さよなら、スタジオ有栖ちゃん ー仮面の優等生と秘密の練習会ー


「おはよう」
「……おはよ」

 挨拶をすれば、短い返事だけが戻ってくる。
 それ以上の会話が交わされることはない。
 私と芹香、そして希美たちの関係は、いつの間にかそんな状態に落ち着いた。

 お昼ご飯は、一人で食べる。
 週の始まりの月曜日は教室の自分の席で静かにお弁当箱を開けたけれど、周りのクラスメイトたちが気まずそうに送ってくる視線が皮膚に刺さるようで、火曜日は部室で食べた。

 そのことを何気なく佐伯君に打ち明けたところ、水曜日からは彼が昼休みに部室へ顔を出すようになった。
 二人きりで一緒にお弁当を広げるなんて、最初は心臓が鳴って緊張するかと思ったけれど、始まってみればそんな心配は吹き飛び、ただただ楽しい時間になった。

「肉団子うまそう」
「佐伯君のお弁当も、卵焼きが美味しそう」

 狭い机を挟んで、おかずを一つずつ交換する。
 お弁当を食べ終わると、私が持ってきていた写真集や撮影したデータを一緒に見ながら、コンテストについての話をした。

「へえ、高校生の写真コンテストか」
「月末が締め切りだから、ここから先は頑張って撮らないと」
「これ、綺麗だけどダメなの?」

 佐伯君が指さしたのは、裏庭で撮った一枚だった。

「これは色がすごくいいよね。でも寄りすぎなんだ。もう一つ、良い写真を出したいの。だから、練習あるのみ」

 私は先日、放課後に隣駅の公園まで足を延ばした時の話をした。

「佐伯君と、無理しない練習をしてるじゃない。覚えてる? 始める前に佐伯君が言ったこと」

 『いつ、どこで、どんなことをするか決める』

 練習に必要なことを具体的に順序立てて決めるなんて、たぶん、私の人生で初めてのことだった。

「がむしゃらに頑張るだけじゃダメなんだと思って。佐伯君が教えてくれたように、決めたんだよね」
「いいじゃん。で、具体策は?」
「放課後、公園で、花や植物、空や土。自然物を撮る」

 自信を持って言い切ると、佐伯君は口元を緩めてパチパチと小さな拍手を送ってくれた。

「完璧」
「あともう一つ。コンテスト用の写真を撮るまでに、フィルム十本撮る」

 取っておいたお年玉をはたく時がきた。
 フィルムは決して安くはない。でも、必要なら買うべきだ。

「おおお……って、それ多いの、少ないの?」

 たしかに、普段からカメラを扱わない人にとってはピンとこない数字だったかもしれない。

「私にとっては多いよ」

 思わず笑ってしまう。
 金曜日。ふと気になって尋ねてみた。

「三日連続でここで食べてるけど、大丈夫? クラスのお友達に何か言われない?」
「全然。俺、もともと教室で食べたり購買で食べたり、あとベンチとか。気分によって変えてたんだよ。だから、誰も何も言わない」

 女子はグループで固まって動くことを好みやすいけれど、男子の距離感はもっとサッパリしている。
 それはとても羨ましい。

「今日はどこで撮るの?」
「今日はね、一駅手前で降りて、歩いて帰りながら街路樹を撮ってみようかと思って」
「いいな、そういうの」
「紅葉にはまだ早いけどね」
「土曜は?」

 土曜日は半日授業だ。
 お弁当は持参せずにそのまま帰宅する予定になっている。

「土曜日は緑道。校外学習が終わったら北公園へも行くんだよ」
「電車にずっと乗っていったところ?」
「そう。長谷部先輩がね、教えてくれたんだ。そしたら、ちょうど良いから一緒に行こって話になって」
「……ふーん」

 一瞬、佐伯君のまとう空気の温度が変わった気がした。

「あ、長谷部先輩って、前にここで会った人だよ。去年のコンテストで優秀賞を取ったくらい素敵な写真を撮る人でね。色々相談に乗ってくれたんだ」
「……そっか。うん、覚えているよ」

 どこかぶっきらぼうなトーンで言うと、佐伯君は手元にあった大きなおにぎりを頬張った。
 私は自分の弁当箱に残っていた小さなウィンナーを箸でつつく。

「裏庭の花壇をね、綺麗に撮りたいの。そしたら、自然があるところを色々教えてくれて」
「……うん」

 その後もカメラや景色の話をいくつかしてみたけれど、佐伯君は「ふーん」とか「そっか」といった短い返事を返すだけだった。