「無理しない練習って、具体的に何するんだろう?」
誰もいない自分の部屋で、私はベッドの上にひっくり返りながら呟いた。
今朝、花壇で佐伯君と「無理をしない練習会」をしようと約束し、勢いで握手まで交わした。
あのときは、なんだか胸の奥から熱いものがこみ上げてきて、これから私の世界がガラリと変わるような、すごいことが起こるんじゃないかという気がしていた。
けれど一日が終わって家に帰ってくる頃には、何かもう、ちょっと不安だ。
本当に、うまくいくのだろうか。
放課後の教室で見た、芹香たちの顔が脳裏にちらつく。
今週末、二人で映画を見に行くという話をしていた。
「……また誘われなかったな」
輪の外側でなんとなく会話の波に頷き、当たり障りのない笑顔で話を聞いているふりをした。
自分が誘われていない遊びの計画についての話題なんて、居心地が良いはずもない。足の先からじわじわと冷たくなっていくのを感じながら、ただ時間が過ぎるのを待つだけだった。
私から言えば良かったのかな。
私も行きたい。一緒に行ってもいい?
そんな風に、素直に声を掛けたら違っていたのかもしれない。でも……。
ゾクリと背筋が冷たくなる。
もし、勇気を出して差し出した手を払いのけられたら。
困ったような笑顔で交わされたら。
私はもう、明日から学校に行けなくなる。
思い出すのは、中学の頃のことだ。どうしてもクラスに馴染めず、浮いていたあの頃。
たまたま同じ給食班だったというだけで、机を突き合わせて食べていた女子たちが、休日にどこかへ遊びに行く約束をしていた。
『わ、わたしも……』
喉の奥から絞り出した声に、あの子たちはビクリと肩を揺らした。
一緒に行ってもいい?
そう言葉が続けられるのを、露骨に恐れている顔だった。
ただ同じ班だからそこに座っているだけの地味な女子にそんなことを言われたって、困るに決まっている。
角を立てずにどうやって断ろうかと、頭をフル回転させながら困惑しているのが痛いほど伝わってきた。
『……私も今度行ってみようかな。面白かったら教えてね』
私は慌てて言葉をすり替え、引きつった笑顔を作った。
あのとき顔に張り付けた笑顔の仮面を、高校生になった今も、私はまだ剥がせないでいる。
ポンッ。
かすかにスマホが揺れる。インスタグラムの通知だ。
「ん……え、佐伯君?」
今朝改めてフォローしあった、佐伯君のアカウントからメッセージが届いていた。心臓が一跳ねするのを抑えながら、急いで画面を開く。
『明日の朝も花壇で集合』
文字を追う目が止まる。
なんで……あ、練習?
『了解です』
指を震わせながらそう入力して送信した。送信済みの画面を見つめていると、胸の奥がどきどきと激しく鼓動を打ち始める。
佐伯君と、放課後ではなく朝の約束をしてしまった。
「いいのかな、私みたいな子が」
地味で、これといった特別な友達もいない私が、学校中の誰もが知る人気者の佐伯君とインスタグラムでやり取りをして、会う約束まで交わしている。
そんな状況がどこか現実離れしていて、恐ろしかった。
「いや、練習。練習だから!」
頭をぶんぶんと振って、余計な考えを振り払う。
「ひなたー、ご飯よー!」
廊下の奥から母の明るい声が響いた。
「はーい」
私はスマホを握りしめたまま、ダイニングへと向かった。
*
