さよなら、スタジオ有栖ちゃん ー仮面の優等生と秘密の練習会ー



「芹香(せりか)ちゃん、昨日の写真すごい可愛かったよ」

 朝のホームルーム前、教室の真ん中で芹香を囲む女子生徒たちが甲高い声を上げた。
 昨日インスタに上げていた、グラウンドの中央で私が撮影した写真だ。

「ありがとう。可愛く盛れたのは有栖(ありす)ちゃんのおかげ」

 芹香が振り返り、私の腕に自分の腕を絡めてきた。
 肌と肌が触れ合う体温を感じて、私はとっさに口角を引っ張り上げ、へらりと笑ってみせる。

「有栖ちゃんに撮ってもらうと反響すごいんだ。読モの撮影写真よりいいね付くもん」
「えーさすがスタジオ有栖ちゃん!」

 きゃっきゃと弾けるような会話が続く。話題はすぐに、芹香が毎号載っているティーン誌の最新号へと移っていった。
 芹香は人気の読者モデルだ。
 朝の光を反射するニキビひとつない白い肌。風に揺れても乱れない、癖のない艶やかなロングヘア。長い手足に、驚くほど小さな頭。
 教室のどこにいても自然と視線を集める彼女は、間違いなくこの学校で一番かわいい。

「アイドルの山田くんと一緒の特集も観たよ」
「芸能人と並んでも遜色ないんだもん。芹香って本当に顔小さいよね」
「本物のモデルになればいいのに」

 仲良しメンバーの一人である希美(のぞみ)が、夢見るような目を輝かせて言った。芹香はクスクスと喉を鳴らして笑う。

「ふふふ、無理だよ。私身長低いもん。それに、ちゃんと勉強して一流企業に入りたいの。芸能人なんて、ごっこ遊びで十分」
「もったいない。芹香ならアイドルにだってなれそうなのに」

 残念そうに溜息をつく希美を見ながら、芹香は満足そうに目を細めて微笑んだ。その表情の微かな変化を、私は隣で、そうと悟られないよう見ている。

「ねえ、一緒に写真撮ろう芹香」

 隣のクラスの女子生徒がスマホを手に声をかけてくる。

「いいよ。有栖ちゃんどこで撮ったらいいと思う?」

 突然話題を振られ、私の思考が一瞬固まる。

「え、うーん」

 頭の中で校内の日差しと背景を急いで思い出す。
 逆光にならず、芹香の肌を一番きれいに見せられて、背景に余計な人が映り込まない場所。

「……裏庭の花壇」




「えーこんな場所あったんだ」

 案内すると、みんなが物珍しそうに声を上げた。

「日当たりの関係で、この時間には綺麗に撮れると思うよ」
「よく知ってるね」
「部活でいつも題材探しているから」

 渡り廊下の先を曲がったところにある小さな花壇には、ぱんと膨らんだピンク色の綺麗な蕾が並んでる。
 優しい光が、きゅっと丸まった蕾の端をうっすらと透けさせていた。

「じゃあそこに並んで……」
「花に寄った方が映(ば)えじゃない?」
「たしかに」

 頷き合ったみんなが、花壇のレンガの縁をまたぎ、土の上へ足を踏み入れようとした。その瞬間、思わず叫ぶ。

「あ、だめ!」

 自分でも驚くような大きな声が出てしまった。
 ピリッとした空気がその場を支配する。みんなの動きがぴたりと止まり、私へ怪訝な視線が一斉に向けられた。

「花壇は、入っちゃダメだよ」

 固まった声でそう言うと、気まずい沈黙が流れた。
 心臓が嫌な音を立てて早打ちする。言いすぎただろうか、怒らせてしまっただろうか。冷や汗が背中を滑り落ちる。

「……だよねー。ほら、出よ出よ」

 シーンとした空気を打ち破ったのは、芹香だ。パンと手を打ち鳴らし、鈴を転がすような声でみんなを促す。

「あ、うん……そうだね」

 芹香の声に背中を押されるように、みんながレンガの外側へ足を戻す。私は引きつりそうな頬をどうにか固定しながら、スマホのカメラを構えた。


 カシャッ


「やっぱ盛れる」
「自然光最高じゃん」
「スタジオ有栖ちゃん、今日も完璧な仕上がりすぎるわ」

 画面を確認したみんなが、何事もなかったかのように盛り上がる。
 私は胸をなでおろし、小さく息を吐き出した。変な空気のまま終わらなくて、本当によかった。



*



「写真部の投稿しよっと」

 家に帰り、自分の部屋のベッドの上でまったりとしながら、部活で管理しているインスタグラムのアカウントを開いた。
 一週間に一枚、自分が撮った写真を投稿するのが写真部の決まりだ。
 今日載せるのは、先週の放課後に校舎の屋上から撮った街の風景。構図は自分でも気に入っているけれど、光の入り方が少し暗くて今ひとつに思える。
 これも勉強だと言い聞かせながら、投稿ボタンを押した。

 ついでに、個人で使っているアカウントに切り替えて、タイムラインの確認をする。
 画面をスクロールしていると、見慣れたアイコンが目に飛び込んできた。

「あ、今日撮ったやつ」

 芹香のアカウントに、さっき裏庭の花壇の前で撮った写真が上がっている。光の当たり具合がちょうどよく、芹香の肌が透き通るように写っていた。
 自分の選択が間違っていなかったことに、少し誇らしい気持ちになる。

 しかし、次の写真へスワイプした瞬間、私の指がぴたりと止まった。

「……え?」

 声が揺れる。
 画面に写っていたのは、花壇の中に立ち入り、上から見下ろすような角度で自分たちを撮影した一枚だった。
 西陽が差し込んでいるから、放課後に撮ったのだろう。

 足元は角度的に写っていない。
 けれど、あの花の上に立ったということは間違いない。柔らかい土を踏みしめ、咲きかけていた蕾を踏みつけたということだ。

「うそ……」

 スマートフォンを握る手が、かすかに震えた。



*