「えっと……あ……」
今にも泡を吹いて倒れたい。横に半狐、少し目の前に丘の急斜面。
わたくし、怪異に襲われて死ぬんでしょうか……。
「その楽器は……クラリネットか? うちの宿の集客役が必要だったんだ。もし行き場がないなら、私のところに来ないかい? うちは小規模だが楽団がある。丁度クラリネットが足りなくてだな」
「き、急展開すぎてついていけないのですが……」
「そうだろうな。これからもっと急展開になると思うが……深呼吸だけしておくか?」
深呼吸だけで収まるほど小さい驚きではありません!
そう反論したかったけれど、この香ばしい匂いにつられて、思わず深く呼吸をしてしまう。
まずは肺、次にお腹、それから背中……と限界まで吸い込み、一気に息を吐きだす。匂いのおかげもあってか、少しずつ落ち着いてきた。
深呼吸だけで収まってしまいました……。
「それでは、向かうとするか。娘、名前は?」
「……来代です」
「幽世とは知っているか?」
……幽世、ですか。
「神職の者が使う言葉ですよね? この世には存在しないと……いえ、この世界ではない世界ですから……あれ、えっと……」
深く考えているうちに思考が変な方向へ向かってしまう。あべこべな感覚に戸惑っていると、紅迂が面白がるように来代の顔を覗き込んだ。
「幽世とはな、そもそも普通の人間が認識できないように作られている。今の其方のように、考えこもうとしてもそう簡単には思考がまとまらない」
「では、あなたは……」
「私は人間ではないからな。幽世の住民が幽世を認識できなくてどうする」
……そうでした、この人は……この狐は、半人半狐なのでした。
「……わたくし、覚悟を決めました。貴方についていきます」
「良い心がけだ。では、行くぞ」
すると、急に横抱きにされる。グラリと重心が揺れ、その隙にクラリネットや荷物を手から放してしまう。
……クラリネットが!
「おっと、危ないな。大事なものはもっとしっかり持っておけ」
紅迂が荷物を間一髪で受け止めて一歩踏み出した瞬間、夜のはずなのにどの夜景よりも明るい景色が目の前に広がった。
楽器の音、西洋風の街……。
「あれは……『サックス』ですか!? お父様の図と言葉でしか見たこともなかったのに……『トロンボーン』もいます!」
「良く知っているな。この時代に現世でクラリネットを吹いている女は、元から随分とハイカラだとも思うが……」
見渡す限りの灯り、ジャズ、見たこともない楽器、珈琲店……。
「でも、ここはわたくしよりずっとハイカラな場所……そう、『ハイカラ幽世』ですね!」
今にも泡を吹いて倒れたい。横に半狐、少し目の前に丘の急斜面。
わたくし、怪異に襲われて死ぬんでしょうか……。
「その楽器は……クラリネットか? うちの宿の集客役が必要だったんだ。もし行き場がないなら、私のところに来ないかい? うちは小規模だが楽団がある。丁度クラリネットが足りなくてだな」
「き、急展開すぎてついていけないのですが……」
「そうだろうな。これからもっと急展開になると思うが……深呼吸だけしておくか?」
深呼吸だけで収まるほど小さい驚きではありません!
そう反論したかったけれど、この香ばしい匂いにつられて、思わず深く呼吸をしてしまう。
まずは肺、次にお腹、それから背中……と限界まで吸い込み、一気に息を吐きだす。匂いのおかげもあってか、少しずつ落ち着いてきた。
深呼吸だけで収まってしまいました……。
「それでは、向かうとするか。娘、名前は?」
「……来代です」
「幽世とは知っているか?」
……幽世、ですか。
「神職の者が使う言葉ですよね? この世には存在しないと……いえ、この世界ではない世界ですから……あれ、えっと……」
深く考えているうちに思考が変な方向へ向かってしまう。あべこべな感覚に戸惑っていると、紅迂が面白がるように来代の顔を覗き込んだ。
「幽世とはな、そもそも普通の人間が認識できないように作られている。今の其方のように、考えこもうとしてもそう簡単には思考がまとまらない」
「では、あなたは……」
「私は人間ではないからな。幽世の住民が幽世を認識できなくてどうする」
……そうでした、この人は……この狐は、半人半狐なのでした。
「……わたくし、覚悟を決めました。貴方についていきます」
「良い心がけだ。では、行くぞ」
すると、急に横抱きにされる。グラリと重心が揺れ、その隙にクラリネットや荷物を手から放してしまう。
……クラリネットが!
「おっと、危ないな。大事なものはもっとしっかり持っておけ」
紅迂が荷物を間一髪で受け止めて一歩踏み出した瞬間、夜のはずなのにどの夜景よりも明るい景色が目の前に広がった。
楽器の音、西洋風の街……。
「あれは……『サックス』ですか!? お父様の図と言葉でしか見たこともなかったのに……『トロンボーン』もいます!」
「良く知っているな。この時代に現世でクラリネットを吹いている女は、元から随分とハイカラだとも思うが……」
見渡す限りの灯り、ジャズ、見たこともない楽器、珈琲店……。
「でも、ここはわたくしよりずっとハイカラな場所……そう、『ハイカラ幽世』ですね!」
