「はぁ」
校舎の渡り廊下で、ひとりポツンと雨の外を眺めた。
雨の日の放課後は誰もここを通らないと知っている。
失敗した。
絶対に失敗した。
あの場は何事もなかったかのように収まったけれど、二人とも気分を害したような雰囲気になったのは、私の勘違いではないはずだ。
変わろうと思ったのに。佐伯君のように、少しずつ努力してみようと思ったのに……。
「うまくいかないなぁ」
雨で煙る中庭に向かって、もう一度大きなため息をつく。
「何が上手く行かないの?」
「え、わ、長谷部先輩!」
突然上から声が降ってきて振り返ると、すぐ目の前に、私と同じように頬杖をついた長谷部先輩の顔があった。
距離の近さに驚いて、慌てて後ろへ身を引く。
「ごめんごめん。何度も呼んだけど、気づかなかったみたいで」
先輩は苦笑いしながら頭をかいた。
「で、何が上手く行かないの?」
しっかり聞かれてしまっていた。
まさか芹香たちの話をするわけにもいかない。
「あの、撮影場所を考えていて。近所の公園は植え込みばっかりだったので、どこで練習しようかなって」
「ああ、なるほど。花の写真の練習場所か」
深く追及されることもなく、素直に納得してくれたようで胸をなでおろす。
「校外学習では撮るつもりなんですけど、もう少し別の場所にも行きたいな、と」
「そうだなぁ……遠すぎず、お金がかからない場所……あ、北公園はどう?」
北公園。ここから電車で四十分くらいの場所だ。
近くはないけれど、乗り入れの電車一本で行けるから移動は難しくない。
「桜で有名な場所ですよね?」
「うん。だけど桜だけじゃないよ。季節に合わせて、四季折々の花が咲いてる。僕も一年生の時に初めて行って、それから何度か通った場所なんだ」
「へぇ……」
「すごく広いから、いろんな景色が撮れるよ。というより、花以外でもいいと思うんだ。木や建物、虫、芝生……そういう、自然にあるものを見つけてみたらいいんじゃないかな」
胸の中でストンと何かが落ちた。
花の写真を撮る練習なのだから、花だけを撮らなければいけないと思い込んでいたのだ。
「花じゃなくても、良かったんですね」
自分の頭の硬さが可笑しくなり、少し恥ずかしくなる。
「一緒に行こうか?」
「……え?」
思いもよらない提案が頭上から降ってきた。
「ちょっと気分転換したいなと思ってたし、ちょうどいいや」
「え、いえ、でも先輩は受験生ですし……」
「うん、だから気分転換。模試の後がいいな」
先輩はスマートフォンを取り出し、画面をスクロールする。
「あ、この日はどう? 空いてる?」
画面に示された日付は、校外学習の翌週末だ。
「はい、空いてます」
空いてはいるけれど、本当に良いのだろうか。
戸惑いを隠せない私をよそに、先輩はあっさりと頷いた。
「じゃあ、時間とかはまた改めて。よろしくね」
「はい……よろしくお願いします」
あれよあれよという間に予定が決まってしまった。
展開の早さに驚くけれど、これもきっと成長するためのチャンスの一つなのだろう。
写真部のエースである先輩の撮影方法を直接学べる貴重な機会だ。
*
今日は有栖川に会えなかった。
このところ毎朝顔を合わせているから、彼女と話さないまま一日が始まると、なんだか妙に調子が狂う気がした。
「……あれって」
放課後、部室のゴミを捨てに外へ出たとき、渡り廊下の向こうに小さく立つ人影が見えた。有栖川だ。
周りに誰もいない。
今なら声をかけてもいいかもしれないと思い、手を振ろうとした。
しかし――。
「誰だ、あれ?」
渡り廊下の奥から一人の男子生徒が近づいてきて、彼女に話しかけた。
有栖川は一瞬驚いたように身体を跳ねさせたけれど、すぐに普通に会話を始めた。
遠目からでも分かるくらい、その顔には柔らかな笑顔が浮かんでいる。
「……なんだ、俺以外にも話すんだ」
口の中で、ポツリと呟きが漏れた。
別に、彼女が誰と話したって俺には関係ない。
ましてや、学校で自分らしく話せないと悩んでいた彼女が、他の誰かと普通に笑い合えているのだ。友人として、喜ばしいことじゃないか。
それなのに。
静まり返った渡り廊下で楽しそうに笑う二人の姿を見つめていると、胸の奥で名前のつかないモヤモヤが生まれてくる。
モヤモヤは徐々に大きくなり、重く、渦を巻く。
