ねぇ。『トモダチ』は『友達』?
カシャッ
レンズの向こうで、色鮮やかな応援旗とポニーテールが弾けた。
「すごーい。超ナチュ盛れ」
「やっぱ写真撮るの上手いよね」
「さすが、スタジオ有栖ちゃん!」
液晶画面を覗き込んだ芹香たちが、甲高い声を上げて歓声をあげる。
差し出されたスマートフォンを返すと、彼女たちは私にお礼を言うでもなく画面を指で叩き、すぐにSNSを開いた。
体育祭、文化祭、校外学習。
楽しそうなのは、レンズの向こうの世界だけ。
私はいつも、そこにいない。
有栖川ひなた、十七歳。写真部。
「ねえ有栖ちゃん、撮ってー」
「うん、いいよ」
頬の筋肉を持ち上げて笑みを貼り付け、今日も画面越しにみんなを見る。
体育祭の喧騒が響くグラウンドで、私はファインダーの枠に収まる友達の姿を追い続けていた。
誰かがポーズを変えるたびにシャッターを鳴らす。私は指先ひとつで青春を切り取る。
「颯真君も一緒に撮ろう」
芹香が少し離れたところにいた男子生徒に声をかける。
「ごめーん。俺、写真苦手!」
手をひらひらと振りながら爽やかに断る声が返ってきた。芹香は「もーう」と唇を尖らせて笑う。
特進クラスの佐伯颯真くんだ。
学校中の人気者である彼にあんな気軽に声を掛けられるなんて、芹香はやっぱり、特別な女の子なんだろう。
「はー。颯真君、本当にかっこいい」
「昔キッズモデルしてたんだって」
「特進クラスなのにガリ勉じゃなくて、爽やか優等生で人望も熱いいい人でバスケ部のエース。加えてモデル経験あり……って、どれだけ完璧なのよ」
女子生徒たちがチラチラと視線を送りながら楽しそうに話す。
きっと芹香みたいな男子なんだろうな。
私の佐伯君に対する印象は、そんな感じだった。選ばれし人。私とは全く違う、眩しい世界に生きている人。
「有栖ちゃん、お弁当食べよう」
芹香が振り返って声をかける。その呼びかけに、胸の奥で固まっていた息がすっと抜けて、心底ほっとした。
「うん。食べよ」
今日も私はトモダチとお弁当を広げられている。
シートの上に並べられた色とりどりの弁当箱の端に自分のものを置き、私は卵焼きを咀嚼した。会話の波に乗り遅れないよう、みんなの言葉に合わせて頷く。
心に深く残るのは、中学校の記憶だ。
中一の夏に転校した私は、すでにグループが出来上がった新しい学校に馴染むことができず、友達と呼べる友達ができなかった。
机に突っ伏して過ごした休み時間、移動教室のたびに浮き足立つ周囲の中で一人歩いた廊下の冷たさを忘れたことはない。
何より辛かったのは、夜中にドアの向こうから聞こえてきた母の声だ。
心配した母が、父と話し合いをしながらこっそり泣いていたことを、私は知っている。
お母さんをあんな風に泣かせたくない。
高校では友達をつくる。
そう意気込んで始まった高校生活。今のところは順調だ。毎日芹香たちと一緒に過ごす。移動教室も、課外活動も。
先月の三者面談で、担任は開口一番に言った。
『有栖川さんはお友達とも仲が良くて』
先生の言葉を聞いた瞬間、隣に座っていたお母さんがホッと胸をなでおろした。その横顔を見て、私は自分の選択が間違っていないのだと心から安心した。
休日も『友達と出かける』と言うと、お母さんはパッと顔を輝かせて喜んでくれる。
お母さんを安心させるための笑顔。
嫌われないために差し出すカメラ。
……必死に守っているこの関係が、世間が言う『友達』と呼べるものなのかどうか、私にはわからない。
でも、変えられない。
どれだけおかしいなと思っていても、どれだけ自分が息苦しくても、ようやく得たトモダチを手放す勇気が、私にはなかった。
だから私は、今日もカメラを構える。
自分自身をすり減らしてでも、この穏やかな居場所を守るために。
*
