春夏秋冬花祭 —夏の花は、不知火に結われて—

「……おいしかった。ありがとう、結俐(ゆり)

「いいえ。……そろそろ、私は帰ろうかな」

「うん」

 紅羽(くれは)の返事は、少しだけ小さかった。

 結俐はん、と呟いて、紅羽を見る。

 紅羽は笑っていた。

 けれど、その手は布団の端をきゅっと掴んでいた。

 結俐は、フットボードのところに置いてあった鞄を手に取った。

 そのとき、紅羽に聞きたいことを思い出す。

 結俐が口を開こうとすると、

「紅羽」

 扉の外から、男性の声が聞こえた。

 紅羽は「はい」と返事を返す。

 扉を開けて入ってきたのは、紅羽の父、雄輝(ゆうき)だった。

 雄輝は結俐の姿を認めると、ふっと表情を緩めた。

「結俐さん、また来てくれたんだね」

「お邪魔しています、雄輝さん」

 鞄を持ったまま、結俐は丁寧に一礼した。

 雄輝は微かに笑う。

 結俐はちらりと時計を見た。

「そろそろお暇しようと思っています。ですがあと少しだけ、紅羽との時間をいただけますか」

「ああ、もちろん。私は、出ていたほうがいいかな」

「いえ、大丈夫です」

 雄輝の気遣いに首を振り、結俐は紅羽の枕元へ戻った。

 紅羽は、不思議そうに結俐を見つめた。

「明日から私、夏休みなんだ」

 結俐は紅羽と目を合わせる。

「何かしたいことあったら、教えてくれる? 紅羽のやりたいことをやりたいな、って思って」

 紅羽は目を瞬かせる。

「結俐のせっかくの夏休みなのに、良いの?」

「うん」

 結俐は迷いなく頷いた。

 そして、紅羽の手をそっと握る。

「紅羽以外に、一緒に過ごす人いないし。紅羽のために時間を使えるなら、私は本望」

「なにそれ」

 紅羽は吹き出した。

 そして、じゃあ、と窓の外を見る。

 もう空も暗く、星が瞬いている。

 紅羽は、手を伸ばす。

「夜の海……観に行きたい。できれば、花火も」

「海と花火ね」

 結俐も窓の外を見る。

 紅羽はちらりと結俐の横顔を見て、また窓の外へと視線を戻した。

「じゃあ、それがうまく繋がる時、遊びに来る。……それまでも、来てもいい?」

「もちろん」

 紅羽はすぐに頷いた。

 その顔には、隠しきれない喜びの色があった。

「ありがと」

 結俐は鞄を後ろ手に持って、そっと口元を緩めた。

 そのまま、扉の方へと歩いていく。

「……ありがとう、結俐さん」

「私は何もしてませんよ、雄輝さん」

 扉の横で、二人は言葉を交わした。

 結俐は何かを噛み締めるように、微笑んでその場を後にする。



 ばたん、と再び、扉が閉まった。

 紅羽は父と話しながら、それでも、結俐が去ったほうを見つめ続けた。


——結俐。私……