春休み。四月二日。七時前に目が覚めたが目覚ましは鳴っていない。カーテンの隙間から入る光の量は昨日と変わらないし、布団の重さも、足の裏に触れる床の冷たさも、昨日までと同じだった。
洗面所で顔を洗ってから鏡を見て、しばらくそのまま見ていた。それから少し顔を近づけて、もう一度見る。
「何も変わってない」
「そりゃ、誕生日が来ただけだからね」
背後の廊下を母が通り過ぎていくところだった。見られていたらしい。
朝食はいつもの食パンで、焼き加減もいつもどおりだった。母は玄関で靴を履きながら「おめでとう」とだけ言って仕事へ出ていった。
その日に届いたメッセージは三件だった。夕菜からは日付が変わってすぐで絵文字が七個も付いている。翔からは昼過ぎに「おめでとう」とだけ。美月からは夜になってから「ごめん今日だったっけ」と来た。
夜、帰ってきた母はチョコレートケーキの箱を提げていた。
子どもの時から毎年これになる。去年にそろそろ違うのにしようかと母が言ったのに結局これだった。父は今夜も帰りが遅いので先に二人で食べることにした。
「はい、これ」
母が小さな紙袋をよこした。中身は財布で春が使っていたものは去年からファスナーが引っかかっていたが、それを母には言っていない。
「ありがと」
「いいのがなくてね。色は自分で選びたかったかもしれないけど」
「別に」
食べ終えて皿を流しに運ぶころには九時を過ぎていた。母がテレビを消してそれから思い出したように言った。
「これからは、もっと自分で決めなさい」
春は手を止めた。蛇口から水が細く落ちている。
十八になったら自分で決めると言い続けてきたのは自分のほうだ。
「うん。でも分からなくなったら相談していい?」
母がこちらを見た。その目がなかなか離れないので春は流しのほうへ顔を戻す。
「もちろん」
それから母は何も付け足さずに布巾を畳んで自分の部屋へ行った。
歯を磨いて自分の部屋に行き、カレンダーの四月二日には去年の秋につけた丸が二重のインクのまま残っていた。
春はそれを見上げたまま、少しのあいだそこに立っていた。
もうすぐ高校三年生になる。そして始業式の翌日に進路希望調査票が配られることは、春休み前に聞いている。
洗面所で顔を洗ってから鏡を見て、しばらくそのまま見ていた。それから少し顔を近づけて、もう一度見る。
「何も変わってない」
「そりゃ、誕生日が来ただけだからね」
背後の廊下を母が通り過ぎていくところだった。見られていたらしい。
朝食はいつもの食パンで、焼き加減もいつもどおりだった。母は玄関で靴を履きながら「おめでとう」とだけ言って仕事へ出ていった。
その日に届いたメッセージは三件だった。夕菜からは日付が変わってすぐで絵文字が七個も付いている。翔からは昼過ぎに「おめでとう」とだけ。美月からは夜になってから「ごめん今日だったっけ」と来た。
夜、帰ってきた母はチョコレートケーキの箱を提げていた。
子どもの時から毎年これになる。去年にそろそろ違うのにしようかと母が言ったのに結局これだった。父は今夜も帰りが遅いので先に二人で食べることにした。
「はい、これ」
母が小さな紙袋をよこした。中身は財布で春が使っていたものは去年からファスナーが引っかかっていたが、それを母には言っていない。
「ありがと」
「いいのがなくてね。色は自分で選びたかったかもしれないけど」
「別に」
食べ終えて皿を流しに運ぶころには九時を過ぎていた。母がテレビを消してそれから思い出したように言った。
「これからは、もっと自分で決めなさい」
春は手を止めた。蛇口から水が細く落ちている。
十八になったら自分で決めると言い続けてきたのは自分のほうだ。
「うん。でも分からなくなったら相談していい?」
母がこちらを見た。その目がなかなか離れないので春は流しのほうへ顔を戻す。
「もちろん」
それから母は何も付け足さずに布巾を畳んで自分の部屋へ行った。
歯を磨いて自分の部屋に行き、カレンダーの四月二日には去年の秋につけた丸が二重のインクのまま残っていた。
春はそれを見上げたまま、少しのあいだそこに立っていた。
もうすぐ高校三年生になる。そして始業式の翌日に進路希望調査票が配られることは、春休み前に聞いている。


