芽依の投げたパスが、私の胸の前に飛んできた。
それを受け取りドリブルで走り出した私の前に、麻友が立ちはだかる。
クイックターンで普通にかわそうとしてるのに、麻友は容赦なく体をぶつけてきた。
なんでそんな邪魔するの?
私にここでも引き立て役になれってこと?
カットされないよう麻友の脇腹に肩を入れ背を向ける。
シュートしようと飛び上がった私の下で、麻友も手を伸ばした。
「ナイスカット!」
麻友の指先に弾かれたボールは、玲奈へ回った。
「や~ん。偶然上手くいった~」
「あはははは。麻友、かわいー」
「上手かったよー」
玲奈と美琴と、両手で可愛くハイタッチを交わす麻友を見ながら、私は顎に流れる汗を拭った。
やっぱり麻友って、ムカつく。
彼女に貼ってもらった絆創膏は、もうとっくにくしゃくしゃになっていた。
それを剥がしスカートのポケットへ突っ込むと、試合を再開する。
麻友だって、本気だしたら上手いくせに。
いつも自分だけが弱いフリをしてカワイ子ぶってるのがムカつく。
どれだけ髪をイジったって、目元を大きく見せるメイクしてたって、その性格の悪さは誤魔化せないのに。
麻友は勝てないと分かっている芽依には、最初から厳しい当たりをしてこない。
狙われるのは、私か愛未だ。
愛未が芽依に通そうとしたパスが、玲奈にカットされた。
こぼれ球をすかさず拾った麻友が、素早く美琴にパスを回す。
あっという間に攻守交代となった。
「麻友、結構上手いよね」
私たちの練習を見ていたバスケ部の陽菜が、ついにそんなことをこぼした。
「ヤダ、やめてそういうこと言うのー」
麻友は困ったように眉をしかめたけれど、当然といった表情を崩しはしない。
麻友が私をマークするというのなら、私も負けるつもりはない。
「次でラストねー」
コート脇には次の練習枠を確保している、他のチームのメンバーがすでに集まっていた。
玲奈の投げたボールが、美琴に渡る。
美琴はドリブルをしながら、コート内での配置を確認していた。
私は美琴から目を離さないようにしながら、麻友と玲奈、味方の芽依と愛未の動きを予測する。
美琴はきっと、麻友にパスを投げる。
麻友がドリブルで場面を動かし、このチームで一番背の高い玲奈がゴール下に回り込んだところで、麻友から玲奈へパスが飛んでシュートだ。
想通り、美琴は麻友にパスを送った。
「ナイス、パス!」
玲奈が走り出す。
ゴール下で片手をあげ、麻友にパスを要求した。
それを察知した芽依と私は、玲奈のマークに走る。
愛未が一人麻友に向かっていった。
「美琴!」
麻友はパスを受け取り立ち止まったまま、もう一度美琴にパスを送る仕草をみせる。
麻友と美琴のパスラインに割り込もうとした愛未を、麻友はさっと見送った。
「あっ」
気づいた時には、麻友はマークする二人をすり抜け、伸び上がった腕と体が宙に浮かんでいる。
「ナイシュー!」
ゴール下で見ていた陽菜が飛び上がる。
私は麻友が地面に着地する姿をスローモーションで見ていた。
ゴールを突き抜けたボールが、パシンと甲高い音をたてて地面から跳ね上がる。
周囲にいた観客からも、感嘆とまばらな拍手がこぼれた。
「麻友、すごーい!」
駆け寄った陽菜が麻友に抱きつくと、麻友は陽菜と手に手を取り合いはしゃぎ始める。
「あはは! 先読みしたのが当たっちゃった!」
「凄いよ麻友、才能あるかもー!」
玲奈や愛未たちまで集まって、皆が麻友を褒め称えた。
「え、もしかして経験者だった?」
「そんなんじゃないってぇ!」
「今からでもバスケ部入る?」
「うそ、それはさすがに言い過ぎー」
麻友が自慢げに私を振り返る。
その視線に気づいていながらも、私はそれを無視し、まとめて置かれた荷物に手を伸ばす。
「交代の時間だから。動かないと」
麻友は私の隣に並ぶと、華麗なシュートを決めたばかりの腕を自分の鞄に伸ばした。
「だよねー。邪魔だよね。迷惑かかっちゃう。さっさと退かないと。ねー千和!」
麻友の目が細く長く微笑み、私はその笑みに負けないくらい細くした目を、にっこりと頬骨の上にたたえる。
「ホントだよー。また怒られちゃうからー」
帰り道は、当然麻友が話題の中心になった。
まだ明るい午後の歩道を、ダラダラと女子だけでかたまって歩く。
ちょっとシュートが上手く入ったくらいで、ちやほやされ浮かれて調子乗ってる麻友がくだらなさすぎて、バカらしくて、子供っぽくてつまらない。
これが球技大会本番の試合中の出来事なら私だって素直に喜べるし、褒めちぎることも出来るけど、練習でのことだし、そもそも麻友は選手でもない。
なのに、何をそんなにかまうことある?
麻友を中心に、両脇を陽菜と玲奈がはさみ、すぐ後ろを愛未と美琴が歩いている。
この五人はずっと騒ぎながらぺちゃくちゃしゃべってるけど、最後尾で自転車を押す芽依と並んで歩いている私には、一切会話に入ることが出来なかった。
「じゃ、私こっちだから」
ずっと無言で歩いていた芽依が足を止め、脇道に逸れた。
自転車へまたがる彼女に、全員が手をふる。
「ばいばーい」
「またね」
芽依がいなくなって、私一人が本当に浮いてしまった。
後ろを歩いていた愛未と美琴の隣にはさすがに並べさせてくれたけど、私はにこにこ笑って彼女たちの話にあいづちを打つだけで、会話に入ることは許されていない。
遠慮しなきゃ。
だって私は、ここでは部外者なんだから。
大きな幹線道路に添えられた歩道を歩く私たちを、沢山の車が次々と追い越してゆく。
春も終わりの空は、もう生ぬるい。
目の前を歩く麻友は黒髪のテッペンにかわいいリボンをつけ、ネットで検索すればいくらでも出てくるような女子高生をしていた。
革靴に膝下までの紺の靴下をはいて、短いチェックのスカートと制服のブレザー。
サブバックにつけてるグッズまで完璧。
ここにいる他の五人もみんな同じような格好をしているけれど、どうみたって麻友の可愛さには敵わない。
芽依は顔は綺麗だし背も高い美人だけど、素のままでいるから女子力という意味での能力値は高くない。
女の子の中の女の子って、麻友みたいな子のことをいうんだと思う。
「じゃあまたねー」
「また明日ー」
駅に着いて、バスで帰宅組の美琴と愛未がいなくなり、別路線の電車に乗るとかいう玲奈も消え、ついに私は一人になってしまった。
麻友と陽菜がまだ残っているけど、この二人みたいな一軍女子に挟まれて、誰かと一緒にいるって言える?
私なんて、彼女たちからすれば見えていないも同じだ。
麻友と陽菜の二人だけで軽快な会話のキャッチボールが続く。
「明日の数学、ダルくない?」
「分っかる。あの先生なにしゃべってんのか、聞き取りにくいんだよね」
「書いてる字もちっちゃいしさー」
どんな話題を提供すれば、話しが難なくスムーズに進むのか。
なにをどう振れば二人が気を悪くすることなく過ごせるのか。
そんなことをずっと考えながら渾身の一撃を放つタイミングを計っていたのに、陽菜は改札を抜けたところで簡単に片手をあげた。
「じゃあねー」
「ばいばーい」
陽菜は改札前の階段を上り、さっさと反対路線の方へ移ってしまった。
なんだ。
ここまで我慢すればよかったのか。
それまでを耐えればいいと分かっていれば、こんなに悩む必要なかったのに。
それを受け取りドリブルで走り出した私の前に、麻友が立ちはだかる。
クイックターンで普通にかわそうとしてるのに、麻友は容赦なく体をぶつけてきた。
なんでそんな邪魔するの?
私にここでも引き立て役になれってこと?
カットされないよう麻友の脇腹に肩を入れ背を向ける。
シュートしようと飛び上がった私の下で、麻友も手を伸ばした。
「ナイスカット!」
麻友の指先に弾かれたボールは、玲奈へ回った。
「や~ん。偶然上手くいった~」
「あはははは。麻友、かわいー」
「上手かったよー」
玲奈と美琴と、両手で可愛くハイタッチを交わす麻友を見ながら、私は顎に流れる汗を拭った。
やっぱり麻友って、ムカつく。
彼女に貼ってもらった絆創膏は、もうとっくにくしゃくしゃになっていた。
それを剥がしスカートのポケットへ突っ込むと、試合を再開する。
麻友だって、本気だしたら上手いくせに。
いつも自分だけが弱いフリをしてカワイ子ぶってるのがムカつく。
どれだけ髪をイジったって、目元を大きく見せるメイクしてたって、その性格の悪さは誤魔化せないのに。
麻友は勝てないと分かっている芽依には、最初から厳しい当たりをしてこない。
狙われるのは、私か愛未だ。
愛未が芽依に通そうとしたパスが、玲奈にカットされた。
こぼれ球をすかさず拾った麻友が、素早く美琴にパスを回す。
あっという間に攻守交代となった。
「麻友、結構上手いよね」
私たちの練習を見ていたバスケ部の陽菜が、ついにそんなことをこぼした。
「ヤダ、やめてそういうこと言うのー」
麻友は困ったように眉をしかめたけれど、当然といった表情を崩しはしない。
麻友が私をマークするというのなら、私も負けるつもりはない。
「次でラストねー」
コート脇には次の練習枠を確保している、他のチームのメンバーがすでに集まっていた。
玲奈の投げたボールが、美琴に渡る。
美琴はドリブルをしながら、コート内での配置を確認していた。
私は美琴から目を離さないようにしながら、麻友と玲奈、味方の芽依と愛未の動きを予測する。
美琴はきっと、麻友にパスを投げる。
麻友がドリブルで場面を動かし、このチームで一番背の高い玲奈がゴール下に回り込んだところで、麻友から玲奈へパスが飛んでシュートだ。
想通り、美琴は麻友にパスを送った。
「ナイス、パス!」
玲奈が走り出す。
ゴール下で片手をあげ、麻友にパスを要求した。
それを察知した芽依と私は、玲奈のマークに走る。
愛未が一人麻友に向かっていった。
「美琴!」
麻友はパスを受け取り立ち止まったまま、もう一度美琴にパスを送る仕草をみせる。
麻友と美琴のパスラインに割り込もうとした愛未を、麻友はさっと見送った。
「あっ」
気づいた時には、麻友はマークする二人をすり抜け、伸び上がった腕と体が宙に浮かんでいる。
「ナイシュー!」
ゴール下で見ていた陽菜が飛び上がる。
私は麻友が地面に着地する姿をスローモーションで見ていた。
ゴールを突き抜けたボールが、パシンと甲高い音をたてて地面から跳ね上がる。
周囲にいた観客からも、感嘆とまばらな拍手がこぼれた。
「麻友、すごーい!」
駆け寄った陽菜が麻友に抱きつくと、麻友は陽菜と手に手を取り合いはしゃぎ始める。
「あはは! 先読みしたのが当たっちゃった!」
「凄いよ麻友、才能あるかもー!」
玲奈や愛未たちまで集まって、皆が麻友を褒め称えた。
「え、もしかして経験者だった?」
「そんなんじゃないってぇ!」
「今からでもバスケ部入る?」
「うそ、それはさすがに言い過ぎー」
麻友が自慢げに私を振り返る。
その視線に気づいていながらも、私はそれを無視し、まとめて置かれた荷物に手を伸ばす。
「交代の時間だから。動かないと」
麻友は私の隣に並ぶと、華麗なシュートを決めたばかりの腕を自分の鞄に伸ばした。
「だよねー。邪魔だよね。迷惑かかっちゃう。さっさと退かないと。ねー千和!」
麻友の目が細く長く微笑み、私はその笑みに負けないくらい細くした目を、にっこりと頬骨の上にたたえる。
「ホントだよー。また怒られちゃうからー」
帰り道は、当然麻友が話題の中心になった。
まだ明るい午後の歩道を、ダラダラと女子だけでかたまって歩く。
ちょっとシュートが上手く入ったくらいで、ちやほやされ浮かれて調子乗ってる麻友がくだらなさすぎて、バカらしくて、子供っぽくてつまらない。
これが球技大会本番の試合中の出来事なら私だって素直に喜べるし、褒めちぎることも出来るけど、練習でのことだし、そもそも麻友は選手でもない。
なのに、何をそんなにかまうことある?
麻友を中心に、両脇を陽菜と玲奈がはさみ、すぐ後ろを愛未と美琴が歩いている。
この五人はずっと騒ぎながらぺちゃくちゃしゃべってるけど、最後尾で自転車を押す芽依と並んで歩いている私には、一切会話に入ることが出来なかった。
「じゃ、私こっちだから」
ずっと無言で歩いていた芽依が足を止め、脇道に逸れた。
自転車へまたがる彼女に、全員が手をふる。
「ばいばーい」
「またね」
芽依がいなくなって、私一人が本当に浮いてしまった。
後ろを歩いていた愛未と美琴の隣にはさすがに並べさせてくれたけど、私はにこにこ笑って彼女たちの話にあいづちを打つだけで、会話に入ることは許されていない。
遠慮しなきゃ。
だって私は、ここでは部外者なんだから。
大きな幹線道路に添えられた歩道を歩く私たちを、沢山の車が次々と追い越してゆく。
春も終わりの空は、もう生ぬるい。
目の前を歩く麻友は黒髪のテッペンにかわいいリボンをつけ、ネットで検索すればいくらでも出てくるような女子高生をしていた。
革靴に膝下までの紺の靴下をはいて、短いチェックのスカートと制服のブレザー。
サブバックにつけてるグッズまで完璧。
ここにいる他の五人もみんな同じような格好をしているけれど、どうみたって麻友の可愛さには敵わない。
芽依は顔は綺麗だし背も高い美人だけど、素のままでいるから女子力という意味での能力値は高くない。
女の子の中の女の子って、麻友みたいな子のことをいうんだと思う。
「じゃあまたねー」
「また明日ー」
駅に着いて、バスで帰宅組の美琴と愛未がいなくなり、別路線の電車に乗るとかいう玲奈も消え、ついに私は一人になってしまった。
麻友と陽菜がまだ残っているけど、この二人みたいな一軍女子に挟まれて、誰かと一緒にいるって言える?
私なんて、彼女たちからすれば見えていないも同じだ。
麻友と陽菜の二人だけで軽快な会話のキャッチボールが続く。
「明日の数学、ダルくない?」
「分っかる。あの先生なにしゃべってんのか、聞き取りにくいんだよね」
「書いてる字もちっちゃいしさー」
どんな話題を提供すれば、話しが難なくスムーズに進むのか。
なにをどう振れば二人が気を悪くすることなく過ごせるのか。
そんなことをずっと考えながら渾身の一撃を放つタイミングを計っていたのに、陽菜は改札を抜けたところで簡単に片手をあげた。
「じゃあねー」
「ばいばーい」
陽菜は改札前の階段を上り、さっさと反対路線の方へ移ってしまった。
なんだ。
ここまで我慢すればよかったのか。
それまでを耐えればいいと分かっていれば、こんなに悩む必要なかったのに。



