どれくらい時間が経ったのかなんて、わからない。
ただ、ゆっくりと風が流れていった。
私が落ち着くまで、佐伯君は文句ひとつ言わずに、ずっとそこにいてくれた。
「……ごめん。あの……」
しゃくりあげる息がようやく収まってきた頃、私はかすれそうな声を出した。
「有栖川」
「はい」
低く落ち着いた声で名前を呼ばれ、思わず背筋を伸ばして返事をする。
「少しだけ待てる?」
「え、と……」
「今日、急いでる?」
「ううん、大丈夫だけど」
佐伯君はすっと立ち上がった。
「ちょっと色々準備してくるから、ここで待ってて。すぐ戻る」
そう言うと彼は走り出す。けれど、角を曲がる手前で急に立ち止まり、慌てたように振り返るとこちらへ戻ってきた。
勢いのまま私の目の前にスッと手を差し出す。
「電話、スマホかして」
「あ、はい」
あまりに唐突な要求に呆気に取られながら、鞄からスマートフォンを取り出して渡す。
佐伯君は手早く画面を操作して何かを打ち込むと、すぐに返してきた。
「俺の番号、今ワン切りしておいたから。もしあいつらが戻ってきたり、困ったことがあったらすぐ電話して」
「う、うん。ありがとう」
私の返事を聞き届ける間もなく、彼は再び風を切るように走っていった。
残された私は、荒らされた花壇に視線を落とす。
茎が途中で折れ、鮮やかだった花弁が黒い土に塗れている。
『泣いても、元には戻らない』
胸の中でその言葉を呟き、私は立ち上がった。涙を拳で雑に拭うと、裏の倉庫へと走り出す。
道具を抱えて花壇へ戻ってくると、ちょうど佐伯君が先生を連れて戻ってきたところだった。
「良かった、帰ったかと思った」
少し焦ったような表情を浮かべていた佐伯君は、私の姿を認めるとほっと安堵の息を漏らした。
「ごめん、直そうと思って色々道具を持ってきたの」
両手に抱えたスコップや軍手、ザルを見せる。
前に佐伯君が使い方を教えてくれた手入れの道具だ。
「おお、こりゃひどいな」
佐伯君の後ろから歩いてきた柴田先生が、惨状を目にして重い声を漏らした。
「柴田先生が、園芸係をまとめてるんだ」
佐伯君が私の横に寄り添い、耳元でこそっと教えてくれた。
「たしかに、こりゃ直さないとな。で、踏んづけたのは誰だ?」
柴田先生が眉間にシワを寄せて問いかける。
「俺と有栖川じゃありません」
佐伯君は、まっすぐ前を見つめたままそれだけを答えた。
「わかってる。誰だ? 見てないのか?」
追及する先生に対して、佐伯君はきゅっと唇を真一文字に結び、それ以上は何も言わなかった。
「……わかったよ。もういい。じゃあ、先生はどうしたらいい?」
「俺は花壇を直します。でも、バスケ部の練習があって」
「ああ、もう始まってるじゃないか」
「わ、そうだった! ごめん佐伯君、私がやるからあとは……」
任せて。
そう言おうとしたけれど、佐伯君が私の言葉を制するように遮った。
「俺は花壇を直したいんです。でもうちの顧問が厳しいので、柴田先生から指示されたことにしていただけませんか?」
真剣な眼差しで、佐伯君は柴田先生に向かって深く頭を下げた。
「お願いします」
「……いいよ。もともと部活より学校の係の方が優先順位は上だからな。休ませるって伝えてくるから、佐伯はこのまま作業して良い」
「ありがとうございます!」
ぱっと顔を上げた佐伯君の表情が、パッと明るく華やぐ。
「有栖川」
そのままの勢いで私のほうを向いた。
「前みたいに、花を助けるのを手伝ってくれるか?」
まっすぐな瞳で見つめられ、私も力強く大きく頷いた。
土の上に倒れてしまった花を起こし、ひとつひとつ状態を確認していく。
ぽっきりと折れてしまったものや切れてしまったものは脇へ避け、まだ耐えているものの表面についた泥を丁寧に払う。
固くなった土を崩して平らにならし、削れて足りなくなったところには新しい土を足した。
「これはどうかな?」
生き残れるかどうかの選別に迷った時は、すぐに佐伯君に見せた。
「これはまだ根がついてるから大丈夫かも。植え直してやろう。こっちは……ダメだな」
命が途切れてしまった花を、広げた新聞紙の上にそっと重ねていく。
「ねえ、肥料はあげなくていいの?」
「うん。傷ついた花には、刺激が強すぎることもあるんだ。しばらくして元気になったらやるよ」
植え直す土の深さ、置く位置、肥料を与えるタイミング。
何を尋ねても、佐伯君は迷うことなく明確に答えてくれた。
「……よし」
「できたぁ」
