「あれ、もう皆いないや」
ゴミ捨てから教室に戻ると、一緒に掃除係を担当していたクラスメイトは誰も残っていなかった。まあ、いつものことではあるけれど。
「……芹香ちゃんと希美ちゃんの鞄もない」
待っていると約束したわけじゃない。
毎日一緒に帰ると決まっているわけでもない。
でも、二人が掃除係の日は私はいつも待っているし、部活がない日は駅まで一緒に帰ることも多いのだ。
なんだか一人で空回りしている気がして、気持ちが重く塞ぎ込む。
溜息をつきながら下駄箱まで降りていくと、不意に名前を呼ばれた。
「有栖川!」
「え、佐伯君?」
思わず目を見張る。部活動のユニフォームに着替えた彼が、こちらへ向かって走ってきた。
朝の裏庭以外で話しかけられるのは初めてのことだ。
そう取り決めしたわけではないけれど、お互いになんとなく、校内ですれ違う時も声はかけなかった。
「どうしたの、何かあった?」
「良かった、もう帰ったかと。探したんだ」
肩を上下させ、息を上がらせている。首元にはしっとりと汗が滲んでいた。
何かトラブルでも起きたのだろうか。
「あのさ、いつにする?」
「……え?」
汗を二の腕で拭いながら、佐伯君は笑顔で尋ねた。
「写真、見せるって言ったろ。いつにするか決めてなかったから」
「あ、え、ごめん、それで探してくれたの?!」
驚きのあまり、思わず大きな声が出てしまう。
「うん。インスタのメッセでもいいけど、早く決めておいたほうがいいだろ?」
佐伯君は呼吸を整えながら言葉を続けた。
「うち、学校からだと30分くらいかかるからさ。放課後は部活で遅くなるし、休みの日にしないか?」
いろいろと細かく考えてくれていたのだ。
その気遣いが純粋に嬉しくて、さっきまでウジウジと嫌なことばかり考えていた自分を叩きたくなる。
「うん、そうしよう。私は結構暇してるから、今度の週末でもいいし……」
「あ、ごめん。日曜は練習試合なんだ。だから土曜も一日練習で……いや、俺が誘っておいてごめん」
申し訳なさそうにする彼に対し、私はブンブンと首を振った。
ゆるい写真部の私なんかより、バスケ部のエースである彼が忙しいのは当たり前だ。
「ぜんぜん。その次でも、次の次でも」
「あ、じゃあ……」
佐伯君は視線を上に向けて少し考えてから、提案してきた。
「校外学習の振替休日は?」
校外学習は来週の日曜日だ。
その代休として、翌日の月曜日が学校指定の休日になる。
「部活も休みだし、どうかな?」
「うん、大丈夫だよ」
「よかった。じゃあ……うわ、まずい。もう行かないと」
壁に掛かった時計を見て、佐伯君が慌てる。部活の時間だ。
探してくれていたと言うけれど、もう練習はとっくに始まっているだろう。
「ごめん、行って。時間はまた今度決めよう」
「悪い、そうさせて。じゃあ、俺行くわ。またな」
「うん、頑張って」
走り去っていく背中に声をかけると、彼は振り返らずに片手を高く掲げた。
「サンキュ!」
あっという間に姿が見えなくなってしまった。
「……足はやいな」
私は再び下駄箱に向き直り、外履きの靴を取り出す。
佐伯君のお家へ行く。校外学習の、振替休日に。お友達のお家に遊びに行くなんて、小学校の時以来だ。
しかも男の子……。
ぶんぶんと首を振る。
いやいやいや、性別は関係ないの。お友達なんだもん。
……でも、異性のお友達と遊ぶ約束なんて、それこそ、人生で初めてのことだ。
「ふふ、楽しみだな」
ベルギーの写真。
佐伯君がお花を好きになったきっかけだという、フラワーカーペット。
どんな景色が広がっているのだろう。想像するだけで、胸がワクワクと弾んだ。
爪をいじる。
今度の撮影はネイル特集だから、折れないように気を付けながら伸ばしていたのだが、体育のせいで中指の爪が割れてしまった。
イライラする。
トイレに寄ると言った希美を廊下で待っていると、颯真くんが遠くから走ってきた。
ラッキー。
イライラが一瞬で吹き飛ぶ。
話しかけようと思って一歩踏み出しかけたけれど、彼は下駄箱の影に向かって誰かに声をかけているのが見えた。
『有栖川!』
そう、はっきりと聞こえた。
なんで? どうして?
有栖ちゃんの声は小さくてよく聞き取れないけれど、何か約束をしているように聞こえる。
あの二人、接点なんかあったっけ?
だいたい、あの地味な有栖ちゃんがどうして颯真くんと二人きりで話しているの……?
『頑張って』
『サンキュ!』
それだけが聞こえて、颯真くんは急ぎ足で体育館の方へ向かっていった。
遠ざかる彼の背中と、ぽつんと立つ有栖ちゃんの姿を陰から見つめる。
「……ふーん」
なんだか、猛烈に面白くない。
