わたしが忘れた 紅い花

 あの人がいる限り外仕事をしているわけにもいかなかったので、とりあえずホームセンターの店内へと逃げ込んだ。じっとしているのが嫌で、冷蔵コーナーの冷たさを噛み締めながら、ペットボトルを幾つもカゴに入れた。
「村主さん?」
 レジカウンターにカゴを置くと、スタッフの佐倉(さくら)さんが神妙な顔で言った。
「どうした? 顔色悪くない?」
 朝からかかり続けているホームセンターのBGMを、頭の中で反芻する。言い聞かせるように深く頷く。
「大丈夫だよ…」
「裏で休んできたら?」
「大丈夫だってば」
 眉をひそめた佐倉さんに気づかないふりをして、わたしはバーコードがスキャンされていくいつもの光景を、食い入るように見つめた。赤い光、ピッという音、真剣な時に少し下唇が出る佐倉さんの癖。震える指先で、エプロンの硬い生地に触れる。
 大丈夫。大丈夫。
 佐倉さんが、ヨイショ、と膨らんだレジ袋をこちらに差し出した。
「いつもに増して、水の量が多いこと」
「これは……」
 あの人が、という言葉が出てこない。喉を押さえて、咳をする。
「外、暑いから」
 声は普通に出た。ずっしりとした袋をぶら下げて、レジに背を向ける。今、外に出たら、彼はまだいるだろうか。足が勝手に入口に向かって動き出そうとする。
「ねぇ、やっぱり休んできなよ」
 佐倉さんの声に、ぴたりと体が止まった。ゴツゴツとした袋を抱え上げる。ペットボトルの冷たさが腕を伝い、少し頭が冴えた。
「そうだね、ごめん。ちょっとだけ座ってくる」
 無理に笑ってみせて、入口とは反対側へと歩き出す。自分自身でありながら、自分じゃないような心と体に、いつもの居心地の悪さを感じていた。