さよなら、スタジオ有栖ちゃん ー仮面の優等生と秘密の練習会ー


 電車に乗っていると、いつもより視線を感じる気がした。
 乗る時間はだいたい決まっている。いつもの顔ぶれが並ぶ車内だ。
 名前は知らないけれど、顔だけ知っている他校の女子生徒が数名、ちらちらと視線を送ってきた。
 駅から学校へ向かう道でも校門をくぐってからも同じだ。
 見知らぬ一年生も三年生も、やたらとこちらを見ている気がした。

「……何かしたっけ?」

 この週末は大人しくしていたはずだ。
 どこへ出歩くでもなく、集中できないまま机に向かい続ける、ただ地味な休日を過ごしていた。


 ガラッ。


 教室の扉を開ける。

「あ……颯真」

 一番仲良くしているクラスメイトが、俺の顔を見るなり名前を呼んだ。

「おはよう。なに?」

 教卓の周りでこそこそと何人かで話し込んでいた奴らが、一斉にこちらを振り向く。そいつの隣にいた女子が、気まずそうな顔でスマートフォンを差し出してきた。

「……あの、これ」

 画面を覗き込んだ瞬間、思考が止まる。



*



 『颯真くん』
 『佐伯君が……』

 朝から、そんな囁き声がちらちらと聞こえてくる一日だった。
 バスケ部の活動で何かあったのだろうか。それとも、頭が良い人だから試験関係のニュースだろうか。
 少しだけ自嘲気味に口元が緩む。
 ほんのちょっと前まで、佐伯君のことを一番よく知っているのは自分だと思い込んでいた。
 芹香たちが言うように、とんでもない勘違いだったのだ。

 『いい気になるからよ』

 私の心を急速に冷やしたあの言葉が、今も頭にこびりついて剥がれない。
 今日は水曜日だ。
 麻里奈ちゃんと写真を撮る約束の日。
 気持ちはまったく乗り切らないけれど、約束は約束。終礼を終えた私は、カバンの取っ手を強く握り締めながら隣の教室へと向かう。
 廊下に出ると、すでに彼女が待っていた。

「あ、ひなたちゃん……」

 私を見つけた麻里奈ちゃんは、ひどく困ったような顔をしていた。

「どうかした?」
「これ、見た……?」

 麻里奈ちゃんは、他のクラスの女子数人と囲むように覗き込んでいたスマートフォンを、そのまま私の方へ向けた。
 インスタだ。

「……佐伯君」

 画面に映し出されていたのは、佐伯君の写真だった。
 学校の裏庭。
 花壇で水をやっている姿。
 しゃがみ込んで、真剣な眼差しで花を整え、手入れをしている姿。
 アカウント名は『studio A』となっていた。

「100万超え……うそ……?」

 観たことがない数字を見て息が止まる。
 いいねの数も、シェア数も桁違いだ。
 キャプションには『私の花王子』と短く添えられている。
 コメント欄をスクロールすると、ものすごい勢いで言葉が流れていた。

 『美しすぎる』
 『誰、このイケメン』
 『神!!』

 称賛の言葉だけに留まらず、書き込みはどんどんエスカレートしていく。

 『奥に高い建物が見える。東京と思われる』
 『S区の学校だね。制服発見』
 『ってか同中だった』
 『颯真くんだー!』
 『イケメンに育って、元同級生の誇り』
 『佐伯颯真、高校二年生。過去キッズモデルの経験あり。M区出身、帰国子女で秀才。M中卒業生』

「なに、これ……なにこれ!」

 個人情報の漏洩も甚だしい。
 勝手な、しかし確実な情報がどんどん書き足され、広がっていた。

 『友達の元カレだよ』
 『女遊び激しいからみんな注意』

 本当か嘘かもわからないような悪意ある書き込みまで並んでいる。

「かわいそう。佐伯くん写真苦手って言ってたのに」
「やばくない? 顔にボカシも入れないで……これ鍵垢じゃないもんね?」

 周囲の女子たちが顔を見合わせている。
 どうしてこんな写真が出回っているのだろう。それに、誰が……?

「有栖ちゃんじゃない?」

 背中から、甲高い声が降ってきた。
 振り返ると、芹香が立っていた。