沈丁花

 「颯、来たぞ」
 「由宇!」
 次の日、由宇は宣言通りに俺のいる病室に来た。
 「はいこれ」
 「え?!わざわざこんな……」
 渡されたのは入院していた間の授業のノート。パラパラとみていくと、板書だけとは思えないくらいメモがびっしりと入っている。
 「さんきゅーな?」
 「つ、ついでだから!ばぁちゃんの見舞いの!俺この病院よく来るし、あいつらが書いて持ってけって言うし?」
 よく分からない言い訳を並べていく由宇の顔につい笑ってしまった。由宇のツンデレ具合が平常運転でなんだか嬉しくなった。
 「何笑ってんだよ!」
 「ごめんごめん、ごめんって」
 そう言いながらも腹を抱えて笑ってしまう。俺がずっと笑っているからか、由宇はおかしなものを見るような目で俺を見てきた。
 「もう笑うなって!ほら、ばぁちゃんとこ行くぞ」
 「おけおけ」
 「そういや、体大丈夫なのかよ」
 由宇はこう見えてたまに鋭いときがある。由宇の言葉にドキッとしながらも、俺は平然を装う。
 「大丈夫だって」
 「ならいいけど」
 まだ信じられないのか、心配そうに見てくる由宇に少し申し訳なく思いながらも、由宇の背中を押しながら病室を出る。廊下を出てすぐのエレベーターに乗って三階に行く。病室に向かいながら由宇の祖母の人柄や病状について話していた。
 添島と書かれている病室の前で由宇は止まった。そのままガラッと扉を開けると、突然俺たちを襲う強い風。由宇は「またか」と口にこぼす。何のことかと由宇の後ろからのぞき見ると、窓が全開に開いているのが見えた。
 「ばぁちゃん!窓を開けるのは少しだけって言ったよね!」
 「おや、その声は古宇かい?」
 「違うよ。由宇だよ」
 「あぁ、由宇ちゃんね」
 由宇の祖母は視力障害があり、あまり見えていない。そのため由宇の父と声が似ている由宇は、よく間違われるらしい。未だに窓のことについて由宇が「風邪を引く」とか「物が飛ぶ」とか色々言いながら、窓を閉めていく。由宇の祖母は由宇に聞いたとおりで、おっとりしていてマイペースなようで、由宇の言っていることをちゃんと聞いてないようだ。
 「あら、もう一人誰かいるみたいね」
 俺のことに気づいたみたいで、由宇に誰なのかと聞いている。
 「あぁ、俺の友達の颯。ばぁちゃんと同じこの病院に入院してるんだよ」
 「あ、颯っていいます。由宇にはお世話になってます」
 「あら、由宇ちゃんと仲良くしてくれてありがとね。私のことは佐江と呼んでちょうだい」
 「はい!佐江さん」
 そんなやり取りを見ていた由宇が「そんなことしないでいいのに」と言っているのを耳にしながら、俺はあるものが目に入った。目が離せないほど神秘的で、思わず口に出していた。
 「綺麗っすね」
 俺の視線の先には写真立てに入った一枚の絵があった。由宇はその絵が佐江さんの作品だという。
 「ばぁちゃんは絵を描くのが趣味でさ、色々描いてたみたいだよ」
 「すごいな」
 「そういえば颯って、絵をよく見てなかったっけ?」
 「あぁ、よく見る方かも」
 俺は暇な時間があったら、走るかSNSで絵を漁っている。なんで?と言われるとはっきりは答えられないが、描く人それぞれで個性が強く出る絵は見ていて飽きない。大会前に静止画や風景画を見ていると、心を落ち着かせることができるのだ。
 「そうなんだね。昔描いた絵を持ってきていたと思うから見ていくといいよ」
 「え!いいんすか?!」
 佐江さんは由宇に引き出しを指さしながら開くように言っている。由宇が引き出しを開くとそこには一冊のアルバム。俺はそれを受け取って一ページ目を開く。そこには、はがきサイズの絵が四枚並んでいた。次々とページをめくっていく。そこには四季を感じさせる様々な花や鳥、果物などが描かれていた。静止画もあれば躍動感のある絵まで。佐江さんの感性が詰まった美しい絵が詰まっていたのだ。
 「すごっ」
 これらの絵に圧倒され、俺から出る言葉はただ単純なものばかり。それだけ俺が夢中になる何かがあったのだ。
 「だよな。俺もばぁちゃんにこんな才能があったなんて最近知ったんだ」
 「え、そうなのか?」
 「あぁ、ばぁちゃんが入院するまで、ちょっと疎遠だったから」
 そういえば由宇は高校になってからこっちに来たと言っていた気がする。佐江さんの入院と同時にこっちに来たのだろう。
 「てか、そろそろ面会時間終了だよな。俺帰るわ!」
 「そうだな。俺も自分の病室に戻ろっかな」
 「またおいでね二人とも」
 佐江さんにお礼と別れの言葉を口にして、俺らは夕暮れに染まる病室を出た。