沈丁花

 佐江さんに出会った次の日、なぜか検査をすることになった。何もないということを判断する検査だと思っていた。しかし、検査を受けていくうちに何か違うことに気づいた。そんな悪い予感はいつも当たってしまう。
 「検査の結果、息子さんはスキルス胃がんであるとわかりました」
 診察室には沈黙が漂う。俺自身も初めて聞くような単語に思考が止まっていた。
 「『がん』ですか……?」
 母が意を決したように問う。
 「はい。それに症状はかなり進行しています」
 「それって、どのくらいですか……」
 一切口を開かない僕の代わりに母は医師にいくつか質問をしていた。俺はそれを聞きながら徐々に混乱していた頭は、正常に戻っていった。
 まず、俺はスキルス胃がんという難治性のがんらしい。しかも早期発見が難しいがんで、俺の中でかなり進行しているそうだ。そして、腹膜へ転移しているという。母が泣き出しそうになっている中、俺は初めて口を開いた。
 「俺……走れますか?」
 両親は俺の言葉に息を呑んだ。二度目の沈黙は最初より長く感じた。医師は重く閉ざした口を開いて言った。
 「走ることは厳しいと思います。颯さんのがんはすでに転移しており、手術をすることはできません。そして、完治は厳しく、残された時間は多くはありません」
 そういう医師の言葉に誰よりも早く反応したのは父だった。
 「それはつまり、余命宣告ということですか……?」
 「はい。颯さんの余命は約一年。五年生存率は10%前後です」
 『余命』という言葉よりなぜか『走ることは厳しい』という言葉が俺に重くのしかかる。本当に走れなくなるのだろうか。いや、もうすでに走れないのかもしれない。
 「……だ、ぅそだ嘘だ嘘だ嘘だっっっ!!」
 「はやてっ?!」
 いきなり叫びだす俺に母はどうしたのかと問う。父は暴れだしそうな俺の体をすぐに抑える。両親が俺の名前を呼ぶも何も届かない。認めたくない事実を俺は拒絶している。気づけば俺の意識は遠ざかっていった。