青い空に向かって、スマホのカメラを掲げる。
高校に入学したばかりの四月、教室から見た空は、透き通る青に透明な刷毛で白をひいたような雲のかかる美しい空だった。
カメラに切り取られた空の一部が、私の中に保存される。
いくつも撮られた空の画像は、私だけのコレクション。
教室のベランダに出たまま、フォルダを開いて撮れたての画像を整理していると、すぐ近くでパシャリという音が聞こえた。
「なんだよ、葉月。お前また空撮ってんの?」
非常経路ともなるベランダは、仕切りなくこの階にある全ての教室と繋がっていて、隣のクラスの領域にあたるベランダで、誰かがスマホを空に向けている。
「いやなんか、綺麗だなって」
「お前ホント好きだよなー」
彼らはそんな言葉を残しながら、すぐに隣の教室の中へ引っ込んでしまった。
同じ学年だけど、クラスは違う知らない男の子。
かなり背の高いガッシリとした体格のいい人で、あんな人でも空の画像を撮ったりするんだと思った。
スポーツ刈りで、そんなことしそうな感じには、全然見えないのに。
私はベランダの手すりに肘を置き、何気ない素振りで周囲に誰もいないことを確認してから、こっそり撮ったばかりの空の画像を呼び出した。
青く透き通るこの空を見て、さっきの彼も綺麗だなぁなんて思った?
だとしたら、私と彼は同じ気持ちだ。
誰にも教えていない自分だけのSNSアカウントに、私は教室のベランダから撮影したばかりの画像をあげる。
いわゆる裏アカというやつだ。
小さなスマホ画面の中で、青い空が共有された。
どこかにいるあの人も、きっとこの空を見ている。
きっと私と同じように、この空を綺麗だと思ってくれる。
そんな祈りをこめて、私は私の空をネットに送る。
「……え、ウソ。ホントに?」
いまあげたばかりの画像に、イイネがついた。
つけてくれたのは、私が最近見始めたSORAさん。
高校入学前に彼の上げる空画像を見つけフォローしたら、すぐにフォローが返ってきた。
時々イイネをつけていたから、私の存在は知っていたとは思うけど、まさか反応してくれるとは思わなかった。
たった一つついたイイネに、私は自分のスマホを空高く掲げる。
やった。嬉しい。
私はこの時初めて、自分の気持ちが誰かと通じあえたような気がした。
季節がどれだけ移り変わっても、空だけは変わらず私の頭上にあって、どれだけ遠くにあっても、手を伸ばせばすぐに届くような気がする。
高校に入学してからあっという間に一年が過ぎ、二年生になった私は、通いなれた校舎をゆっくりと歩いていた。
薄暗い廊下も、学年があがったばかりの新学期となれば、何も変わっていないのに、新鮮に感じる。
急いで教室に入らないと、もうすぐ朝のホームルームが始まる時間だというのに、廊下にはまだまだ沢山の生徒たちがいて、賑やかなおしゃべりが続いていた。
「ねぇ千和、球技大会の出場種目決めた?」
私のすぐ右隣で、ヘアアイロンで丁寧にウェーブをつけた毛先が跳ねる。
少し目線の低い麻友が、探るように私を見上げた。
「決めてない。麻友はどれに出たいの?」
「えー。そんなの分かんないよ。だから聞いてんじゃん。芽依は?」
麻友は私を通り越し、スラリと背の高い芽依の様子をうかがう。
芽依は笑って、さらさらとした明るい栗色の髪をパッとかきあげた。
彼女の髪からは、いつも同じシャンプーの匂いがする。
スッキリとして爽やかな、どこか懐かしいような感じのする香りだ。
「私はなんでもいいよ」
「芽依って、スポーツ全般何でも得意だもんねー。いいなー」
芽依は大人びた顔に微かな笑みを浮かべると、麻友をツンと見下ろした。
「麻友は、三人で一緒に出たいんでしょ」
「そうなのぉー! 絶対一人になるのはイヤ! だから三人で同じのにしよー」
「あはは。千和は? 千和は何に出たいの?」
「私? 私は、何でもいいよ」
だって、何を言ったってどうせ麻友の出たいものになるに決まっている。
私に決定権なんてないんだから、こんな時は何も言わない方がいって、知ってる。
週明けの月曜日、持って帰った上履きは洗いたてて真っ白くて、一年の時から履き続けて少し縮んだ布地が、ほんの少しだけ足の甲を圧迫する。
だけどそんな違和感すら、私はすぐに慣れて忘れる。
校舎の階段を駆け上がると、私は二人を振り返った。
誰にも負けたことのない大きな笑顔を作る。
「楽しみだね、球技大会!」
麻友と芽依は互いに顔を見合わせると、申し合わせたように目を細めた。
「そうだね、めっちゃ楽しみ!」
「私も! ねぇ千和、絶対この三人で一緒じゃないとヤダからね」
「あはは。麻友必死すぎ」
背の高い芽依が私の隣に並ぶと、すぐに麻友も私の隣に並んだ。
運動の苦手な麻友は、本当に切実だ。
可愛い顔を真っ赤にして見上げてくる。
「ねぇ、千和! なんで笑ってんの? 私は絶対真剣に、そう思ってるんだからね!」
「うんうん、分かってるって。だから約束」
朝の光を浴びて、空気中のホコリがキラキラと光っている。
私が指しだした小指に、二人の小指が絡まった。
「絶対三人で同じ競技にでようね」
「約束だよ」
「もちろん!」
三つの小指が絡んだ不思議な光景に、私たちはまた声をあげて笑う。
「なにコレ。ヘンなの」
「小指団子みたい」
「絡みすぎでしょ」
朝の階段に三人の高らかな声が混じり合い、光を弾いて軽やかに飛びはねた。
「ほら、早く行かないとホームルームが始まるよ」
「待って、千和!」
麻友は私と芽依の間に割り込むと、自分の両腕に私と芽依の腕を絡めた。
三人揃ってきゃあきゃあと騒ぎながら、教室へ飛び込む。
一年生の、いつ頃からこの二人と仲良くなったのか、きっかけはもう思い出せない。
何かのグループ分けでたまたま一緒になったからのような気がするけど、二年になってもまた同じクラスになって、この関係が続くとは思わなかった。
誰がどうみても完璧に「かわいい」を作り上げている麻友と、ほとんど周囲に流されない一匹狼的な芽依が、どうして私と「友達」をやっているのか分からない。
だけどこの関係を崩してしまったら、私には他に「友達」と呼べるような人も見つからない。
学校は、辛くはないけど楽しくはない。
私は研究に研究を重ねた元気いっぱいに見える笑顔を浮かべ、毎日の学校に挑む。
灰色に汚れた壁とどこまでも続く長い廊下は、私のいる世界の全てだ。
高校に入学したばかりの四月、教室から見た空は、透き通る青に透明な刷毛で白をひいたような雲のかかる美しい空だった。
カメラに切り取られた空の一部が、私の中に保存される。
いくつも撮られた空の画像は、私だけのコレクション。
教室のベランダに出たまま、フォルダを開いて撮れたての画像を整理していると、すぐ近くでパシャリという音が聞こえた。
「なんだよ、葉月。お前また空撮ってんの?」
非常経路ともなるベランダは、仕切りなくこの階にある全ての教室と繋がっていて、隣のクラスの領域にあたるベランダで、誰かがスマホを空に向けている。
「いやなんか、綺麗だなって」
「お前ホント好きだよなー」
彼らはそんな言葉を残しながら、すぐに隣の教室の中へ引っ込んでしまった。
同じ学年だけど、クラスは違う知らない男の子。
かなり背の高いガッシリとした体格のいい人で、あんな人でも空の画像を撮ったりするんだと思った。
スポーツ刈りで、そんなことしそうな感じには、全然見えないのに。
私はベランダの手すりに肘を置き、何気ない素振りで周囲に誰もいないことを確認してから、こっそり撮ったばかりの空の画像を呼び出した。
青く透き通るこの空を見て、さっきの彼も綺麗だなぁなんて思った?
だとしたら、私と彼は同じ気持ちだ。
誰にも教えていない自分だけのSNSアカウントに、私は教室のベランダから撮影したばかりの画像をあげる。
いわゆる裏アカというやつだ。
小さなスマホ画面の中で、青い空が共有された。
どこかにいるあの人も、きっとこの空を見ている。
きっと私と同じように、この空を綺麗だと思ってくれる。
そんな祈りをこめて、私は私の空をネットに送る。
「……え、ウソ。ホントに?」
いまあげたばかりの画像に、イイネがついた。
つけてくれたのは、私が最近見始めたSORAさん。
高校入学前に彼の上げる空画像を見つけフォローしたら、すぐにフォローが返ってきた。
時々イイネをつけていたから、私の存在は知っていたとは思うけど、まさか反応してくれるとは思わなかった。
たった一つついたイイネに、私は自分のスマホを空高く掲げる。
やった。嬉しい。
私はこの時初めて、自分の気持ちが誰かと通じあえたような気がした。
季節がどれだけ移り変わっても、空だけは変わらず私の頭上にあって、どれだけ遠くにあっても、手を伸ばせばすぐに届くような気がする。
高校に入学してからあっという間に一年が過ぎ、二年生になった私は、通いなれた校舎をゆっくりと歩いていた。
薄暗い廊下も、学年があがったばかりの新学期となれば、何も変わっていないのに、新鮮に感じる。
急いで教室に入らないと、もうすぐ朝のホームルームが始まる時間だというのに、廊下にはまだまだ沢山の生徒たちがいて、賑やかなおしゃべりが続いていた。
「ねぇ千和、球技大会の出場種目決めた?」
私のすぐ右隣で、ヘアアイロンで丁寧にウェーブをつけた毛先が跳ねる。
少し目線の低い麻友が、探るように私を見上げた。
「決めてない。麻友はどれに出たいの?」
「えー。そんなの分かんないよ。だから聞いてんじゃん。芽依は?」
麻友は私を通り越し、スラリと背の高い芽依の様子をうかがう。
芽依は笑って、さらさらとした明るい栗色の髪をパッとかきあげた。
彼女の髪からは、いつも同じシャンプーの匂いがする。
スッキリとして爽やかな、どこか懐かしいような感じのする香りだ。
「私はなんでもいいよ」
「芽依って、スポーツ全般何でも得意だもんねー。いいなー」
芽依は大人びた顔に微かな笑みを浮かべると、麻友をツンと見下ろした。
「麻友は、三人で一緒に出たいんでしょ」
「そうなのぉー! 絶対一人になるのはイヤ! だから三人で同じのにしよー」
「あはは。千和は? 千和は何に出たいの?」
「私? 私は、何でもいいよ」
だって、何を言ったってどうせ麻友の出たいものになるに決まっている。
私に決定権なんてないんだから、こんな時は何も言わない方がいって、知ってる。
週明けの月曜日、持って帰った上履きは洗いたてて真っ白くて、一年の時から履き続けて少し縮んだ布地が、ほんの少しだけ足の甲を圧迫する。
だけどそんな違和感すら、私はすぐに慣れて忘れる。
校舎の階段を駆け上がると、私は二人を振り返った。
誰にも負けたことのない大きな笑顔を作る。
「楽しみだね、球技大会!」
麻友と芽依は互いに顔を見合わせると、申し合わせたように目を細めた。
「そうだね、めっちゃ楽しみ!」
「私も! ねぇ千和、絶対この三人で一緒じゃないとヤダからね」
「あはは。麻友必死すぎ」
背の高い芽依が私の隣に並ぶと、すぐに麻友も私の隣に並んだ。
運動の苦手な麻友は、本当に切実だ。
可愛い顔を真っ赤にして見上げてくる。
「ねぇ、千和! なんで笑ってんの? 私は絶対真剣に、そう思ってるんだからね!」
「うんうん、分かってるって。だから約束」
朝の光を浴びて、空気中のホコリがキラキラと光っている。
私が指しだした小指に、二人の小指が絡まった。
「絶対三人で同じ競技にでようね」
「約束だよ」
「もちろん!」
三つの小指が絡んだ不思議な光景に、私たちはまた声をあげて笑う。
「なにコレ。ヘンなの」
「小指団子みたい」
「絡みすぎでしょ」
朝の階段に三人の高らかな声が混じり合い、光を弾いて軽やかに飛びはねた。
「ほら、早く行かないとホームルームが始まるよ」
「待って、千和!」
麻友は私と芽依の間に割り込むと、自分の両腕に私と芽依の腕を絡めた。
三人揃ってきゃあきゃあと騒ぎながら、教室へ飛び込む。
一年生の、いつ頃からこの二人と仲良くなったのか、きっかけはもう思い出せない。
何かのグループ分けでたまたま一緒になったからのような気がするけど、二年になってもまた同じクラスになって、この関係が続くとは思わなかった。
誰がどうみても完璧に「かわいい」を作り上げている麻友と、ほとんど周囲に流されない一匹狼的な芽依が、どうして私と「友達」をやっているのか分からない。
だけどこの関係を崩してしまったら、私には他に「友達」と呼べるような人も見つからない。
学校は、辛くはないけど楽しくはない。
私は研究に研究を重ねた元気いっぱいに見える笑顔を浮かべ、毎日の学校に挑む。
灰色に汚れた壁とどこまでも続く長い廊下は、私のいる世界の全てだ。



