三年に上がってからの一年は、去年までより短かった。冬に共通テストが終わり、三月のはじめに結果が出て第一志望のほうに受かった。
卒業式の予行が終わった日、四人は誰からともなく美術室に集まった。三年の教室はもう椅子が下ろされてワックスの匂いがするので落ち着かない。美術室なら人が来ないと美月が言った。
窓を開けると三月の風はまだ冷たい。美月は窓枠に肘をついてスマホで外の様子を撮っていると夕菜がこう言った。
「それ、何に使うの」
「背景。いつか描くかもしれないし」
「いつかって便利だよね」
夕菜が笑いながら缶のミルクティーを開けた。四人とも自販機で買ってきたのに、中身はばらばらだった。
一年の間に、それぞれの行き先は決まっていた。美月は情報デザインの学部に、夕菜は母親と話し合って決めた大学に進む。翔は四月から正式に店に入る、看板は翔が塗り直して、字がまた赤くなった。
「そういえば」
美月がスマホをしまってこちらを向いた。
「春さ、心理のやつあれでいいの。ほんとに」
「うん」
「六年でしょ。長くない?」
「長い」
「それで、なれなかったら」
聞いておきながら、美月の口もとがゆるんだ。自分が散々言われてきた質問だと口にしてから思い当たったらしい。
「そのときは、また考える」
「また考えるって」
「うん。そのときの私が考えると思う」
雑な答えだという自覚はあった。ただ、六年後の自分に決めさせるというのは、いま考えても仕方がないことを放り投げているのとは少し違う。少し違うはずだとだけ思っている。
「じゃあ、失敗したら」
翔だった。壁にもたれたままこちらを見ずに言う。
「助けてもらう」
「即答かよ。誰に」
「お母さんとか。あとたぶんここにいる人とか」
夕菜が缶を持ち上げて、冗談めかした調子で言う。
「それって、自立してないんじゃない?」
「でも一人で全部やるよりはいいと思う」
「そっか」
そして、しばらく誰も何も話さずにいると春はずっと聞いてみたかったことを聞いた。
「ねえ。十八になって変わったことあった?」
翔が最初に答えた。
「十八になれば、車の免許が取れるようになったり、ローンとか組めるようになったりするから変わると思っていたけど実際は、何も変わらなかった」
そう言って、翔は一瞬だけ春のほうを見た。
美月は少し考えてから言った。
「私は、むしろ大変になったかも。お母さんが対等に話してくるようになったから。前から聞かれてはいたけど、今は本気で言い返してくる」
「それ、いいことじゃん」
「いいことだよ。だから大変なの」
夕菜は缶を両手で包んだまま答えなかった。三人が待っているとようやく口を開く。
「私はまだ分かんない。だって、まだ十七だし」
そうだった。夕菜の誕生日は三月三十一日で、卒業式の日が来てもまだ十七のままでいる。
次に、三人の目がこちらに向いた。
「私も、分かんない」
言ってしまえばそれで終わりだった。終わりでよかったのに続きが出てきた。
「でも、一個だけ分かった。自分で決めるって、一人で全部決めることじゃないんだと思う」
そして四人は美術室を出ると昇降口で靴を履き替えて一緒に帰っていった。
四月からそれぞれ違う方向へ歩き出す。だからこうやって肩を並べて帰るのは最後なのだろうか。
二年の秋、進路希望調査票の未定に丸をつけたのは、この校舎の二階だった。あのときは三秒で終わった。
あのときもあのときで不安だったし、今も不安はある。六年間ということも、学費の額も、なれなかったときのことも。
それでも、足は止まらなかった。
これからも分からないことはたくさん出てくるだろう。でも自分で考えて決める。
そのくらいのことしかまだ言えない。
卒業式の予行が終わった日、四人は誰からともなく美術室に集まった。三年の教室はもう椅子が下ろされてワックスの匂いがするので落ち着かない。美術室なら人が来ないと美月が言った。
窓を開けると三月の風はまだ冷たい。美月は窓枠に肘をついてスマホで外の様子を撮っていると夕菜がこう言った。
「それ、何に使うの」
「背景。いつか描くかもしれないし」
「いつかって便利だよね」
夕菜が笑いながら缶のミルクティーを開けた。四人とも自販機で買ってきたのに、中身はばらばらだった。
一年の間に、それぞれの行き先は決まっていた。美月は情報デザインの学部に、夕菜は母親と話し合って決めた大学に進む。翔は四月から正式に店に入る、看板は翔が塗り直して、字がまた赤くなった。
「そういえば」
美月がスマホをしまってこちらを向いた。
「春さ、心理のやつあれでいいの。ほんとに」
「うん」
「六年でしょ。長くない?」
「長い」
「それで、なれなかったら」
聞いておきながら、美月の口もとがゆるんだ。自分が散々言われてきた質問だと口にしてから思い当たったらしい。
「そのときは、また考える」
「また考えるって」
「うん。そのときの私が考えると思う」
雑な答えだという自覚はあった。ただ、六年後の自分に決めさせるというのは、いま考えても仕方がないことを放り投げているのとは少し違う。少し違うはずだとだけ思っている。
「じゃあ、失敗したら」
翔だった。壁にもたれたままこちらを見ずに言う。
「助けてもらう」
「即答かよ。誰に」
「お母さんとか。あとたぶんここにいる人とか」
夕菜が缶を持ち上げて、冗談めかした調子で言う。
「それって、自立してないんじゃない?」
「でも一人で全部やるよりはいいと思う」
「そっか」
そして、しばらく誰も何も話さずにいると春はずっと聞いてみたかったことを聞いた。
「ねえ。十八になって変わったことあった?」
翔が最初に答えた。
「十八になれば、車の免許が取れるようになったり、ローンとか組めるようになったりするから変わると思っていたけど実際は、何も変わらなかった」
そう言って、翔は一瞬だけ春のほうを見た。
美月は少し考えてから言った。
「私は、むしろ大変になったかも。お母さんが対等に話してくるようになったから。前から聞かれてはいたけど、今は本気で言い返してくる」
「それ、いいことじゃん」
「いいことだよ。だから大変なの」
夕菜は缶を両手で包んだまま答えなかった。三人が待っているとようやく口を開く。
「私はまだ分かんない。だって、まだ十七だし」
そうだった。夕菜の誕生日は三月三十一日で、卒業式の日が来てもまだ十七のままでいる。
次に、三人の目がこちらに向いた。
「私も、分かんない」
言ってしまえばそれで終わりだった。終わりでよかったのに続きが出てきた。
「でも、一個だけ分かった。自分で決めるって、一人で全部決めることじゃないんだと思う」
そして四人は美術室を出ると昇降口で靴を履き替えて一緒に帰っていった。
四月からそれぞれ違う方向へ歩き出す。だからこうやって肩を並べて帰るのは最後なのだろうか。
二年の秋、進路希望調査票の未定に丸をつけたのは、この校舎の二階だった。あのときは三秒で終わった。
あのときもあのときで不安だったし、今も不安はある。六年間ということも、学費の額も、なれなかったときのことも。
それでも、足は止まらなかった。
これからも分からないことはたくさん出てくるだろう。でも自分で考えて決める。
そのくらいのことしかまだ言えない。


