私のまわりで、何かがゆっくりと変わり始めていた。
それは目に見える変化じゃない。でも、心は、確信していた。言葉に出来ない焦燥。純に向かって、何かを投げつけてしまいたいような衝動。それを無理矢理押し殺す毎日は、私の行動をまた、躓かせていった。
純が、困惑しているだろうことは想像できた。いっそ腹でも立ててくれればいいのになんて、身勝手なことを思いながら、純がそんなことはしないことも知っていた。そして、知っている自分自身に苛立っていた。だから、理由もなく、意味もなく、馬鹿なことを話し出していた。
「私はきっと、誰のことも、ちゃんと好きになれない。だから、こんな私が嫌になったら、いつでも言ってね」
純の部屋。
生まれたまんまの姿で気だるげに横たわったまま、私は言った。聞かれてもいない言い訳を口にしながら、私は笑っているつもりだった。ちゃんと歯だって綺麗に見せて、笑っているつもりだった。なのに、
「……美香」
同じように横たわっていた純が、仕方なさそうに呼んで、細い指先で私の頬を拭った。
「……ぁ……」
知らずに流れ出した涙が、米神を伝っていく。でも、泣いていることが納得できない私は、不器用に笑って、言葉を続けた。
「はは……、なんだろこれ?」
涙を拭いながら、乾いた笑いを浮かべる私の頬を、純の掌が優しく包むから、私は顔をそれ以上あげたくなくて、瞳を伏せたまま純の背に腕を回した。
その腕に応えるように、強く強く抱きしめられて、胸のずっと奥に隠してあった本当が、搾り出されるように涙が零れた。誰にも知られないように。見つからないように。自分自身でさえ気づけないようにと閉じ込めていた本当が、胸の奥底からあふれ出してくる。
慣れた空気、慣れた空間は、私を安堵させて、しまいこんでいたはずの澱が、ぽろぽろと零れだす。腐臭をともなう淀んだ澱は、時間をかけて溜め込んだ、私の心だった。
ずっとずっと願っていた、小さな願いは私の腕の中。大事に、大事に暖めすぎて、醗酵して、腐って、いまじゃ形も留めていない。それに気づいた時、私の心は壊れ始めていたのに、私は気づかないふりをした。悪いほうへと転がり落ちる心を、知っていながら止めずにいた。
独りになりたい。自由になりたい。そう言いながら、望むようなぬくもりを返してくれない何もかもに諦めながら、それでもその時、純がくれるぬくもりだけは欲しかった。それがどんなに我侭で自分勝手な行動か知っていたけれど、今この時、純の手が欲しかった。
そして、私は、
純の腕に包まれながら、初めての恋に「さよなら」をしたあの日を、思い返していた。
私はあの人が、私を引きとめてくれるかもしれないって、心の何処かで思っていた。我侭だけど「さよなら」って言ったら、「どうして?」って聞いてくれるって、そう思っていた。なのに、あんなにたくさんの時間一緒にいたのに、普通の毎日だって楽しい思い出のひとつに変えられるくらい傍にいたのに、別れはとてもあっけなかった。
心の中の私は、何度も何度も振り返る。あの人の姿を探して振り返る。そして、何度振り返ってもあの人の姿を見つけられないと気づいたとき、私は初めて私の気持ちを知った。
―― 私、本当は、別れたくなんかなかった……
膝を抱えて、心の中の別れの場面にしゃがみこんで、私は泣いた。
―― 追いかけてきて欲しかった……
本当は……、好きだったの。大好きだったの。初めてあったあの日から、あなたのことが、大好きだったの。本当は、もっと上手に話したかった。本当は、もっと、違う言葉を言いたかった。優しく、優しく、包んであげたかった。
でも、私の中の何かが、私を引き止めた。言葉を飲み込ませた。条件付の愛情しか知らない私に、誰かを大切にすることなんか、出来っこないって知っていたから。
それは目に見える変化じゃない。でも、心は、確信していた。言葉に出来ない焦燥。純に向かって、何かを投げつけてしまいたいような衝動。それを無理矢理押し殺す毎日は、私の行動をまた、躓かせていった。
純が、困惑しているだろうことは想像できた。いっそ腹でも立ててくれればいいのになんて、身勝手なことを思いながら、純がそんなことはしないことも知っていた。そして、知っている自分自身に苛立っていた。だから、理由もなく、意味もなく、馬鹿なことを話し出していた。
「私はきっと、誰のことも、ちゃんと好きになれない。だから、こんな私が嫌になったら、いつでも言ってね」
純の部屋。
生まれたまんまの姿で気だるげに横たわったまま、私は言った。聞かれてもいない言い訳を口にしながら、私は笑っているつもりだった。ちゃんと歯だって綺麗に見せて、笑っているつもりだった。なのに、
「……美香」
同じように横たわっていた純が、仕方なさそうに呼んで、細い指先で私の頬を拭った。
「……ぁ……」
知らずに流れ出した涙が、米神を伝っていく。でも、泣いていることが納得できない私は、不器用に笑って、言葉を続けた。
「はは……、なんだろこれ?」
涙を拭いながら、乾いた笑いを浮かべる私の頬を、純の掌が優しく包むから、私は顔をそれ以上あげたくなくて、瞳を伏せたまま純の背に腕を回した。
その腕に応えるように、強く強く抱きしめられて、胸のずっと奥に隠してあった本当が、搾り出されるように涙が零れた。誰にも知られないように。見つからないように。自分自身でさえ気づけないようにと閉じ込めていた本当が、胸の奥底からあふれ出してくる。
慣れた空気、慣れた空間は、私を安堵させて、しまいこんでいたはずの澱が、ぽろぽろと零れだす。腐臭をともなう淀んだ澱は、時間をかけて溜め込んだ、私の心だった。
ずっとずっと願っていた、小さな願いは私の腕の中。大事に、大事に暖めすぎて、醗酵して、腐って、いまじゃ形も留めていない。それに気づいた時、私の心は壊れ始めていたのに、私は気づかないふりをした。悪いほうへと転がり落ちる心を、知っていながら止めずにいた。
独りになりたい。自由になりたい。そう言いながら、望むようなぬくもりを返してくれない何もかもに諦めながら、それでもその時、純がくれるぬくもりだけは欲しかった。それがどんなに我侭で自分勝手な行動か知っていたけれど、今この時、純の手が欲しかった。
そして、私は、
純の腕に包まれながら、初めての恋に「さよなら」をしたあの日を、思い返していた。
私はあの人が、私を引きとめてくれるかもしれないって、心の何処かで思っていた。我侭だけど「さよなら」って言ったら、「どうして?」って聞いてくれるって、そう思っていた。なのに、あんなにたくさんの時間一緒にいたのに、普通の毎日だって楽しい思い出のひとつに変えられるくらい傍にいたのに、別れはとてもあっけなかった。
心の中の私は、何度も何度も振り返る。あの人の姿を探して振り返る。そして、何度振り返ってもあの人の姿を見つけられないと気づいたとき、私は初めて私の気持ちを知った。
―― 私、本当は、別れたくなんかなかった……
膝を抱えて、心の中の別れの場面にしゃがみこんで、私は泣いた。
―― 追いかけてきて欲しかった……
本当は……、好きだったの。大好きだったの。初めてあったあの日から、あなたのことが、大好きだったの。本当は、もっと上手に話したかった。本当は、もっと、違う言葉を言いたかった。優しく、優しく、包んであげたかった。
でも、私の中の何かが、私を引き止めた。言葉を飲み込ませた。条件付の愛情しか知らない私に、誰かを大切にすることなんか、出来っこないって知っていたから。

