沈丁花

 「お邪魔します」
 「東君、いらっしゃい」
 俺は君が亡くなってから初めて風見家にお邪魔した。由宇が渋々教えてくれたのだ。由宇に嫌われている原因は何となくわかっているが、まあこれはしょうがないというか。どうしてもずっと作り笑いの俺が不気味らしい。
 風見の母親がふすまを開けて案内してくれる。俺は部屋につくと一人にしてほしいとお願いした。風見の母親は優しくうなずいてふすまを閉じた。
 「久しぶり風見」
 そう言いながらお香を立てて木魚を鳴らした。君と初めて大会で出会って、俺とほぼ同じくらいのスピードで走るから、絶対に勝とうと思った。勝った時、君がすごくにらんでくるから、俺は素直な君が面白くて大会で君と一位を争うことが楽しみになった。
 「君が病気だと知ったとき、何で俺じゃないんだろうって思ったよ」
 俺は流されながら生きていた。陸上に入ったのも体育の授業で速く走れて、陸上の顧問にスカウトされたからだ。でも、大会で君と出会ってから走ることが楽しくなった。君と走るために続けていたといっても過言じゃないくらいに。そんなことを思い出しながら、仏壇のそばにあるスケッチブックを取った。ところどころに付箋があり、俺の名前が書いてある付箋がいくつかあった。俺が走れなくなったらなんて思いながらページをめくっていく。俺の名前の付箋の一枚目はトラックを走る俺の姿。日付は全国大会。来ていたことを知らなかったから、少し恥ずかしくなる。俺が君をまねて走ったこともバレているのではないかと。いやきっと君のことだからバレているかな。二枚目は俺が笑っている顔。多分走り終わった後の顔なんだろう。めっちゃ楽しそうに笑っていて、俺がこんなに笑っていたなんて信じられなかった。よくみると右下に何か書かれていた。
 「俺の好きな顔……?ぷっあはは!」
 思わず笑ってしまった。君は本当に、俺をどこまでも笑顔にしてくれる。君も俺の作り笑いに気づいていたみたいだった。
 「俺のこと嫌いだったくせに」
 君の素直さには俺も完敗だった。そんな君は最後に何を描いたのだろうと、一番最後のページをめくる。
 「え………?そういうとこだよな君は」
 そこにあったのは君が走っている姿と沈丁花。もうこのころには力があまり入っていなかったのだろう。震えながらも描いたような絵。君が最後まで走ることが好きだということが伝わる。沈丁花は君が好きな花だと話していたものだ。沈丁花、花言葉は勝利、栄光そして永遠。
 「もう君の勝ちだよ」
 安らかに眠ってくれ。君のことは永遠に忘れない。そして俺は今日も走り続ける。きっと君が風となって一緒に走ってくれるだろうから。
 外に出ると風が吹き、桜の花びらが舞った。俺はその風と一緒に走り始めた。