証。
「電車来たよー」
麻友の声に、ハッと我に返る。
麻友は視線をスマホに向けたまま、ただ声を出していただけだった。
私は抱えた秘密をこっそりポケットの底に沈める。
ホームに滑り込む長い長い車列が、世界を切り替える境界線のように感じた。
この電車に乗れば、今ある景色も変わる。
乗車してからも麻友は相変わらずで、ほぼ満員の電車に揺られながら、私たちは小さな画面ばかりを見て何も話さないまま乗り換えの駅に下りた。
「じゃ」
「うん」
寂しいとか、つまらないとか、そういう感情はもう忘れた。
友達であっても友達じゃないなんて当たり前。
本当に仲がよくて何でも話せる気の合う友達だなんて、少なくとも私は見たことないし、会ったこともない。
麻友と別れ、乗り換えの電車に乗ると、もう一度スマホを開く。
現実に親友はいなくても、ネットの中になら信頼出来る人がいる。
それくらいの距離感で、決して出会うこともない知らない人たちの方が気楽でいい。
少なくとも、私は私じゃない自分でいられる。
軽い振動に身を任せながらスマホを開くと、誰かが私のあげたばかりの夕焼けに、イイネをつけてくれていた。
mahitukiというアカウントだ。
アイコンは清んだ青い空。
誰だろう。
すぐにそのアイコンをタップして、プロフィールを確認する。
「ウソ……」
同じ学校の男子だ。
顔は出していないけど、制服と所々に映る校舎や中庭の様子、教室の雰囲気と体操服で分かる。
誰なのか個人は特定出来ないけど、確実にうちの学校の生徒だ。
彼のタイムラインを必死でさかのぼると、クラスまでは分からないけど、同学年であるところまでは突き止めた。
誰? てゆーか、私のサブアカがバレた?
私がSORAを見ているアカウントは、「けだま」という名前で登録しているアカウントだ。
そのサブアカに載せた画像とコメントを、死に物狂いで確認する。
このサブアカは、本アカ以上に身バレしないよう細心の注意を払って動かしていたから、同じ学校だと分かるものはないはずだ。
本当に空の画像しか載せていないし、校舎なんかも極力映らないようにしている。
「ちょ、待って……」
違う。
今あげたばかりの夕焼けの画像。
そこに写り込んでいるのは、プラットホームにかかるトタン屋根だ。
なにげないよくある駅舎の一部でも、知っている人が見れば最寄りの駅だって分かる?
そこから、同じ学校だってバレた?
てゆーか、そんなことよりも……。
彼のプロフィール画面の方が問題だった。
mahitukiは、SORAのアカウントをフォローしていた。
そして、SORAもmahitukiをフォローしている。
相互フォローだ。
SORAをフォローしているアカウントで、実質的に動いているのは、私のサブアカとこのmahitukiというアカウントしかいない。
そのmahitukiも、空の画像をあげていた。
SORAの本アカが、mahituki?
これまでフォロワーなんてチェックしたことなかったけど、サブアカを本アカでフォローしていても不思議じゃない。
まさかこんな近くにヒントがあったなんて……。
mahitukiのタイムラインを、舐めるように見て回る。
同じ学校の同学年の男子ということしか、やっぱり分からない。
何組なの? どこで撮影してる?
もしかして廊下ですれ違ってた?
どこにいるの? あなたは一体、誰!
スマホに夢中になりすぎて、降りる駅を乗り過ごすところだった。
頭は真っ白で、体がふわふわと宙に浮いている。
自分の部屋にまで、どうやって帰ったのかすら記憶にない。
ご飯もお風呂も上の空で、体の芯はずっと震えていた。
SORAをフォローしている私のサブアカは、学校関係の人やリアルな知り合いは誰一人いない、完全なサブアカだから、多分身バレすることはないだろう。
問題はmahitukiのアカウントだ。
彼のアカウントは間違いなく彼自身の本アカで、フォローにもフォロワーにも、同じ久坂高校と思われる生徒のアカウントが並んでいる。
自分の全身が心臓みたいに脈打っている。
胸の鼓動が、世界中に鳴り響いている。
こんな近くに本人がいるかもなんて、想像すらしていなかった。
SORAがどんな人か見てみたい。
会って話してみたい。
いや、遠くからこっそりでいい、どんな人なのかのぞいてみたい。
近づかなくていい、そこに本当にいるんだという、存在だけでも確認したい。
「何でもっと早く気づかなかったんだろう……」
一人で浮かれて、バカみたいだ。
中学を卒業し、高校に入学したくらいの時から、ずっとSORAのアカウントをフォローしていたのに。
どれだけの時間を無駄にしていたんだろう。
もしかしたら、向こうはとっくに私に気づいてた?
それで、「けだま」が私だと知って、あえて近づかないようにしてる?
もしそうだとしたら、自分はこれまで、どれだけバカで恥ずかしくてみっともないことをしていたんだろう。
到底彼と顔を合わす自信なんてない。
それでも、自分の正体がバレる危険より、彼を探し出したい気持ちの方が大きい。
嫌われててもいい。
避けられてても構わない。
たとえSORA本人がどんな人だったとしても、私は彼の本当の心を知っているから、怖くはない。
自分の正体がバレてもいい。
彼のことを知りたい。
SORAのタイムラインを開く。
私の手の平に、彼の本心が並ぶ。
これらの叫びが放たれた源を、私はどうしても見てみたいと思った。



