羽ばたきの意味

 好きになれば好きになるほど、気持ちが遠のいていく。本当が見えなくなる。「好き」っていう気持ちが空回りして、些細なことが気になって、いろんなことに躓いて、いつもなら何の気なしに出来る全部が、何か特別なもののように上手くいかない。一緒に歩いていても、気持ちだけが届かない。一緒にいるのに、心だけが離れていく。近くにいるほど、遠くに感じてしまう。
 大切な嘘や、見たくない真実に紛れる、どうでもいい自分。決して、誰かの全部になんかなれない、ちっぽけな自分。そんな自分の許せない、認めたくない全部を、繰り返し見せつけられる現実に疲れて、私はとうとう、初めての恋にさよならすることに決めた。
 始業式の桜の下。「クラスが離れちゃったら続かないよ」と、冗談の続きみたいに笑って言った。誰よりも好きで、何よりも大切だったその人は、口元だけの歪んだ笑みを残して、私に背を向けた。その人の最後の笑みは、私の言葉を予想していたような、諦めを感じさせた。

 そして、独りになりたくなかった私は純ちゃんと付き合い始めて、その日から私は「純ちゃん」を「純」と呼ぶようになった。そのきっかけは、純がくれた。

 自分で決めた別れなのに混乱して、私は泣きそうな顔で、純の部屋に駆け込んだ。
「美香?」
 驚いたように振り返った純は、何事かを察して、そっと手を引き寄せてくれた。
「大丈夫?」
 優しい問いに、頷くことも出来ずにいる私に、純は続けた。
「大丈夫だよ」
 ゆるゆると抱きしめられた腕の中、「大丈夫」と言う言葉が、いつかの音楽を思い出させた。
「なぁ、美香?」
「……なに」
 絞り出した声は、自分でも情けないくらい震えていた。
「寂しかったら、俺と付き合えば?」
「えっ?」
 色んなことを知っている純の言葉は意外で、私は思わず純の胸を押しやって顔を見上げた。驚く私を、黙って受け止める純の瞳に、ただただ私を心配するだけの、気持ちが見えたような気がして、私は残酷なほどに純に甘えてしまいたくなる。
「……いいの?」
「うん」
 躊躇いのない返事に、あらたな涙が溢れてしまいそうで、そのまましがみついた。そして、純ちゃんは、望むままにそのすべてを、私にくれた。