沈丁花

 「佐江さん?」
 「あら、颯くん?」
 トイレに行こうとしているとたまたま佐江さんとすれ違った。佐江さんは俺に気づくと、すぐに近寄ってきた。
 「よかった。会えたわ」
 「え?」
 佐江さんは俺を探していたらしい。由宇から、俺が退院してないことや様子がおかしいことを聞いていたらしく、心配してくれたようだ。とりあえず、近くのフリースペースに佐江さんと向かった。佐江さんが椅子に座るのを手伝って、俺は佐江さんの隣に座った。
 「颯くん、何かあったのかい?」
 俺はしばらく沈黙を貫いた。俺自身も信じたくはないことを、誰かに言うとなると、それが本当のことであるように感じてしまうからだ。
 「何もないって言いたいっす」
 「詳しくは聞かないけれど……、そうだねぇ、受け入れることも大事だと私は思うけどねぇ……」
 『受け入れる』
 そんなこと出来るはずがない。俺の全てがかかっているというのに。
 「受け入れるしかないこともあるのが人生だよ。私だってさ「佐江さんに俺の何が!何がわかるんだっっ!!!」」
 佐江さんに分かるわけがない。俺の全てを奪われる危機の毎日の診察が、症状が、そして周りの同情の目が。変わらない事実を毎日突きつけられて、どうすればいいのかとずっと考えていることが、俺にとってどれだけ苦痛なのか。
 「どうされました?!」
 看護師さんが駆け寄ってきて、俺は正気に戻る。佐江さんの驚いた表情と、周りの視線に耐えられなくなって、俺は自分の病室へと早歩きで戻った。
 その姿をあいつが見ていたとも知らずに。