水面に残らない

 次の日の昼休み、陽菜が私の教室まで来た。

「紬。これ、昨日借りたやつ」

 差し出されたノートには、数枚の紙が挟まっていた。

「昨日の分も入れて、グラフ更新しといたよ」
「もう?」
「うん。今日、生徒会の仕事があるから、早めにやっとこうと思って」

 ノートを受け取って開く。
 昨日までの数字が、きれいな線になって並んでいた。
 ばらばらだった数字が、線になるだけで、急に意味のあるものに見える。
 昨日まで私が書いていた数字が、こんなふうになるんだ。

「……やっぱり、見やすいね」
「ほんと?」
「うん」
「よかった」

 陽菜が、ほっとしたように笑った。
 その笑顔を見て、私はまた、胸の奥が少しだけざわつくのを感じた。
 すごいな、と思う。
 私だったら、こんなふうにまとめようなんて考えつかなかった。
 そう思った瞬間、また昨日のささくれに触れたような気がして、私は慌ててその考えを押し込めた。

「最近、生徒会忙しいんだっけ?」
「うん。文化祭近いから。今日も少し遅れるかも」
「そっか。わかった」

 陽菜は生徒会長をしている。
 昼休みになれば生徒会室へ行って、放課後も先生との打ち合わせや文化祭の準備があるらしい。
 だから、部活に来られない日もある。
 それでも、来れないからこそこうして何かをしている。
 私は、そういうものがない。
 毎日、部活に行く。
 道具を出して、タイムを取って、記録を書く。
 それを毎日しているだけ。
 その「だけ」が、急に小さく思えてしまった。

「じゃあ、また放課後ね」
「うん。またね」

 陽菜が教室を出ていく。
 私はその背中を目で追った。
 廊下の向こうで、別のクラスの子が陽菜に声をかける。
 陽菜は足を止めて、笑いながら何かを話していた。
 その輪の中にいる陽菜は、いつもより少しだけ遠く見えた。
 机の上には、さっき返してもらったノートがある。
 表紙にそっと指を置く。
 ざら、と紙の感触が指先に残った。
 私はそのまま、しばらく動かなかった。
 陽菜が作ったグラフは、きれいだった。
 私が書いた数字が、線になって、形になって、誰かに見えるものになっている。
 それなのに。
 なぜか私は、自分の書いた数字だけが、ノートの中に取り残されているような気がした。