「近所の公園は遊具と植え込みしかないし……あ、隣の駅にある大きめの公園なら花壇があるかも。あとは……」
放課後、自室の机でメモ帳を広げ、撮影の練習場所を書き出そうとするものの、ペンがなかなか進まない。
花なんてどこにでも咲いていると思っていたけれど、いざ「写真を撮る」という目的で改めて探してみると、ピンとくる場所は驚くほど少ない。
「あ、そうだ。校外学習」
来週、学年全体で行く大きな記念公園のことを思い出す。
ここは絶好の機会になりそうだ。
「グループ学習の間は一緒に回って、芹香ちゃんたちが撮りたい写真スポットを回れば、あとは少しだけ単独行動をして……」
グループでの課題は小一時間もすれば終わるはずだ。
お昼ご飯を挟んだ前後は芹香たちと写真を撮って、最後は少し抜けても問題はないだろう。
「あとは……マップで調べるか」
スマートフォンを取り出し、地図アプリを開く。
緑色が広がっているエリアにピンを立て、投稿されている写真を一枚ずつ確認していった。
「ここ良さそう。緑道か、行ったことないな」
よさそうな場所を片端から保存していると、画面の上部にぽんと通知が跳ねた。
「あ、希美ちゃんだ」
タップしてSNSのアプリを開く。
画面に映し出されたのは映画館のロビーの写真だ。セルフィーで映る希美の隣で、芹香がピースサインを作っている。
「……週末の写真か」
先週、二人が映画に行くと言っていたのを思い出して、胸が少しだけキュッとした。
勇気が出ずに「一緒に行きたい」と言えなかった、あの誘われなかった日だ。
画面をスワイプする。
お昼に食べたファーストフードの写真、賑やかなゲームセンターで撮った写真。カラオケではSJKの大きな風船を抱える写真。
どれも楽しそうな笑顔で溢れている。
「……え」
最後の写真で、スクロールする指がピタリと止まった。
テーブルの上に山盛りにされたお菓子の袋。キャプションには『校外学習の準備』『JK最後の遠足』と書かれていた。
「お菓子……一緒に買ったんだ」
二人がお菓子を選んでいる光景が頭に浮かび、心が重くなる。
*
しとしとと、冷たい雨が窓を叩いていた。
雨の日は、朝の練習は中止。それが佐伯君との約束だ。
今朝は特に佐伯君と話したい気分だったけれど、こればかりは仕方がない。
「野面積みとは、自然石や割石をほとんど加工せずにそのまま積み上げていく方法のこと。石と石との間にできた隙間には、小さな石を詰める、と」
「うける。小学生の自由研究みたいだよね、これ」
図書室の長いテーブルで、希美がクスクスと笑う。
今日のロングホームルームは、校外学習の事前調べをしている。とはいえ、半分遠足のような行事なので、先生も生徒たちもそれほど熱心ではない。
「有栖ちゃんが調べてくれたこれ、そのまま使おうよ」
「うん、じゃあ書き写しておくね」
芹香の提案に頷き、ワークシートにペンを走らせる。
提出するのはA4用紙一枚だけだ。あとは当日撮った写真を貼れば完成する。
「芹香ちゃん、昨日発売のティーンズ買ったよー」
隣のグループの女子生徒が、雑誌を手にして話しかけてきた。
「え、ありがとう!」
「読モグランプリ、芹香ちゃんに投票するね」
「嬉しい! あ、有栖ちゃんも見て。これ今月のティーンズなんだけど」
芹香が嬉しそうにスマートフォンの画面を向けてくる。
誌面を撮影した写真だった。
「最強の読モグランプリを決めよう……わ、すごい。芹香ちゃん大きく写ってるね」
可愛い女の子たちが何人も並ぶ紙面の真ん中で、芹香はひときわ華やかな笑顔を弾けさせていた。
「グランプリになったらティーンズモデルのルナちゃんたちと表紙になれるの。有栖ちゃんもティーンズ買って、投票してね」
「うん、するする」
改めて、芹香は住む世界が違うくらいすごい人なのだと実感させられる。
希美がポンと手を叩く。
「あ、SNSで投票の宣伝するよね? 今度の校外学習でさ、有栖ちゃんに撮ってもらった写真を使えばいいんじゃない?」
「たしかにー。スタジオ有栖ちゃんの写真なら間違い無いよね」
盛り上がる二人を見つめながら、私はスカートの布地を小さく握りしめた。
良い雰囲気の今なら、言えるかもしれない。
佐伯君のように、少しだけ勇気を出して自分の気持ちを伝えてみる。それが今、この時なのかもしれなかった。
「あ、あの、あのね、昨日のインスタ見たんだけど……」
「ん?」
意を決して口を開く。
昨日、二人でお菓子を買いに行ってしまったことだ。
「お菓子、買ったんだね。校外学習の」
「あ、見てくれた?」
「楽しかったよね。駄菓子屋パーク行ったの。子供の気持ちを思い出した」
笑い合う二人に、喉の奥に引っかかっていた言葉をそっと告げてみる。
「わ、私も行きたかったな。……校外学習の買い物ならさ、誘ってくれたらよかったのにって思ったりして……」
言えた。ついに言葉にできた。
ドクドクと心臓が破裂しそうなくらい激しく鳴り響く。
身体中が耳になったみたいに全身の神経を尖らせて、二人の返事を待った。
「え、行きたかったの?」
芹香がポカンとした顔で聞き返してくる。
「あ、えーと……」
どう返すのが正解なのだろうか。
「行きたかった」と言うべきか「誘ってほしかった」と言うべきか。
迷ってしまい、言葉に詰まる。
「え、でもうちら映画行くって話したじゃん」
希美が少し呆れたように口を開いた。
「ね。有栖ちゃん何も言わないから、行きたく無いのかと思っちゃった」
芹香がフッと笑う。
図書室のこの長机を囲む空気が、一瞬だけピリッと凍りついたように感じられた。それから芹香が言葉を続ける。
「ついてきたいなら、そう言ってね」
冷たい声のように感じたのは、私の被害妄想だろうか。
恐る恐る顔を上げると、芹香も希美も、いつも通りの笑顔を浮かべていた。
『ついてきたいなら、そう言って』
その言葉が頭の中で何度も虚しく反響する。
固まった唇をゆっくりと動かした。
「……うん、次からは、そうするね」
口元を引き上げて笑ってみたけれど、いつもみたいに笑えているかどうかは自分でも分からなかった。
*
