さよなら、スタジオ有栖ちゃん ー仮面の優等生と秘密の練習会ー


「……へへ。ごめん。何かしんみりしちゃったな」

 佐伯君が気まずさを誤魔化すように照れ笑いを浮かべた。
 その無邪気な笑顔を見つめているうちに、私の口からぽろりと言葉が零れ落ちる。

「佐伯君は、本当にお花が好きなんだね」
「……え?」
「あっ」

 慌てて両手で口元を押さえる。
 しかし、空気中に放たれた言葉を引っ込めることはできない。

「無理しない練習で、好きなものの話をするようになったじゃない? でも、佐伯君はずっとお花の話をしなかったよね」
「……うん」
「でもね、毎朝水やりをしている佐伯君の顔を見て、きっとバスケットと同じくらい……ううん。もしかしたらそれ以上にお花が好きなんじゃないかなと思ってて」

 自分の推測を並べているうちに恐れ多くなり、私は慌てて大きく手を振った。

「ごめん、勝手な想像でしかなかったの。もし私の勘違いだったらご……」
「違わない」

 言葉を途中で遮られ、暗室の中にすっと静寂が落ちる。

「違わないよ。俺、花が好きだ。……でも、ほら。男だし。あんまり人に言うのもなって思って、誰にも言ってなかったんだ」

 佐伯君は少し気恥ずかしそうに頬を緩め、はにかんだ。

「有栖川はすごいな。隠してたのに、バレちゃった」
「なんで?」
「え?」
「どうして男の子だとダメなの?」

 好きという気持ちに、なぜブレーキをかけなければいけないのだろう。
 花が好きであることを、なぜ男の子だからと言って隠す必要があるのだろう。

「……男らしくないじゃん」
「え、そんなの関係ないよ!」

 思いのほか大きな声が出てしまい、自分でも驚いて口元を押さえた。
 そして息を吸い込み、もう一度はっきりと告げる。

「男とか女とか関係ないと思う。いいじゃない、お花が好きで。それに……」

 暗室に吊るされた、彼が丹精込めて育てた花々の写真を見つめながら、言葉を繋いだ。

「こんなに綺麗にお花を咲かせられるんだもん。それってお花が好きじゃなかったらできないよ。私、佐伯君にはお花を咲かせる才能があると思う」

 その瞬間、佐伯君は急に両腕で顔全体を覆うと、大きな声を上げた。

「うっわ、はず! やばい、バスケの話をした時よりずっと恥ずかしいわこれ」
「あ、え、ご、ごめん……」
「いやちがう、そうじゃなくて。……恥ずかしいけど、なんか」

 顔を覆った腕の隙間から、耳まで真っ赤に染まった佐伯君の顔がちらりと覗いていた。

「なんか、嬉しい。ありがとう」
「……へへ」

 照れくさそうに笑う彼の表情があまりにも暖かくて、私も釣られて笑ってしまった。




「ベルギーに七年いたって話したじゃん」
「うん」
「ヨーロッパって日常に花がある生活が普通でさ。俺が住んでたベルギーでは、フラワーカーペットっていう、花を使ったイベントが行われるんだ」

 少し心が落ち着いてから、佐伯君はゆっくりと語り始めた。

「二年に一度、四日間だけ。グランプラスっていう広場に花を敷き詰めて……モチーフはいろいろ。天使だったり、レースの柄だったり、EUのロゴや、アフリカがテーマになったこともある」
「お花で、カーペットを作るの?」
「そう。で、建物の上から見るんだ。圧巻だよ、本当に。初めてベルギーへ行った年の夏に見たんだ」

 小学生の時に見に行ったと言っていた。
 言葉も通じない遠い外国で、幼い彼はどんな思いで過ごしていたのだろう。

「それを見てすごく感動して。それから、俺が花をみつけると元気になるってわかったんだろうな。親も、いつも家に花を飾ってくれて」
「……いい親御さんだね」
「はは。なんか照れるな。それ以来、ずっと好き」

 佐伯君は伏せていた視線を持ち上げると、私の顔を真っ直ぐに見つめた。

「本当は、園芸係になりたかったんだ。人気ないから、仕方なくってふりしてたけど……はは。誰かに言うの、初めてだ」

 また、ドクンと胸が鳴る。
 いつも見せる凛々しい眉が少し下がり、綺麗な二重が柔らかく弧を描く。
 心から好きなものを愛おしそうに語っているときの、佐伯君の素の顔だと思った。

「見たいな、私も。いつか、そのフラワーカーペットを見てみたい」

 私の言葉を聞いた佐伯君は、何かを思いついたような顔をすると、明るく弾んだ声を出した。

「あ、じゃあうちに来なよ。写真あるから」
「え、いいの?」
「本物を見て欲しいけど、今すぐは無理だろ。大人にならないと。でも、写真なら見せてやれるし」
「……わ、うれしい!」

 佐伯君が毎日愛情を込めてお世話をしている花は、どれも生命力に満ちていて美しい。
 あんなに綺麗な花を育てられる佐伯君が、お花を好きになったきっかけの場所。大切な思い出を見せてもらえるだなんて、何と特別なことだろう。
 胸の奥が熱く重なり、喜びと楽しみで満たされていく。
 友達として信頼してもらえた。
 佐伯君が誰にも明かさなかった大事な秘密を、自分だけに教えてもらえた。

 その事実が誇らしくて、私の心臓はドクドクと鼓動を早めていった。