我儘と甘えだけを積み重ねて、ふたりはふたりでいた。
ひとりきりでいるより、ふたりでいられるほうが、心は楽なはずなのに、純が笑って許してくれるたびに、私は私の罪が深くなっていくような気がして、私はだんだんに、純の顔を正面から見ることが辛くなっていった。背中を向けても、重い沈黙を二人の間に落としても、純は何も言わなかった。「きっと純は本気じゃないから平気なんだよ」なんて、酷いことを口にしながら、私はずるい恋の中にいた。
子供の頃から知っていたはずの純は、気がついたらとても男らしくなっていた。
小学校の頃は、泣き虫で弱々しくて、私よりずっと小さかったのに、いつのまにか見上げるほどの背丈になって、私を軽々と抱き上げてしまうほど、逞しくなっていた。ふと掴んだ腕の太さ。低い声。もう彼はあの頃の、小さかった純ちゃんじゃない。あの頃の、私より小さかった純ちゃんは、もう何処にもいない。
それでも純は大人しくて、女の子みたいに優しい話し方をするから、私はずっと、子供の頃の延長みたいに、少しの抵抗もなく純の隣にいられた。決して女性的ではないけれど、線の細い繊細な顔立ちが、私のすぐ傍にあった。
魚になった夢をみていた。
すいすいと綺麗な海の中を好きに泳ぎまわって、楽しんでいたのに、突然海の中に嵐が起きて、私は網に捕らえられた。
「美香、美香?」
「ん……、嫌……」
「ちょ、起きて」
ぐいっと右腕を引っ張られて、いやいや瞼を開けると、そこは純の部屋だった。
「あれ? 海は?」
横になっていたソファーの上に、両手をついて起き上がる。目をこすって視界を磨いて、きょろきょろと辺りを見渡す。
「なに寝ぼけてんの? ほら、早く準備しないと、映画、間に合わなくなっちゃうよ」
すでに準備万端の純が呆れたように言いながら、映画の前売り券を、私の目の前でひらひらと振ってみせる。たいして観たい映画でもなかったのに、純が「興味ない」なんて言うから、わざと目の前で前売り券を買ったことを思い出す。
「そっか、そうだったね。急がなきゃ」
へらっと笑いながら、鏡の前にぼんやりと座る。大きな姿見は、純が私のために、物置からこの部屋に運び込んでくれたものだった。
「寝足りなそうな顔してるね」
鏡越しに見上げる純の瞳は、いつもと変わらない優しげな色。くしゃくしゃになってしまった私の髪に、指先を絡めてくる。純の、器用で綺麗な指先に、とくんと心臓が震える。
「別に、そうでもないよ」
「寝不足?」
「そんなことない」
「ふ~ん」
納得していなさそうな純の声音を無視して、くるくるドライヤーのスイッチを入れる。鏡の向こうで、純は何か言いたげな表情をしている。
意地悪をするつもりはないけれど、最近、純に優しくできない自分を知っていた。もちろん、目に見えて当り散らしたりはしないけれど、心の中はいつも穏やかじゃなかった。純がどう思っているのかは知らないけれど、最近、どうもやりにくい。不意打ちのように、同じことを考えてしまっている時なんか、ますます気まずくなってしまう。
「美香?」
「何?」
ドライヤーのスイッチを切ったと同時に呼びかけられて、振り向いた唇に、そっと触れるだけのキスが落とされる。離れていく純が、くしゃりと頭を混ぜるから、私はなんだか泣きたいような気分になってしまう。
「もう、やめてよ。せっかくセットしたのに!」
だから、わざとむくれたように言って、ドライヤーのスイッチを入れ直した。
悔しくて、唇をかんだ。キスなんて、そんなに大切に思ったことなんかないくせに、泣きたいなんて、馬鹿みたいだと思う。紅くなっていく頬が恥ずかしくて、このまま、夢の続きの海の底へと、逃げてしまえたらいいのにと思う。
優しくされると怖くなる。自分の何かが、ゆっくりと壊されていくような気がする。ひび割れて、砕け散ったなら、私には何が残されるんだろう? 何が残るんだろう……?
ひとりきりでいるより、ふたりでいられるほうが、心は楽なはずなのに、純が笑って許してくれるたびに、私は私の罪が深くなっていくような気がして、私はだんだんに、純の顔を正面から見ることが辛くなっていった。背中を向けても、重い沈黙を二人の間に落としても、純は何も言わなかった。「きっと純は本気じゃないから平気なんだよ」なんて、酷いことを口にしながら、私はずるい恋の中にいた。
子供の頃から知っていたはずの純は、気がついたらとても男らしくなっていた。
小学校の頃は、泣き虫で弱々しくて、私よりずっと小さかったのに、いつのまにか見上げるほどの背丈になって、私を軽々と抱き上げてしまうほど、逞しくなっていた。ふと掴んだ腕の太さ。低い声。もう彼はあの頃の、小さかった純ちゃんじゃない。あの頃の、私より小さかった純ちゃんは、もう何処にもいない。
それでも純は大人しくて、女の子みたいに優しい話し方をするから、私はずっと、子供の頃の延長みたいに、少しの抵抗もなく純の隣にいられた。決して女性的ではないけれど、線の細い繊細な顔立ちが、私のすぐ傍にあった。
魚になった夢をみていた。
すいすいと綺麗な海の中を好きに泳ぎまわって、楽しんでいたのに、突然海の中に嵐が起きて、私は網に捕らえられた。
「美香、美香?」
「ん……、嫌……」
「ちょ、起きて」
ぐいっと右腕を引っ張られて、いやいや瞼を開けると、そこは純の部屋だった。
「あれ? 海は?」
横になっていたソファーの上に、両手をついて起き上がる。目をこすって視界を磨いて、きょろきょろと辺りを見渡す。
「なに寝ぼけてんの? ほら、早く準備しないと、映画、間に合わなくなっちゃうよ」
すでに準備万端の純が呆れたように言いながら、映画の前売り券を、私の目の前でひらひらと振ってみせる。たいして観たい映画でもなかったのに、純が「興味ない」なんて言うから、わざと目の前で前売り券を買ったことを思い出す。
「そっか、そうだったね。急がなきゃ」
へらっと笑いながら、鏡の前にぼんやりと座る。大きな姿見は、純が私のために、物置からこの部屋に運び込んでくれたものだった。
「寝足りなそうな顔してるね」
鏡越しに見上げる純の瞳は、いつもと変わらない優しげな色。くしゃくしゃになってしまった私の髪に、指先を絡めてくる。純の、器用で綺麗な指先に、とくんと心臓が震える。
「別に、そうでもないよ」
「寝不足?」
「そんなことない」
「ふ~ん」
納得していなさそうな純の声音を無視して、くるくるドライヤーのスイッチを入れる。鏡の向こうで、純は何か言いたげな表情をしている。
意地悪をするつもりはないけれど、最近、純に優しくできない自分を知っていた。もちろん、目に見えて当り散らしたりはしないけれど、心の中はいつも穏やかじゃなかった。純がどう思っているのかは知らないけれど、最近、どうもやりにくい。不意打ちのように、同じことを考えてしまっている時なんか、ますます気まずくなってしまう。
「美香?」
「何?」
ドライヤーのスイッチを切ったと同時に呼びかけられて、振り向いた唇に、そっと触れるだけのキスが落とされる。離れていく純が、くしゃりと頭を混ぜるから、私はなんだか泣きたいような気分になってしまう。
「もう、やめてよ。せっかくセットしたのに!」
だから、わざとむくれたように言って、ドライヤーのスイッチを入れ直した。
悔しくて、唇をかんだ。キスなんて、そんなに大切に思ったことなんかないくせに、泣きたいなんて、馬鹿みたいだと思う。紅くなっていく頬が恥ずかしくて、このまま、夢の続きの海の底へと、逃げてしまえたらいいのにと思う。
優しくされると怖くなる。自分の何かが、ゆっくりと壊されていくような気がする。ひび割れて、砕け散ったなら、私には何が残されるんだろう? 何が残るんだろう……?

